第16話 【ノーシス】過去

「オカシラ、大変ですぜ」

 ドアが開いたかと思うと、ハツメがデスクの前にいる。ロッドはため息をついた。


「今日はなんだ……」


 彼は横を見る。

 そこにあったのは書類の山。ロッドは幹部として、事務仕事をこなさなければならない。


 難民の割り振り、街へ各種申請、各種承認……。今日は、事務作業を手伝ってくれるケインが休みである。休みだと、この支部の処理能力が落ちる。


 異世界だが、プレイヤーは現実社会から来た人々だ。ノーシスでも、ギルドの運営方法等、現世を元にしている。


 つまりは事務仕事が発生する。


 ハツメに無言の圧力を与えるが、ハツメは一行に気にしない。


「リーケちゃんが弟子とデートです!!」


 弟子とはケインの事である。ケインは、様々な訓練をハツメから受けている。その際、ハツメを師匠と呼んだ事で、彼女は舞い上がっていた。


「若者のデートぐらい……」

 そんな事か、と言ったように盛大にため息をついた。


「オカシラからしたらリーケちゃんは娘みたいなものでしょ。気にならないの?」


「ケイン、仕事できるからなぁ……」

と、またも書類の山に目を向ける。ハツメは気にしない。


 確かにロッドは、リーケの事を娘のように可愛がってはいる。が、彼女も現世では大人の女性だったのだ。選択は彼女がすべきだとロッドは思う。

 二人がどんなデートをするのかは、多少気にはなるが。


 ロッドのケイン評は、真面目、丁寧、人付き合いもよく、礼儀正しい。完璧に見えるが、多少、変な所と慌てるところがある。ケインならよいのでは?と思う。それが、彼の人生を癒すことに繋がるのであれば尚更だ。


「ハツメ、ほどほどにしておけよ」

 出ていこうとするハツメに、ロッドはそう声をかけた。


 ※


 事の発端は、リーケからの一言である。

「たまには、一緒に街にでませんか?」

 リーケから、そう声をかけた。


 ケインは頭がおかしい、とバンが言っていた。リーケは、少しだけケインを観察してみると、やはりおかしい。


 早朝から昼にかけて、ギルドの事務仕事をこなし、たまに難民キャンプへの支援として現地へ向かう。たまに難民の移動や買い出しなど、の作業をこなす。

 

 彼は騎士になる為に馬を得たのではなく、こういった事務作業をこなすのに馬を得たのだった。就職で有利になる為に自動車免許を取るのと同じ、とケインは言った。


 リーケは、この人はファンタジーな世界で何を言っているのだろう、と思った。日本人は、みんなこうなのだろうか。


 午後はパーティーメンバーとの修行。夜も事務仕事をし、深夜には個人的にスキルのトレーニングなどをしている。


 休憩は食事と風呂、短い睡眠のみ。

 食事もすぐに終えてしまう。日本人は食事の時間が短い、と現世で噂では聞いていた。本当だった。現世で親友だった、オランダ人のリーケに教えてあげたい、と思った。彼女は、現世での親友の名前を貰ったのだ。


 ありゃ、カローシってやつだぜ、とバンは続けて言っていた。


 仕事のしすぎで死ぬ、というのが存在するとは思っていなかった。リーケは衝撃を受けた。そして、ケインの姿はそうなりつつあるのではないか。それはイヤだ、とリーケは心底思った。


 柱の影から、ケインを覗いていると、ある事が分かった。彼は、支部の入口が見える場所で仕事をしている。


 人が支部にやってくると、必ずそちらを向く。特に、伝令係が来ると、そわそわし始める。多少、顔色も変わる。


 リーケは、ケインがアバドとロイーザの情報を待っているのだと理解した。忙しくするのも、色々と考えないようにする為ではないか、と。


 彼氏とヒドイ別れ方をして、自暴自棄になり事故で死んだ自分とは大違い。あんなに一途に慣れるものなんだなぁ、とリーケは、見た事もない女性を羨ましく感じた。


 もし、彼のような人と付き合っていたら、ここにはいなかっただろうか。

 どんな人だったら、良かったのだろうかと、思っていると少しケインが気になり始めたリーケだった。多少、眠れない夜も過ごした。


 そして、リーケは、勇気を出して、ケインを誘ったのである。気分転換もかねて。そう、彼がカローシしないように。



「バンちゃん、大変」

 その様子から、それほど緊急性のあるものだとは思わなかったので、バンはハツメに気のない返事をした。


 街の鍛冶屋で、バンは金属の塊を組み立てていた。持ち上げ、ネジを回し、溶接し……と、煤だらけの手で、作業をしていた。屈強なNPC達が、その作業を手伝っている。


「で、なんだ?」


「リーケちゃんと弟子がデートするって!!」

 鍛冶の熱気だけではなく、ハツメの顔が赤くなった。


 ノーシスではエンターテイメントがない。テレビもなければ、ネットもない。現代社会で必須だったものが、全滅している。要するに、この世界では趣味がなければ暇なのである。


 そんなノーシスでは、仲間内の恋愛ネタは、最高のエンターテイメントになっている。


 このノーシスで、良いギルドはどんなギルドか。その良い、の評価の一つにエンターテイメント性も重視されている。結果的にローカストのようなギルドが栄えてしまう原因の一つとなっていた。


 そして、エンターテイメント性を求めるのはノーシスのプレイヤーだけではない。

 現世の人々も視聴し、面白いギルドを応援する。

 ギルド自体に現世のファンがつき、活動を支えている実態がある。


「興味ねーなー……」

 悪乗りしてきそうなバンが、興味を持たない。バンは、そういう気分ではないらしい。


「アタシ達もデートする?」


「興味ねーなー……」


「アタシっていう、完璧美女がいるのに……」


「プラス60キロ」


「やっぱし……?」


「プラス60キロぐらいが俺の完璧美女だ。ガリガリだろ?」

 その話を、他のNPC鍛冶屋も聞いていたらしく、一同、うんうん、と頷く。どうやら、同じ趣味のようだ。


 バンは、ポチャフェチである。90から100kg以上が彼のタイプである。リーケやハツメは彼の恋愛対象外。バン視点では、彼女らはガリガリなのだ。

 バンの、女性のタイプはミレミアムでは有名な話だった。


「よし、できた……」

 彼は、金属の塊に魔法をかける。

 甲高い爆発音が響き、閃光が鍛冶屋を一瞬満たして消える。最後にプスン、と可愛らしく鳴った。金属塊からは、煙が出ている。金属塊には、歯車がついていたが、微動だにしなかった。


「ダメか…」

 落胆するバン。


「うまくいかなかったね……」

 ハツメも残念そうに言う。


 彼が作成していたのは、エンジンである。

 車好きのバンは、ノーシスでも車を作れないか、試行錯誤している。魔法の力でエンジンを起動できないか、実験しているのである。


 こういった、現世の科学技術をノーシスに持ち込む試みは幾度と試されており、ノーシスではギルドとは別に協会もできている。研究成果や試行錯誤を発表する場、年一回の学会もある。


 が、未だ全て失敗。バンには、現世の科学技術を再現する事は禁止されている、としか思えない。


「もう一回、やってみるか」

 と、鍛冶屋と話すバン。ハツメは邪魔にならないように、すーっと消えていった。


 そろそろ、リーケとケインが外出する頃だろう。尾行するつもりはないが、どんな雰囲気で外出するのか、ぐらいは見たいと思うハツメであった。



 バンはハンマーで金属片を叩きながら、妻の事を思っていた。


 現世ではない、この世界で結婚した女性だった。しかも相手はNPCだった。


 ミレミアムに入る前の話だ。


 村がモンスターに襲われている、という話を聞き、当時のパーティーでその村を助けに行った。山奥で、材木を売ったり、木像を作ったりして、平穏に暮らしていた村だった。向かうのにかなりの時間がかかった。


 救助を求めてきた村人は、馬車の中で手遅れになっていない事を、ひたすら祈っていたのをバンはよく覚えている。

 パーティーに日本人とアメリカ人がいて、サムライ七人がどうの、ガンマンが7人と言っていた。彼等が、映画を思い出して、助けに行こう、と言い始めたのだ。


 大型の熊型モンスターと戦い、村を元の平穏で何もない村に戻した。


 ささやかな祝勝会で、彼女を見つけた。

 ぽっちゃり、を通り過ごした豊満な女性。肌は黒く、全てが丸みを帯びていた。最高だ、とバンは思った。彼にとっては、誰よりも輝いて見えた。


 街に戻り、プレイヤーとしての生活を過ごしたが、頭によぎるのは、村のあの女性の事ばかり。


 数日後、バンはパーティーから脱退した。

 パーティーメンバーは、快く受け入れて、送別会まで開いてくれた。


 送別会の翌日、バンは一人村に向かい、恋愛をし、プロポーズを行う。結婚し、村でささやかな式を挙げる。あの頃が人生で一番幸せだった。現世でも、ノーシスでも。


 ノーシス内でプレイヤーとNPCの間に子供ができた場合、子供はNPCの扱いとなる。

 バンは、それでいいと思っていた。ゆっくりと、ノーシスの世界でいきていけばいいと思っていた。


 現世では身寄りもなく、向こうに戻る意味もない。地位も名誉も、金も興味がない。一人で生きてきたバンにとって、家族というかけがえのないものが出来た。ここが自分のあるべき場所だと思っていた。


 ある日、プレイヤーの一団が現れた。あの時の事をバンは忘れない。

 ローカストの一団が、村にやってきた。


 防衛は、一人。ノーシス屈指の魔法使い……しかし、未来の。

 村唯一の戦力と知られた事で、敵プレイヤーがバンに集中する。


 激怒し、その分、精神力や生命力はあがる。何人ものプレイヤーを焼き殺した。が、

捕らえられ、精神力切れで朦朧とする意識の中、人生で最悪な瞬間を迎える。それは、自分の死より重い、と思っていた。現世での死を経験したバンには分かる。

 

 最愛の妻が殺されるのを見た。

 体型や容姿をせせら笑う声だけが、やたら耳に響く。


 最後に見たのは、妻の笑顔だった。誇らしい、というような顔で、バンを見た。それが何を意味しているか、は薄れている意識では分からなかったし、後々まで彼を悩ませる事になった。


 山奥の村だから、殺していいのか。

 タイプの女じゃないから、殺してもいいのか。

 クソみたいな話だ、とバンは思う。ただ、そのクソみたいな思想をもった奴らがいる。


 バンは、ミレミアムにローカストの処刑前に救助された。ただの幸運だった。

 最初は、バンは武闘派に所属していた。ローカストを、とにかく殲滅する。惨たらしく焼き殺す。


 ロッド班に所属になった時、穏健派で人格者のロッドが嫌いだった。生ぬるく、ローカストがどんな奴等か分かっていない堅物。正義漢ズラして、人に説教するクソ野郎の同類。


 今思えば、笑えてくる。バンはロッドにそう思っていたし、実際に面と向かって、彼に言っていた。


 ロッドの正義感がどこから来るのかは分からない。彼は忍耐強くバンを説得した。そして、他の武闘派の起こした凌辱事件を見せ、ローカストと何が違うのか、を問う。


 ミレミアム側の捕虜虐待事件は昔からあった。それが表面化し、対処せざるおえないレベルになったのは、前の戦争の最中だ。


 武闘派は、やりたいから復讐と言ってやっているだけだぞ。ロッドは言っていた。

 実際、その通りだった。正義や復讐の言い訳を利用して、やりたい放題している奴等が多かった。

 バンは武闘派から距離を置いた。


 ロッドは、武闘派だけではなく、捕虜のローカストのプレイヤーでさえ対話を求めた。ロッドは殺す以上に、彼等を説得している。


 バンは、ロッドの過去を知らない。きっと、お偉い聖職者かなんかだったのだろう、と思う。


 しかし、ロッドの怖い一面も知っている。やる時には徹底的にやるし、味方の処罰も躊躇がない。秩序を守る為ならば、味方ですら殺す。

 守護神ロッド。敵味方共にその名を恐れている。


 ある日、彼のパーティーメンバーから裏切り者が出た。

 彼は、捕らえられた元戦友をため息一つついてから処刑した。

 その場に、バンも居た。多くの者がいた。命乞いをする戦友に対して、仕方ないな、と言うような顔で彼は処刑した。ためらいが無かった。過去に、お互いの命を守り、戦い抜いた戦友を……。


 バンは背筋が凍った。声一つ出なかった。表情も凍り付いた。その場にいた誰もがそうだったに違いない、とバンは思う。


 ロッドは、よくため息をつく。

 その、ため息と同等の空気で、彼は人を、戦友を殺す。バンは、あのため息が怖いのだ。


 厳格。聖職者には違いない。バンには、その姿が狂信者に見える。


 ロッドチームに入ってから、3回の戦争を経験した。

 回を重ねるごとに、元の性格に戻っていくのが分かる。ミレミアムに来る人間は、誰もが大きな傷と穴を抱えている奴等ばかりだった。最初は、暗く、攻撃的だ。過去のバンみたいに。


 説得はロッドに任せた。

 バンは、陽気に楽しく、する事に勤めた。陰湿すぎる空気は、良くない、と思っていた。実際、ミレミアムはメンバー内で喧嘩ばかりしていて纏まりに欠けているし、雰囲気が最悪だった。

 

 ミレミアム全体を明るくはできないだろう。簡単に治る喪失感ではない。せめて、チーム内ぐらいは。


 妻は、笑顔のバンが好きだと言っていた。だから、これでいいとバンは思う。


 緊張感がない、不真面目だ、という人間には実力でねじ伏せた。

 戦力になれば、誰も文句は言わない。

 堅苦しい雰囲気に変えただけで、何かを成し遂げた、と思い込んでいる無能な奴等は黙った。当時のミレミアムには、そんな奴等が集まっていた。


 陽気なほうがいい。


 もう一度、妻を思い出した。丸い顔も、ふっくらとした唇も、優しい暖かな瞳、全てが良い。性格も良く、優しく、いい女性だった。以上はいない。


 バンは今のパーティーを思う。

 こんなクソみたいな世界で、楽しく、愉快に生きていられるのも、あいつらのお陰だと思う。


 で、その仲間、ハツメはなんて言っていたか。

 リーケちゃんとケインがデートだって?


 面白そうではあるし、エンタメのないこの世界では極上ではある。あとで、話を聞いて、盛大にからかってやろう、と思った。あの2人がどんなデートをするのか、興味深い。


 ケインは真面目で気の利く奴、というのがバンの印象である。

 ケインは、よく酒を差し入れる。最初の歓迎会で、バンがよく注文していた酒を覚えており、それをたまに寄越すのだ。


 チーム全員に同じことをしているだろうし、もしかしたら、難民や支部の他の事務員、チームにまでやっているかもしれない。ケインはそういうやつだった。


 そんな気配り真面目人間と、不思議ちゃんリーケのデート……。やはり、興味がある。今日は、みんなで飯だな……と思った。が、夜に、あの二人が集まるか、は分からないな、と思ってしまった。つい、思ってしまったのだ。


 ケインはそんな手が早い奴か?

 バンは、頭をふる。

 

 そういう奴には見えない。妻の事もある。いきなり、は無いだろう。……ケインではなくて、リーケちゃんのほうから、はありうるのか?それは、どうなんだ……。


 もうダメだ、とバンは思った。


 集中など出来やしない。彼は、ハンマーを置いて、鍛冶屋を出た。脳裏では、リーケとケインの事で一杯だった。


 リーケとケインのデートについては、すでに支部、関わりのある難民、別チーム、様々な人々に知れ渡っていた。

 

 確かに大変だ。

 バンは呟いた。



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