第三話 落雷
新学年が始まって、何日かがたった。
松岡先生の指導は生徒を正しい道に導いていたが、僕の心は相変わらず曲がったままだ。
先生を慕うクラスメイトたちにその気持ちを言えるはずもなく、
雨が降っている日だった。天から落ちるしずくたちがせっかく満開になった桜を地面へとたたきつけて、桜色の季節を終わらせようとしていた。
いつものように桐谷はカウンターで座って本を読んでいた。僕も相変わらず大きな本を広げて、桐谷に視線を送っていた。
そんなあるとき廊下から人の声が聞こえてきた。普段四階の廊下は、一人で図書室に来る生徒の足音ぐらいしかしないため、しゃべり声が響くのは珍しかった。
声は徐々にこちらに近づき、それは図書室の入口前で止まる。
一瞬の沈黙のあと、ドアが勢いよくスライドし、ドンと壁にぶつかった。
突然、雷鳴のような音に生徒たちは一斉にそちらに視線を向ける。安岡率いる不良メンバーがドアの前に立っていた。
「こんな所に図書室あんのかよ」
「俺初めて知ったわー。てか、人すくな!」
安岡の子分であるノッポとチビが、図書室全体を見渡しながら大きな声で言った。
「先輩もいないし先公もいないし、新しい拠点にはいいんじゃない? なあ、安岡?」
チビの方は空いている席にドカッと腰を下ろし、周りにいる生徒たちを睨みつけながら言った。
安岡らの乱入に、皆震え上がった。誰も口をはさむことができない。図書室を利用していた生徒たちは、なりゆきを見守るしかなかった。
安岡は何も言わず子分たちの横の椅子に腰掛け、足を組んだ。大きな身体を背もたれにあずける。
ついにここも終わりかと僕が立ち上がりかけたとき、ふわりと長い髪の毛が僕の前を横切った。
「静かにしてもらえますか」
桐谷が安岡の前に立っていた。
彼女は安岡に目を合わせ、はっきりとそう述べた。
「うるさくするのであれば、他でお願いします」
凛としたその態度は隙がなく、まるで刀のようなつよさと美しさがあった。
だれもその場を動くことができなかった。思わず見とれてしまったと言うほうが正しいかもしれない。
桐谷はそれだけ言うと安岡、ノッポ、チビが何も言わないことを確認し、貸出カウンターに戻っていった。
桐谷が椅子に座り読書を始めると、みな呼吸することを思い出したように金縛りがとけた。
子分たちは桐谷に隙を突かれたことでバツが悪そうな様子だった。僕と同じように立ち上がったままの生徒は場の空気が変わったことで退出はせず、このあとの安岡たちの出方をうかがうことにした。
子分らはグチグチと文句を漏らして周りを威嚇し続けていたが、もはやこの空気では生徒を退出させる力はなかった。それを悟ったのか安岡は無言で立ち上がり、顎で子分に指示を出した。子分たち二人はそれを見て渋々出口へと歩きだした。
出口に向かう際、安岡たちはカウンターの前を横切った。桐谷はいつもの席に戻って何もなかったように読書を続けており、それがしゃくに障ったのか子分らは苦し紛れの暴言を吐いていった。しかし桐谷は涼しい顔をしていた。
安岡はそんな桐谷を一瞥し「面白いやつだな」とぼそりと言った。
僕は安岡の声を初めて聞いた。カウンターの見える位置にいた僕にしか聞こえなかいくらいの小さな声でつぶやき、そのまま彼は去っていった。
なんだか嫌な予感がした。桐谷の先ほどの行動は勇敢だったが、安岡に何かされないだろうか。
視線を左に移すと桐谷は相変わらず読書をしており、僕だけが一人空回りしているようだった。寂しくもあるが、それが僕と桐谷の関係だ。
ひとまず今日は事なきを得た。なので、僕はそのまま桐谷の観察を続けた。桐谷の新しい一面を知れたのは嬉しかった。
しかし安堵したのもつかの間、翌日また安岡が、ドアの雷鳴とともに現れたのである。僕ら図書室の常連生徒も雷に打たれたような衝撃だった。
しかし彼は今回、一人でやってきた。
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