第19話 【ノーシス】 絶対絶命
二日後、ロッドチームはエーベルソに向かう。
今回は、ロッドチームだけでなく、別のチームも合同で作戦を行う。
ケインは、このような大規模な作戦は初めてだった為、緊張した面持ちでいる。
作戦は、エーベルソ近くで、Aチームが陽動を行い、街にいるローカストのプレイヤーを引き付ける。ダンジョン前のローカストプレイヤーを蹴散らした後、Bチームが入口を守り、ロッドチームがダンジョン内にいるNPCの救出。
情報によれば、ローカスト側は少数ながらNPC達をダンジョンに投入し、攻略を開始した、との事。ミレミアム側は、この情報を敵側の焦り、だと判断した。
*
もうダメだ、とミハエルは思った。
ダンジョンの坑内は、冷え切っており、その息が白く染まる。
乾燥し、ゴツゴツとした岩肌の、広がった空間。そこに、ミハエルと4人のNPC。ローカストの監視者であるプレイヤーがいた。
入口から、それほど離れていない。それでも、入ったのは昨日だった。非力なNPCが戦うと、雑魚モンスターと戦うだけで時間がかかる。プレイヤー数名がダンジョンに入る効率と、誰か1人プレイヤーがいるだけで自動的に進んでくれる効率では、後者が選ばれている。
他のプレイヤーは、その間に贅沢をし、自由を満喫できる。そして、監視者のプレイヤーは、この必死で残虐なショーを楽しむ事が出来る。
ミハエルは、目前に垣間見る死の恐怖に、歯がガタガタと鳴った。足は踏ん張る気力もない。
それが面白いのか、あざ笑うように目の前のスケルトンも、その肉の無い顎をガタガタと耳障りの悪い音を鳴らす。
ローカストのプレイヤー――監視者が持つ、魔法の明かりは5メートル程しか照らしてはくれない。
倒した、と思うと、後から後からモンスターは沸いて出てくる。いつまで戦えばいいのか分かない。疲労、ストレスで心が折れかけていた。
「あああああ」
隣の男性NPCが叫び始めた。
その手に持つ剣は欠けて、衣服もボロボロだ。革で出来た鎧は、切り傷で防具としての意味をなしていない。彼は、絶望的な状況に、自身を鼓舞するかのように叫び声をあげて、スケルトンの群れへと突撃した。
彼を死なすわけにはいかない。1人が減れば、それだけ少ない人数で相手にしなければならない。
魔法の光が照らす、ぎりぎりのライン。その薄暗い空間に、何やら蠢くものが見える。そして、何かが反射してキラキラと、ミハエルの視界を眩ませた。
ミハエルの足が止まる。剣が落ちる。目が死んだように輝きを失う。ミハエルの心が折れた。
戦っているスケルトンの後ろ、そのずっと後方まで、群れが続いている。輝いて見えたのはスケルトンが持っている剣だった。光が届かない場所までびっしり、と奴らがいる。スケルトンの群れは、NPC達をあざ笑うかのように、狡猾に群れの一部だけでミハエル達を相手していた。
監視者のプレイヤーを見る。この状況なのに、ニタニタしている。いや、スケルトンなど彼にとっては雑魚なのだろう。
実際、スケルトンはプレイヤーにとって雑魚であり、範囲魔法でも使えば一掃できる相手だ。しかし、NPCにはそうもいかない。魔法もなく、非力で、装備している武器もさび付いている。
プレイヤーに対する憎悪だけが募る。自身の非力差に絶望する。
男性は、スケルトンの手にある錆びた剣で斬られ跪く。彼にスケルトンが群がり、悲痛な断末魔が洞窟内を響かせる。その声に怖気づき、他のNPC3人は、後ろで怯えていた。
そんな様子を可笑しそうに眺めるプレイヤー。
どうして、そんな残虐になれるのか、ミハエルには不思議だった。プレイヤーだけの世界は、こんな残虐で、惨い世界なのだろうか。
その刹那。
ローカストのプレイヤーの横を、そして、立ち尽くすミハエルの横を、火球が走る。その火球は、ごうぅ、と轟音を響かせ、ミハエルの金髪を少し焼き、彼に迫っていたスケルトン二体に当たった。パキン、と乾いた音を、何度と洞窟内に響かせて炎がスケルトンを包み込む。スケルトン自身は、なんの恐怖も感じないのか、黒い煤と炎に覆われた腕を、ミハエルに伸ばした。
その姿は、ミハエルを恐怖させると共に、スケルトンという化け物に大いに同情させる。まるで助けを求めるような、救いを求めるような姿だったからだ。
スケルトン二体が消えた。
ミハエルは、後ろを振り返ると、別のチームが追いかけてくる。
あの魔法がスケルトンを対象とした事が分かり、ミハエルは気を失うように倒れこんだ。安堵感で全身が緩み、何も考えられなかった。
*
多勢に無勢。ローカストの監視者は、両手を上げて降参した。彼等がやってきた事で、入口も制圧されている、と知ったのだろう。戦っても死ぬだけだ。
とりあえず、ケインが、彼を捕縛する。すると、回復が終わったNPC2人が、そのプレイヤーをけり始めた。殺気に溢れ、形相は鬼のように歪んでいる。喚き、怒鳴り、全身で怒りをぶつけている。
ゴロン、とダンジョンの冷たい地面に転がされるローカストのプレイヤー。それを放っておくケイン達。
ロッドの方は、肝心のミハエルが無事で安堵したようだった。穏やかな表情を浮かべ、目線を合わせた。
「君の両親に誓ったのだ。必ず君を助け出す。故郷に連れて帰る、と」
ロッドはミハエルを抱きしめるが、ミハエルは迷惑そうに彼から離れようとした。
助かったのは嬉しいし、他のNPCのように泣いて喜びたい。が、相手はプレイヤーだ。そこで転がっているローカストの奴等と同じだと、ミハエルは思っていた。簡単に、ミハエルに植え付けられた嫌悪は消えない。
それだけでなく、プライドも邪魔をした。NPCという弱い存在であり、プレイヤーから逃れるためには、プレイヤーに頼らなければならない状況を恥じていた。
ロッドは、そんなミハエルに微笑んだ。優しく、自愛に満ちたものだった。「君がどう思おうが仕方ないが、私達は味方だ」と言った。
ロッドの経験上、多くのNPCの中には、ミハエルのように弱者である事を恥じている者もいる。それをよく理解していた。ましてや年頃のミハエルだ。態度を見れば分かる。
照れもあるのだろう、とケインは分かった。そうして、リーケと顔を合わせて笑った。
*
NPC達の本格的な手当をしなければならない。
食料も水、備えも少ない。
入口を守る別チームが気がかり、と実としている事はできず、多少の休憩を挟み、ダンジョンの入口へと向かう。
ダンジョンの最後の通路、一本道。
出口が近い。
突如、爆音と共に砂埃が舞い散る。入口に向かって、突風が発生する。痛いほどに、身体中を石や砂が殴打する。ケインは、目を守る事しかできなかった。行きの時にはなかったトラップが発動し、ダンジョンの奥が崩れた。他の入口は無く、塞がれてしまった為、来た道へは戻れない。
パーティーメンバーの中でもハツメが唖然としている。行きの時には、トラップは無かったからだ。彼女は、確実にトラップのチェックをした。無い物は作動しない。
しかし、帰りにはある。
自分のミス、だと思ったのだろう。唖然とした表情は、ダンジョンの闇より暗く、沈み切っていた。その肩に手を置くロッド。
入口から、この通路まで一本道。奥は崩れ、袋小路になった。
ロッドは、素早くメニュー画面から、ギルド情報を呼び出す。ミレミアムギルドのメンバーを確認する。メンバーが減っており、その名前を確認する。
陽動チームと入口を守っていたチームの数人が消えている。裏切りか、それとも死亡か。
ロッドは、リトルと呼んだ。リトルは、彼のナビシステムの名前だ。犬の縫いぐるみの様な可愛らしいナビシステムが返事をする。
ロッドは言った。「ギルド幹部権限で確認したい。メイは、死亡か離脱か?」その問い合わせに、ナビは機械的に冷たく事実を言った。
「ミレミアムギルドメンバー、メイ・シルバーは死亡しました」
リーケが、口元を抑え、目を潤ませた。一同、顔を歪ませた。ダンジョンの涼し気な冷気が、凍えるかのように、彼らの身体を縮こませる。ケインは、その意味を理解し、剣を持つ手に力を入れた。
メイは入口を守るチームの1人だ。入口は敵に制圧されている。逃げ場もない。
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