第14話 【ノーシス】快晴、高気温、真昼

――ダンジョン行きか……。

 と、NPCのアリアは思った。


 背も小さく、女性的魅力の少ない身体、美女とは言えない容姿。小柄で筋力のある肉体、その身体は、傷やシミが広がっている。外で力仕事の農作業ばかりしてきた。そうやって、生きてきたし、それでいいと思っていた。仕事仲間と愉快にやってきたつもりだった。


 村にローカストがあらわれるまでは。体つきがよい者が選別され、今、移動している。


 アリアはダンジョン、と聞いたような気がするので、そうなのだろう。


 奴隷となったNPCの行先の一つに、ダンジョンがある。

 ノーシスに点在するダンジョン。その中にある数多くの秘宝や資源、貴重なアイテムが眠っている。


 奴隷達の武器は最小限。消耗品に、装備は勿体ないのだろう。強いモンスターが居れば、より人数が投入される。


 プレイヤーは監視者だけがおり、彼が指示をする。


 戦いやトラップなどは、NPCが対応する。もし、自らの危険が迫ればプレイヤーも戦うか、普通はNPCを盾に逃げる。


 アリアは、その監視者を倒したNPC達の話を聞いた。


 監視者を殺したが、ダンジョンの入口で待ち構えるプレイヤー達にNPC達は殺された、と。それもおぞましく、人の所業ではない方法で。故意でも、事故でも監視者が死んでしまった場合、ダンジョンに入ったNPC達は皆殺しにされる。


 得たアイテムは入口で没収され、良い物を手に入れた時には配給が多くなる程度だ。

 

 アリアは、とぼとぼ、と歩く。首が痛い。首に巻かれた太いロープが歩く度に首に擦れる。目の前の人も同じようだった。


 10名程のNPC奴隷。お互い、首と手首をロープで繋がれている。


 それを監視、護衛するプレイヤーは4名。

 一人が馬に跨り、装備も騎士さながらで、整っているように見える。アリアは、この人がリーダーか、地位が高い人なのだろう、と思った。自分の命が、この人の金に変わる、と思うと涙が出た。


 知り合いが何人も殺された。プレイヤー達を睨みつけるが、彼らはそれを面白がり、嘲笑するばかりだった。腸が煮えくり返る。熱くなった身体に自然と力が入る。


 後は、魔術師の男女と剣士が2人。


 樹木が生い茂り、日陰になっている。風も木々の隙間から流れ込んできて、火照った身体に優しく感じた。


 アリアは、疲労で限界が近かった。いや、すでに限界を超えていた。

 何度も倒れそうになる。他の村人も同じだった。一緒に農作業をしていたミラクが前にいる。後ろは大工のオルジだった。小声で励まし合いながら、なんとか足を動かしていた。

 森を抜ける。草原が広がっていた。この暑い日差しの中、生きて目的地に行けるだろうか、とアリアは思った。生きていたとしても、ダンジョン行き。今死んでも同じではないか、と。


 心に重りが乗る。目は濁り、暗闇が脳を支配する。


 アリアは膝から崩れ落ちた。前後の2人がロープで引っ張られてしまう。村人達はうなり声をあげて、残った力を振り絞りアリアを支える。


 ふひゅん、と鋭く風を切る音が聞こえた。


 女魔術師が、鞭でアリアではなく他の村人を打ち付ける。派手な、皮膚が破れる音が鳴り響く。アリアも、それを見て、何度と立ち上がろうとするが、心が重く力が入らない。


――ごめんなさい……ごめんなさい……。

 と、アリアは泣きながら、口を開いた。声は出ず、ヒューヒュー、と息だけが零れる。


 そんな時だった。騎兵が、一騎で草原を駆けてくる。

 リズミカルで派手な蹄の音、舗装されていない道の土煙を巻き上げて、それはやってくる。


 追加の敵だろうか、それとも助けに来たのだろうか。ミレミアムというNPCの味方がいる、とアリアは聞いたことがある。蹄の音と共に、アリアの胸の鼓動が高鳴り、重なっていく。


 棒のような姿から、すぐにその姿は人型に変わった。


 盾が視認できる。その盾に描かれている紋章が、ローカストプレイヤーの目に飛び込んできた時、敵の騎士は隊列を組みなおした。剣士2人が前衛。その間、後ろに騎士。そして、後衛に魔術師2人。


 紋章、蛇とドラゴン。それらを上書きするかのように×で描かれる一振りの剣と杖。ミレミアムの紋章である。そして、『Rage disappears only in victory(憤怒は勝利にのみ消える)』と、ミレミアムの標語が書かれている。


 雰囲気が変わったのを、アリアは感じた。


 魔術師2人が魔法を唱え始める。杖が輝き、その先端へ男の方は炎が、女は光と共に風がまとい始める。


 助かったのかもしれない、とアリアが希望を抱いた、その時だった。


 前方にいる、男魔導士に重なるようにして、黒い影が出現した。


 影の持つ短剣が陽光に煌めく。男魔導士が倒れる。一瞬で、呆気なく、彼の命が消えた。そして、まるで幻だったのかように、その黒い影は消えてしまった。


 前方を警戒するローカストのパーティーは、男魔導士が消えた事に気が付かないようだった。

 

 前方の騎士の姿がはっきり、と見えるようになった。

 騎士にしては、軽装で鎧も胸当て程度。ローカストの騎士にしては、頼りない気がした。が、近づくにつれて、アリアはある事が分かった。

 

 馬に2人乗っている。


 その黒い影の手が伸びたようにアリアは錯覚した。それが杖だと、すぐに分かった。


 魔導騎兵。

 生前、パイロットだった軍人によって考案された騎兵である。


 馬に二人乗りをし、一人は手綱を、もう一人は魔法での攻撃を行う。


 騎手は、操作と共に馬へのバフを行う。馬のステータスを上げ、速度と力、体力を上げる。


 魔術師はチャージ時間に無防備になる事なく、回避や移動ができる。高機動にして、高い攻撃力と柔軟性を持つ。


 疾走する騎兵を中心に、空間が深紅に染まる。草原が消えてしまったかのように、炎が巻き起こり、一瞬で広がる。


 バンの能力、シャインは、天候と気温によって、炎系の魔法を使った時の魔力が上昇する。全ての条件が重なった時――晴れ、そして、高気温、昼間、であればノーシス最強の魔法使い、と言っても過言ではない。

 しかしながら、夜、雨(曇りや雪など)、低気温、と条件が重なると、初心者レベルにまで魔力は低下する。


 本日、快晴。気温28度前後、正午過ぎ。条件は揃っていた。


 ブオン、と周囲が熱風の轟音が鳴り響く。

 木々がなぎ倒され、全てが赤く染まり、揺らめく。熱が舐めるように灰と液体に変える。


 アリアは絶叫した。目の前で炎が舞い上がり、飲み込んでいく。その恐怖に、肺を潰すかのように声を上げ続けていた。目の前で、三人のプレイヤーが炎に包まれ、まるで踊る様に焼き尽くされ、藻掻いている。


 しかし、その灼熱はNPC達には届かない。空間に優しく、美しいガラスのような膜がある。

 リーケの結界だった。それらが、炎から彼女らを守っていた。


「大丈夫ですよ、大丈夫」

 結界によって、NPC達を守るリーケは、恐怖に支配されるアリアに言った。


 炎は、結界を飲み込んではいるが、熱は届かない。バンの、好調時の炎魔法を、リーケは完全に防いでいた。


 通称、爆撃機のバン。その灼熱の炎は、地上を灰に変える。


 騎士と女魔導士だけが、炎のダメージを減らすことに成功した。多少はレベルが高いようだった。


 が、次の瞬間、騎士は炎の海に落とされる事となる。


 灼熱の炎を纏うようにしてミレミアムの騎士が現れる。槍が騎士の胸を打ち付ける。ガキン、と火が爆ぜる音にまじる金属音。


 槍スキル、初期技、チャージ。槍を構えての突進である。

 初期と言っても、この技の攻撃力は重さと速さで倍化する。騎乗でのチャージは、初期技にして、必殺技であった。チャージに始まりチャージに終わる、と言う格言が槍使いにはある程だ。


 ミレミアムの騎士、ケインのレベルでは、敵を貫くまではいかなかった。が、敵の騎士は馬から引き離され、燃え盛る後方の木々まで飛ばされた。そして、ぐったり、としたまま動かなくなった。


 一方、女魔術師は、ハツメが瞬殺した。叫び声すら上げる間もなく、崩れ落ちる。

 

――――――――――――


 バンは、自らの後始末として、消火活動をしている。水や冷気系の魔法が苦手なため、難航しているが、延焼は辛うじて防いでいる。


 ケインは、馬をほめながら人参を与えている。その顔は緩み切っている。これが彼にとって、初プレイヤーキルであり、殺しに近いものがあるのだが、彼は馬に夢中だった。ロッドは、そんな彼に混乱をする。神経が図太いのか、繊細なのか……。


 リーケは、NPC達を治療中である。一人、NPC達に優しく声をかけている様子は、心までも治療しているようだった。


 ロッドは、一仕事終えた感のあるハツメに呟いた。


「……出番がない」


「いえいえ、オカシラの作戦通りじゃないですか。完璧ですよ」


 この作戦の為、ロッドは一人、実行場所を下見していた。そして、相手の予想されるルートに合わせて、何通りもの作戦と実行場所を考えていた。その一つを彼らは実行した。


 ケインで注意を引き、ハツメとバンで殲滅。今日は天気が良かったので、リーケが結界でNPCを守り、バンの魔法で一掃する結果となった。


 作戦は、大成功し、一方的にローカストのメンバーを倒すことに成功した。

 ロッドチームは、より名を上げるが、ローカストに対策を考える切っ掛けを与えてしまうのである。

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