第17話 【ノーシス】鋼鉄ファッションショー
リーケは、あえて隣の街へ彼を誘った。
ハツメ対策である。
リーケとハツメの付き合いは数年になる。どんな女性か、は分かっているつもりだった。そして、自分が逆の立場なら見に行くだろう、と思っていた。
ケインは、愛馬に乗せてくれた。最初、馬は暴れたが、程無くして観念したのか、項垂れるようにして進み始めた。
午前中に街を出た。ローカストとの戦争も膠着し、街道では人通りが戻り始めている。ゆっくりと、隣町へと進む。
街につくと、二人で買い物を始めた。買い出しも兼ねているのだ。
市場で買い物をしながら、リーケが革細工を見ている。その中に、いかにも呪われそうな仮面があった。デスマスクのような、ゾンビのような、いかにもホラー映画に出てきそうな仮面である。
それをじっと見つめている。真剣そのもの、少しだけ頬に紅がさしている。
「リーケちゃん?」
「え、あ、はい……」
「どうしたの?気に入ったものがあった?」
「え、はい、そうですね。そこのブローチとか」
仮面の隣のブローチを指さす。が、ケインは分かっている。あの仮面を見ていた。呪われていそうな、何か邪悪なものすら感じる仮面を。
彼女が、逸らした、という事は触れてはいけない何かがある、という事だとケインは空気を読んだ。本命がブローチではない事が分かっている以上、買ってあげる、とは言いづらい。
とりあえず、ケインはこの出来事を心に刻んだ。リーケの好みについて見直す必要がある。
「次の店いきましょ!!」
と、強引にケインの腕をとって、先へと進んで行った。
※
昼の食事。リーケおすすめの店へとやってきた。色々な事をお任せな気がして、ケインは少し悪く感じていた。
プレイヤーがやっているレストランは、まさしく現世での味で、ケインは懐かしさと感激で一杯だった。どうやら、現世ではプロだったらしい。
食事を済ませ、お茶を飲んでいる時だった。意を決し、重低音鋼音楽愛好家は、ケインに尋ねた。
「ケインさんって、どんな音楽が好きでした?」
雑談、というように軽い口調。しかし、リーケの心中は穏やかではない。
少し間があり、ケインは口を開く。
「分かるかどうか、分からないけど……」
「……日本の、ですか?」
「いや、海外」
「何ですか?」
期待に前のめり、そして、早口になるリーケ。テーブルに置いた手に力が入り、カップを揺らした。
「ハイブリッドパークっていう……」
「ハイブリッドパーク!!!」
リーケの目が輝いた。
これなら!!拒否反応はないはず!!とリーケは思った。ニヤリ、と不敵に歪む口元。
ハイブリッドパークは、ジャンルに捉われない曲作りをするアメリカのバンドである。有名な曲にミクスチャーロックやメタルに近いものがある為、そういったジャンルのバンドに見られがちではある。ヘヴィでありながらメロディアス、テクノ的な複雑さをも兼ね備えている。
陰鬱で重め、歌詞も暗い。シャウトも多用する、心に響く曲が多いバンドだった。
リーケも、もちろん知っている。メタルに属する曲も多い。
メタルに!!属する!!曲も多い!!リーケは興奮した。
「リーケちゃんも知っているんだ」
「あの……私、実は……メタルが好きで…」
「あー……」
多少、思い当たる節のあるケインであった。
「でも、隠す事ないのに」
と、続ける。
「私、親にメタルとか聞いちゃダメって育ったんで……あまり、言い出せなくて……」
「そうなんだ……いいと思うけどな、メタル」
彼の肯定的コミュニケーション能力が発揮された。リーケは、自分を受けてくれた、と思い込んだ。
「ケインさん、お願いがあるんですが……」
上目遣いで言われると弱いケインであった。内容も聞いていないのに頷く。
「いつか、コーディネイトさせてください……。鎧とか、兜とか」
リーケの目が輝いている。その眩しさに目を閉じて、ケインは、つい「いいよ」と言ってしまった。
「やったぁぁぁああああ」
大はしゃぎのリーケ。その可愛らしさに、思わずケインも微笑んでしまった。
ガチャで出た装備は、街の鍛冶屋でNPCがアレンジなどしてくれる。金と素材、他の装備品を使う事で、自分なりの装備品を作ってもらう事も可能である。
その、デザイン等をリーケはしたい、と言っているのだ。
が、不意にケインの脳裏をかすめるモノが現れた。あれは……?何かを思い出さなければならなくないか?
――呪われそうな革の仮面。
輝きを増すリーケの横で、さっとケインの顔色が変わった。その表情は、仮面でなくても呪われたかのようだった。テーブルを挟み、光と影が出来る。一方は歓喜に光輝き、一方は軽率への後悔と不安で闇に落ちている。
ケインは、恐る恐る確認をした。
「リーケちゃん、今日、革の仮面、見てたよね……」
「ペイルストーンってバンド知ってます?」
食い気味で、リーケは言った。
その迫力は、知ってるよね?という圧を秘めていた。彼は、ここで認識を改める気になった。今までのリーケとは違う、と。
ケインは、そのバンドを知っているからこそ、不安になった。
ペイルストーン――攻撃的で過激、疾走感があるメタルバンド。特徴は、バンドメンバーが仮面をつけてパフォーマンスを行う事だ。
ケインは、ハイブリッドパークを目当てにフェスに行ったが、ペイルストーンも見たので良く知っている。
「確かに、あんなかん……じ……」
「知ってるんですか?」
リーケの瞳の輝きが変わった。先ほどまでリーケは無邪気な、喜びや楽しさを湛えたような笑顔で、輝いていた。が、今は違う。妖しく、不気味にも映る。偏執的な、狂気じみた何かをケインに感じさせる。
「あの仮面、まさしくペイルストーンのような印象でした。特に、ボーカルの……ぺらぺらぺら……第一期のマスクに……ぺらぺら!!それがとても……ぺらぺら……」
得意の結界魔法より早く、その口が言葉を紡ぐ。ケインは、もはや何を言っているか分からなかった。
「……あんな感じで」
「え?あ、はい」
ケインは、返事をしたと思った。リーケは、肯定されたと思った。悲劇、ここに定まる。
自分がリーケの手でどうなるのか、ケインは不安になった。
が、冷静になって考えてみると、今でも鎧など着てコスプレしているような気分なのだから、どんな衣装をしたとしても差はないのでは?そして、抵抗がある程に嫌いか、と言えばそこまで嫌いではない、とケインは甘く見積もった。
そして、リーケの喜びようを見ると悪い気はしない。これほど、喜んでいるのだから、といつも通りのサービス精神がケインに現れてしまった。
「ケインさん、まだ時間ありますよね……」
昼の食事を二人で済ませたばかりなので、時間は、たっぷりある。
※
「見ないでくださいね?」
リーケは、顔を赤らめながら、試着室に入っていった。
ケインは、街のブティックにて、洋服の試着に付き合わされている。ケインは、またも思う。悪い気はしない、と。
リーケは赤らめていたが、その両手に持った服で大分印象が変わるものだなぁ、とケインは思った。
ゴスロリに近いイメージのワンピースに、ボンテージ風の多少リーケの雰囲気に?がつく服、パンクな刺がついたアクセサリーから、クラシカルなコルセット、その他、とありとあらゆる服をもって試着室に、彼女はいる。
ん?あれ、全部着るつもりかな?と、ケインは、未だ精神切れの余波がある頭で考えた。
「じゃーん!!」
と、最初に現れたのは、フレアなスカート、細かいレースがついたエプロンドレス、フリルのついたカチューシャ、メイド服だった。
目を丸くするケイン。
照れながらもポージングするリーケ。
課金されるMC。
可愛らしい、と思った。純粋に可愛い、とケインは思った。
「フフ……」
視線を反らし、多少赤くなりながらも俯くケイン。
「……なんか言う事ないですか?」
刺のある声色だった。頬を膨らませている表情も可愛らしいが、声と視線は怖かった。
「あまりに可愛すぎて……本場でも、こんな可愛いメイドいないしさ」
ケインの褒めスキルが発動する。
一気に、リーケの機嫌がよくなり、「日本に行ったら、着てみたいって思っていたんですよ。ハツメも着たいって言っていました」と、言いながら、次の服へと取り掛かった。
二人がメイド服を着ているのは、それは見物だろうな、とケインは思った。
一方。
そんな場合じゃないのに呑気にメイドを眺めているなんて、と、これを見ていた別の世界の住人約2人は思っていた。
これで一着目。リーケは何着持って行ったのか。某ユニークなクロースの店でも試着数は決まっているというのに。
次の服装は、黒を基調としたワンピースだった。コルセットで締めたシルエットが、非常に美しい。
こちらは、かなり彼女の姿に合っていた。
「リーケちゃん、知っているかどうか分からないけど、アイメタっぽい」
アイメタ。日本の、アイドルとメタルの融合。メタルバンドをバックに、アイドル2人が歌って踊る。今では、世界的にも有名になっている。ケインは、それもフェスで見ている。
「アイメタ!!!!!!」
「知っているかぁ……」
その表情の輝きで、どれほど、音楽の話題に飢えていたか分かる。あのチームでは、音楽性は合わなそうだった。
「日本には……ぺらぺら……私も、ドイツのフェスで……ぺらぺら……」
と、リーケは再び高速で呪文を唱え始めた。
「――ケインさんも、かっこいい鎧とか着ましょうね」
ふふふ、と不気味に笑いながらリーケは言う。
その、かっこいい、の質が気になるケインであった。が、リーケは止まりそうもない。そして、そんなリーケに踏み込んで質問できるはずがない。心の結界だよなぁ、とケインは思う。無邪気さと可愛らしさのバリア。
リーケは次の服に取り掛かる。
試着は始まったばかり。
時間は、たっぷりなかった。
※
後ろに乗せたリーケの寝息が聞こえる。静かに、すぅすぅ、と言った落ち着いた音を、ケインは穏やかな気持ちで聞いていた。
夕暮れが近い。夜になる前に、街にたどり着こうとする人々で、街道は賑っていた。
ケインの不安は多い。彼は様々な想定している。覚悟はしているつもりだった。
夜もあまり眠れず、精神的にも蝕まれていた。忙しくすれば、心は保てるが身体が壊れる。休めば、身体は回復するが心が潰れる。限界を意識せずにはいられなかった。
ケインは、今日、多忙以外で、不安から意識を切り離す事が出来た。後ろにいる女性のおかけで。
久しぶりの休暇だった。沙織が亡くなってから、初めての休日だったと、ケインは実感していた。
死にそうになりながら走った時を思った。
敵、現世、ノーシス、様々なものを捨てて、このまま走っていたい。敵プレイヤー、ローカストのような思想のギルドがなくなるまでは難しいのかもしれない。
この世界、ノーシスについて考える。
ローカストのような思想のギルド……しかし、この世界は、ローカストのようなギルドが現れる事を前提としていように思えてならなかった。
NPCはプレイヤーよりも弱く設定されている。
レベルアップ時の、設計された高揚感と中毒性。
PKのペナルティが無い事。
PKによる経験値が高い事。
ローカストの存在自体が許さているとしか思えない。そして、存在する事や行為についてペナルティはない。
特に、PKによる経験値は問題だとケインには思えた。
PKの経験値が低ければ、一つの問題が解決する。プレイヤーの処刑による経験値の売買がなくなる。しかし、これが是正される事はなかった。
つまりは、ノーシスはPKが推奨されているようにも思えてしまう。
ここはそういう殺し合いの場所なのだろうか、と思うが、リーケのような女性を見ているとそうは思えない。殺し合うだけが目的とは思えない。
そして、NPCの奴隷化。
プレイヤーが、現世からやってきた人間が、した事だ。同じ現世からのプレイヤーとして、多少の責任を感じていた。ケインは、自浄作用が大事だと、父に言われてきた。反発しかしなかったが、学ぶことも多かった、と今では思う。
そうこうしているうちに、街についた。夜になる前に、である。
「流石、ケイン。マジで帰ってきやがった」
バンが支部の入口で出迎えた。ロッドは、支部の、二階の窓から見ている。ハツメもバンと一緒に居た。
複雑そうな表情を全員がしていた。
ハツメから、バンに紙幣の束が渡された。
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