第四話 視線の先
二日連続で安岡がやってきたことには驚いた。
だが今回は昨日のように喋り声もましてや足音もせずにドアの雷鳴が響いたため、みんな突然の大きな音にビクリと身体を硬直させた。
安岡は両手をズボンのポケットにつっこみ、ゆっくりと中に入ってきた。
昨日のやりとりを知っている僕らはごくりとつばを飲み込み、草むらに隠れて天敵をやり過ごす小動物の気分だった。
しかし桐谷は目だけで安岡を確認すると、また読書にもどった。
静かにするのであれば問題ないということなのだろう。桐谷は安岡がカウンターに近づいても特に反応を示さなかった。
安岡はそんな桐谷を鋭い目でとらえていた。彼の背後からライオンのような殺気が出ているような気がして、僕は思わず目をつぶりたくなった。
だが安岡は桐谷が何も言わないことを確認すると、そのままカウンターを通り過ぎ、僕の座るテーブルから二つ左にある、誰も座っていないテーブルの席へ腰を下ろした。
そのまま机に突っ伏して、両腕を枕に昼寝を始めたのだ。
成り行きを見守るしかない僕たちは、何も起こらなかったことに少し安堵する。
スースーと寝息が聞こえはじめたところで、皆いつものように読書や作業に戻った。
なんでコイツは一人でここにきたんだ?
僕は安岡の茶色い髪を見つめながら、安岡の行動が気になった。
他の生徒はこの憩いの場がなくならなかっただけで満足しているようだったが、僕はどうにも納得できなかった。
昨日のことで桐谷への仕返しなら、すでに何かしらの騒動を起こしているだろうし、昨日のように子分を連れてきた方が有利なはずだ。
寝るだけなら他にもっと最適な場所もありそうだし、なにか裏があるとしか思えない。
僕はカウンターにいる桐谷と、その反対側の机で昼寝している安岡を交互に見比べた。とくに変わった様子はなく、寝息だけがその空間に響いた。
ふいに安岡の方から、ブーッブーッとバイブレーションの音が響いた。
さっきまで寝ていた安岡は、ポケットからもごもごと赤いケータイを取り出した。ケータイを持ってくることは校則違反だけど、だれもそれを注意する勇気なんてないし、僕も見て見ぬふり。
安岡はまだ眠いのか、体勢は突っ伏したままそれを耳にあてていた。
相手と話すたび、携帯につけられたお寿司のストラップが揺れている。
「図書室だよ……べつに、俺の勝手だろ」
機嫌を悪くしたのかブツリと通話を切り、彼は昼寝を再開した。
僕は安岡の電話の相手が分かった気がした。なのでしばらくしてドアが勢いよく開けられても、僕だけはそれほど驚かなかった。
「やすおか~、こんなうるさい女がいるとこやめて遊びに行こうぜ?」
「ここにいたって、つまんないって」
昨日の安岡の子分がさっきの電話でここを知って、わざわざやってきたのだ。
寝ていた安岡はムクリと起き上がり、前髪の寝癖を手で直していた。
「遊びに行くなら勝手にいけよ。俺はここで昼寝する」
「そんなこと言わずにさ。かおりちゃんも待ってるよ?」
「俺はいかねえって言っとけ」
安岡はほんとうに興味がないようで、それ以降子分らが何を言おうと、突っ伏した格好のまま耳も貸さなかった。
子分の二人が諦めて帰るとき、今日も桐谷がカウンターにいることにノッポは気がついた。
「ブス!」
ノッポは昨日のことを根に持っていたのだろう。顔をしかめて吐き捨てるように言った。
僕はとっさに「なんてこと言いやがる!」と立ち上がって胸ぐらを掴んでやりたかったが、そんな勇気は持ちあわせていない。
桐谷に暴言を吐いた子分二人は、僕の睨んだ顔なんて気がつかずにゲラゲラと笑いながら出ていった。
申し訳ない気持ちで桐谷を見たが、いつも通り無視して本を読んでいるように見え、僕はほっとしていた。
だが寝ていたはずの安岡は、その時桐谷のことをじっと見つめていた。
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