第18話 【ノーシス】仮最強の2人
数日間のうちにロッドチームは、輸送されるNPC達を何度も助け出した。
エーベルソという街、今はローカストが支配している街へNPC達を運搬する計画を知った為だった。その計画は、助け出したNPCと捕虜のプレイヤーから得られた。
エーベルソは、サスデスの近くを通ると近道である。その為、幾つものローカストのパーティーが、ロッド達に蹴散らされ、その都度NPC達を救出した。
ローカストのパーティーは弱く、戦闘するよりも降伏するほうが多くなった。
それでも、何度とNPCの輸送を試みるローカスト。
最初は罠かと思われた。指揮を執っているローカストの男が無能であり、捕虜達は苛立ちを隠せないでいた。その為か、非常に口が軽く、指揮官フェンの情報、目的、様々な事を聞かれてもいないのに喋った。その情報は、他の捕虜と同様だった。
罠ではなく、ただ、執拗なだけかもしれない、とミレミアム側の考えが変わるのに時間はかからなかった。
※
バンは、ロッドを聖人か何かだと思っている。が、ロッドにしたらとんでもない事だった。
ロッドの、現世での人生は褒められたものではない。ローカストの現世版みたいなものだろう、とロッドは思っていた。
ロンドンで複数のナイトクラブを経営し、他の店へみかじめ料を取り、暴力と恐怖で部下をこき使う、そんな人間だった。富と恐怖、名誉と堕落が、彼の全てだった。
彼は先代の残した、あらゆるものを増やした。忍耐強く、状況を判断し、金を儲け、敵を倒す。敵対組織を、対抗派閥を、裏切り者を、を倒す。
贅を尽くし貴族のような生活をしていたが、彼は病魔には勝てなかった。敵にも、政治にも、民衆にも、様々なものに打ち勝ってきた。が、何をしようとも病は、彼の命をすり減らしていった。
その頃の、開始当初のノーシスは、犯罪者でも受け入れていた。
まともな人生を送りたい、と心から願い、ノーシスでの生活を希望する。誰にも、ノーシスでの名前を教えない、という依頼をし、新しい人生を始めようとした。その依頼は承認された。
彼はロッドになった。
好きだったアーティストから名前をとった。全ての人が、彼が、そのアーティストを好きだったなんて夢にも思わないだろう。
ノーシスでロッドとしての人生を謳歌している時、ローカストというギルドが組織された。
――神が作り出した世界では無いから、全て許される。神が作り出した人間ではない、NPCはプレイヤーによって支配されるべき。
そのバカバカしい思想は、驚いた事に、多くのプレイヤーに受け入れられた。
ローカストに、恩人のNPCが殺された時、報い、と思った。が、自身が受けるならともかく。
善良な人間が代わりに受けるのは、理不尽だと思った。現世で散々悪事を働いてきた彼は、そこでやっと自分が別の人生を歩んでいる実感を持った。
彼は、ミレミアムに所属しながら、いつかは報いを受け、ローカストによって自身が殺される、という事を考え始めていた。現世での罰を受けるのだ、という思い込みに支配された。
が、それは伸びに伸びた。今のロッドは、仲間を守らなければならない。組織での立場も高くなった。
彼はローカストの捕虜とも対話をする。現世での人生がローカストに似たようなものだった彼は、忍耐強く接した。
そこで、ロッドは一つの事実を知る。
ローカストに参加する末端の人間には、現世で善良に生きていた者が多い、という事実だった。さすがに幹部は、悪人でひしめいている。が、ほとんどが真面目に現世を生き、現世での人生に絶望した人々だった。これは非常に興味深かった。
ようは、現世で真面目に生きていたのが馬鹿らしくなった、である。だから、次は自由に、搾取する側に回ってやろう、と思う人間が多い、と知った。
逆に、ミレミアムでは、現世での行いを悔いて、という者もいる。
現世での善人、悪人は、ノーシスでは、あまり関係はないのだ、と悟った。自分がそうだったように。これは非常に興味深かった。
ロッドは、説得する。自分にできるのは、それぐらいだと思っていた。
そして、NPCを救う。
恩人のNPC、初心者の頃に野垂れ死にしそうな彼を助けてくれた家族。その家族の為に戦った事もある。しかし、守り切れなかった。それを繰り返さない為に。
その子供だけは生き残っていた。名前はミハエル。
案じていると、情報が入ってきた。
エーベルソのダンジョンに、各地からNPCが集められているのは知っている。
捕虜、そして、NPC達の情報を整理する。
ダンジョンにNPCが集められている。
ダンジョンにエリアが発見され、強い装備品がある、との事。
ダンジョン内のエリアで残されているアイテムは、魔法で探知できる。
探知魔法のレベルが高い人間ならば、アイテムの種類まで分かる。隠し通路等で新エリアが見つかると、探索魔法をかけ、重要アイテムがある、と判明した時から、混雑し始める。基本は新エリアを発見しても隠している事が多い。
ガチャでも装備は得る事が出来る。そうした装備を整えて挑戦し、トロフィーとして得る事ができる装備がダンジョンにはある。それだけ、強力な効果を持っている。
それをローカストは狙っている、との事。
NPCの中に、ミハエルがいる、との事。
これらの情報は、NPC、ローカスト捕虜ともに同じことを言っている。
エーベルソに行くべきか……。サスデスの守りは、他の街から応援を依頼すればいい。
エーベルソを獲るチャンスかもしれない。ダンジョンを獲れば、装備品はこちらのものになる。敵の戦力増強を防ぎ、こちらの戦力を上げる事ができる。
ロッドは自分がミハエルを助けに行く事の言い訳をしている、と気がつき、かぶりをふった。
ロッドは立ち上がり、一階の執務室に行き、ケインの姿を見る。忙しそうに書類を読んでは、仕訳けている。
そして、入口に人がくる事に、そちらを向き、来客の会話に耳を傾ける。
現世での妻の様子が気がかりで仕方ないのを、自らを忙しくする事で抑えている。
ロッドは、静かに自室に戻る。
ケインの姿は、自制、という言葉を教えてくれる。逸る心に、冷静さを与えてくれる。
ロッドは、次の作戦について、考え始めた。だが、別の人間に作戦を依頼したほうが良いのではないか、とも思っていた。
もう一つの情報がある。
リーケを呼び出さなければならない。
非常に心が重く、胃や心臓を鷲掴みに合ったかのように痛み出す。それでも、伝えなければならない。
*
リーケは、ノーシスに来てからの最初のパーティーを思い出す。
「結界のタイミングが遅いんだよ、こっちは命がけなんだからよ、しっかりやれよ」
宿屋で、リーケの頭上から怒声が飛ぶ。リーケは縮こまっていた。よく怒られていた。
最初のパーティーでは、リーケはその結界魔法の堅さで重宝されたものの、リーダーの方針や、このパーティーの戦術に合わずにいた。
毎回、このように宿屋でダンジョン攻略前の作戦会議や、終了後の反省会で怒鳴られていた。
最初は、言い合いをしていたが、徐々にストレスからか目に見えるミスを連発し、言い返せなくなっていった。
「無理ですよね?」
そこで冷たく言い返してくれるのが、ルピナスだった。
花の名前が似合う可愛らしい顔立ち。しかし、度胸があり、思った事は口にだしてしまうタイプの女性だった。その当時のパーティーリーダーと、こんな言い争いは日常茶飯事だった。
「あ?なんだって?」
怒鳴っていたリーダーの血走った目線が、ルピナスに向かう。
ルピナスは、テーブルを叩き、立ち上がる。
スラリとした長身は、リーダーより高い。剣士であり、このパーティーにいる3人の前衛の1人である。小剣を武器とし、その凛とした姿は、男性のプレイヤーから人気があった。ただ、性格はキツイ。
見下していた彼が、今度は見下される側となった。しかし、それで終わる男でもなかった。
「そんな、モンスターの攻撃のタイミング分かるわけないし。結果論ですよね?」
「遅いだろ。前衛、死にかけてる時点で失格だろ」
「リーケちゃんだけを責め立てるのおかしくないです?無謀に前に出るのが問題なんじゃないですか?」
後々、リーケは、あの時は、ただ戦術に合っていなかっただけだし、どちらも悪くない、と思っていた。悪いとするなら、言い方ぐらいだろう。
「すいません。もう少し頑張ります……」
と、リーケが小さく言い、二人が言い争いと殴り合いを始めるまでが、日常だ。
最初の頃は他のメンバーも止めていたが、殴り合いが始まると宿の自室に戻ってしまう。
今では、これが始まると宿の別パーティーの人々が集まり、どちらが勝つか、で賭けが始まる。
今日は、ルピナスが勝った。10勝8敗。
※
ルピナスの自室で、リーダーと殴り合った分の回復を行うリーケ。
ベッドではルピナスがうつ伏せになっている。連日のダンジョンでの戦い、それから、リーダーとの喧嘩で、ルピナスの体力も限界に近かった。少し休養が必要では、とリーケは思う。
回復魔法をかけている最中、ルピナスは言った。優しく、多少、上ずっていて夢を見ているかのように。
「こんなパーティー早く抜けようね。それから、ノーシス中に最強の2人で、名前を轟かすの。ルビとリーケ。私が攻撃で、リーケが防御。無敵の2人」
「名前は私が考えるね……デストロ……」
リーケが、鋼鉄バンドのような名前を言う前に、ルピナスは「それはいいや……」と言った。
リーケは後ろからルピナスを抱きしめる。ルピナスは、後ろのリーケの頭を撫でる。こうやってつらい時も2人で生きてきた。
それから、仮最強の2人は、パーティーを抜け、2人でなんとかやってきた。ローカストの残忍な様相を見て、2人でミレミアムに入った。人員のバランスの関係上、二人は離ればなれになったが、2人は手紙のやり取りをし、いつか響き渡る『最強の二人の名前』を夢見ていた。
そして、今日。
フィルフィールズでの出来事を、リーケは聞いた。ローカストに捕らえられたルピナスの最後を、である。
そして、ロッドから聞いた後、自室にフラフラと戻ってきた。
名前を轟かす事は出来なかった。が、その勇ましいルピナスの最後は人々の力となっていた。
『最後の一人になっても』
彼女は、最後の最後、そう吠えた、と聞いた。
ルピナスだけが、有名になった。2人で有名になるはずが、最後の一人になるまで、と叫んで、彼女は殺された。リーケが1人になってでも、という気持ちになってしまう。
――無敵の2人も、こんな終わり方か……。
空虚な気分だった。
悲しく、大きな穴が出来てしまったかのような気分なのに、涙は出てこない。
こうなる、と覚悟はしていたし、それはルピナスも一緒だろう。窓辺に立ち、彼女がなくなったであろう、フィルフィールズの方を見る。
最後の1人になっても……。
そのセリフだけが、頭から離れない。
コンコン、と乾いた音が、部屋に響いた。「どうぞ」と言うと入ってきたのはケインだった。
ケインは、花束を持っていた。赤、黄色、白、と鮮やかで美しい。心地よい香りが、リーケの鼻腔を擽る。暗かった部屋の雰囲気が、少しだけ色彩を持った。
ケインは、静かに入っていき、花瓶に花を活けた。
彼は、ベッドに座り、リーケに隣に来るように促した。リーケは横に座る。
リーケは、ぽつりぽつり、とルピナスの話を始めた。
最初にパーティーに誘ってくれた事。
結界の師匠を紹介してくれた事。
命がけでダンジョンから帰った事。
貴重なアイテムを見つけた事。
昔のパーティーメンバーが、ローカストに処刑されたと聞き2人でミレミアムに入った事。
ルピナスとの別れ。
その日、深夜になり、リーケが疲れて眠るまで、ケインは彼女の話に付き合った。
*
――よりによってか。
ロッドは、全てうまくいっていない。かみ合っていないのを感じた。
それが顔に出ていたのだろう、「そんな顔するな」と軽い調子で、目の前の男が笑う。
ロッドは後悔した。全てを懺悔し、許され、この人選がなくなるのであれば、死すら厭わない。むしろ、喜んで死を選ぶ。
自分が、この状況を想定できない程に頭が回っていなかった事が衝撃だった。
ロッドは、自らのデスクの前に不遜な態度をとる男を見た。正確には、睨みつけた。現世からの悪い癖だが、コイツは処分しないといけない、と思ってしまう。
ロッドは、理性を欠いていた。それが分かっていたからこそ、エーベルソに行くべきかどうか、を中央幹部に意見を求めた。
中央の答えは、この男である。
ズーマと言う。中太りした男で、へらへらと愛想笑いばかりをしている。
ノーシスでは、基本、誰もが美形に近い姿で転生される。が、その後の生活習慣までは保証外だ。
サスデスのミレミアム支部長をロッドから、ズーマへ変更。ロッドは、エーベルソ奪還の任に当たれ、との事。行け、という事なのだが、この男が赴任してくるとは思わなかった。だが、ありえない話ではない。それを読めなかった自分の落ち度だ、とロッドは気が重くなった。
善人を装ったクズ、という印象をロッドは、彼に持っている。ミレミアムの正しさを盾に、無関係パーティーへの威圧、脅迫を行っているとの噂だ。
つまりは、ミレミアムという正しさに理解をしない、参加しないプレイヤーは、ローカストのプレーヤーと同じである、という理屈だ。この理屈は、様々な部分で見る事ができ、ミレミアムの腐敗の原因にもなっている。そして、この問題は、ミレミアムだけでなく現世でも同じく発生している。大きな問題であった。
まっとうな人選ではないし、今後、NPC達の保護もどうなるか分からない。保護する代わりに、とNPCに金品を要求したり、NPC達の保護の為、と称して国から個人的に金を貰う事等、想像できる。
いつも通りに大きなため息をつきたかったが、それをなんとか堪える。
ズーマは、ロッドの表情を受け流し、ソファへどっかり、と座り込んだ。まるで、自らのものであるかのように。
「サスデスでの任務ご苦労様。これまでよくNPC達を纏めてきました。あとは私が引き受けますので……問題はありません」
甲高い声が、ロッドの気に障る。
「流石はミレミアムですね。難民のNPC達を保護する金が足りない、と手紙に書いたら、君を寄越すとは……サスデスには、あらゆる問題が発生していますが、一つを除いて”問題”はなくなる事でしょう」
ロッドは、ぽつり、と滅多に言わない事を言った。その口調も全て、珍しい事であった。
ズーマは何のことか分からず、褒められたのか、と思ったのか、その下卑た顔でニンマリ、と笑った。
「そう。私に任せれば、何事もうまくいく。数日中にはエーベルソの奪回をお願いします」
「……この椅子、壊れているので新しい椅子を用意させましょう。ここは資金がないので安い椅子しかご用意できませんが。なので是非、ご自身で高い椅子を購入されるといいですよ。座っている事が多いでしょうからね」
ロッドは、静かにそう言った。
ズーマは、彼が何を言っているのか分からなかったが、そのロッドの口は話す事は終わった、というように、閉じたままだった。
何か話足りなそうなズーマだったが、話す様子の無いロッドに限りを付け、出ていこうとする。
すれ違いで、ケインが入ってきた。そして、ロッドの表情を眺める。
ケインは、ズーマがいなくなったのを見て、すぐさま言った。
「あの人、ダメな人ですね」
その直球かつ、切れ味のよい、豪速球にロッドは、盛大に吹き出した。
バンがいたら仰天して、腰を抜かしているに違いない。そんなロッドは見たことがないからだ。一番長い付き合いのリーケですら、見たことがない。
ケインは、ニンマリ、と笑顔になった。深刻そうな表情から、ここまで笑えるならなんとかなりそうだ、と。
「ダメな人か……。どこで分かる?」
「舐めるように見た後に口元が笑ったんですよ。アレは悪い笑い方ですね。あの手の人は、利用価値で決める人です。信頼、信用、貸し借りでは動かないです」
現世で、父に連れられて様々な人間を見てきた。それこそ、この国のトップ、転落者、必死な人、詐欺師、高圧的な人、偽善者……。政治家の息子として、ありとあらゆる場所で、多感な時期に人を見続けてきた。
ケインは人物の判定として、笑い方を重視している。それで印象を決めている。そして、笑い方で、人の顔を覚える。笑顔は、様々な事を教えてくれる。それが嘲笑なのか、作り笑いなのか、愛おしさなのか、爆笑か、何にそのような反応をするのか。何が面白いのか、何を見たのか。
「ケインとは、現世で出会いたかったよ……」
よい右腕になっただろうに、と思ったが、ケインはそういう人間ではない事をロッドは知っている。
「リーケちゃん、寝ましたので……」
ロッドは、ルピナスの話をする前に、ケインに話をしていた。ケインに、リーケのフォローを依頼していたのだ。
ロッドは、ソファに向かい、ケインに向かいに座る様に促した。ケインも座る。
長いため息、いや、深呼吸をロッドはした。そうして、ケインに向き合う。
ケインは、その表情から、何かの意図を感じた。深刻、もしくは、決意、そんな堅さを見る。
「――長い話になるが……付き合ってくれないか」
ロッドは、重い口を開いた。ケインは、頷いた。
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