第13話 【現世】親子

『都築家、長男死亡、先月に婚約者死亡。警察「事件性なし」』

 との見出。健也と沙織の死が週刊紙に掲載された。


『現、衆議員にして、都築毅の長男が、*月*日に亡くなっていた事が判明した。その先月、彼の婚約者も事故で亡くなっており、警察の発表では事件性はない、としている。

 都築家は、都築幸助から3代に渡り代議士を務めており、現職の都築毅は次期大臣とも噂されている。

 長男は高校卒業時に家を出ており、親子関係は非常に悪かったと思われる。(略)』


 週刊誌では、健也の父である都築毅の、過去の汚職疑惑、そして、ノーシス関連規制法案に反対の立場、が面白おかしく書かれていた。

 紘一は、その週刊誌を叩きつけるように、床に落とした。

 そして、車と部屋の鍵を持って外に出た。今から、食事の約束がある。

 一カ月前に、葬式があった。

 葬式は、豪勢ではあったが、ほぼ親族と健也の会社関連、親しい友人程度で終った。豪勢さと来客の疎らさが、寂しさを際立たせた。

 毅の所属している党員からは、花だけが送られてきた。党または、議院関係者の参列は、ご遠慮頂いたのだった。ご遠慮頂いても、来る者もいる。何らかの沙織との事件性や、親子関係を探ろうとするマスコミは、毅と彼の秘書が追い払った。

 亜美は、やつれて、久しぶりの実家で寝込んでしまった。

 葬式の一か月後、紘一は、意外にも毅から飲みに行こう、と誘われた。こんな時だからこそ、息子の友人と語りあいたい、そして、お互いに知らない仲ではない、という間柄の自分に白羽の矢が立ったのだろう。

 連絡を受け、紘一は部屋に戻り身支度を整えた。

 紘一が指定された赤坂の料亭にいると、しばらくして毅が現れた。襖に区切られてはいるが、大部屋を貸し切っていた。

 普段は強面、怖いもの知らずの毅の表情も陰りが見えた、暗く、重く。

 酒が進み、ぽつりぽつり、と口を開いた。

「私は、失敗したのだ」

 議員ではなく、懺悔をする父の姿。紘一は黙っていた。全て吐き出させるのが、自分の役目だと思っていた。

 紘一は、失敗か成功か、で判断するところなんだけどな、という言葉を飲み込む。今日はそういう日ではないのだ。

 毅の話は、紘一が知っている話と、ほぼ同じだった。

 紘一と健也は対象的だった。

 貧しくも、子供を一人の個人として付き合い続けた紘一の父。

 裕福で、子供を都築家の跡取りとして育ててきた健也の父。

 父の教育の問題ではない。本質は、ここが政治家の家であり、個人にはなれない、と健也が思った事だった。健也は、校則に反し高校から極秘にバイトを行い、そのうち高卒で社会に出てしまった。紘一は、クソ真面目な反抗期、と言っている。

 一緒にバイトをしていた頃が懐かしい。あの頃、紘一は健也と仲良くなったのだ。それまで、紘一は健也が嫌いだった。

 毅の口から、零れるのは、思い出、贖罪の言葉、教育、都築家。それを真剣に聞く紘一。

 その話を聞きながら、紘一は自分の父の教育を思い出していた。

 ある日、父は言った。晴れた日で、趣味の園芸をしていたのをよく覚えている。

『植物と一緒で、与えすぎると枯れるものだ』

 水も肥料も適切を過ぎると必ず枯れる。そして、人は薔薇と同じで、切るべきところは切り、必要な蕾が育つように誘導しなければならない、と言っていた。 

 どんな美しく清い水でも、どんなに高価で栄養のある肥料であっても過剰ならば枯れる。紘一には、健也が過剰な肥料によって育てられたように見える。そして、それが毅には愛情だと思っていた。ようは、愛情のバランスの問題であって、愛情の有無の問題ではない、と紘一は見抜いていた。

 2時間程経った。毅は、急に話題を変えた。

「ノーシス関連規制法案について、どう思う?」

 毅は刺身を摘まみながら紘一に聴いた。

 日本は、ノーシスの規制に遅れている。しかし、先に各規制を行った欧米では、その規制による新たな問題が発生しつつあった。

 欧米のように自殺者は本当にノーシスへ行かせないべき、か。

 欧米は、自殺者のノーシス参加を禁止した。それに、運営会社のサンサーラ社も対応した。そうすると、ノーシス参加希望者は海外に行く。自殺者は、自国内では減った。が、実際の自殺者の数は増えている。

 それだけでなく、重病者、身障者の一部がノーシスに行く権利を主張し始めた。このノーシスへ行く権利は、今では様々な場所で主張されつつある。

 日本では、現在、遺言がある場合にのみ、ノーシス行きを許可している。そして、公共の場と賃貸物件での自殺によるノーシス行きは無効としている。全面的な自殺者のノーシス禁止を求める意見は根強い。

 だが、本当に自殺者はノーシスに行かせない、という法律を作ればいいのか?と、毅は疑問に思っていた。それで、日本国内の、日本人の自殺者の問題は解決、と言えるのか。自殺志願者は他国に行った事で、国内の自殺者数は減りました、で満足している他国と同じレベルではないか。

 毅には、根本的な解決とは程遠いような気がしてならない。

 そして、NPC問題。NPC達にも人権を、と主張する団体が政治とノーシスを批判し始めている。これは、一国でなんとかなる問題ではないし、法律でどうなるものではない。この問題は非常に厄介で、その団体に毅は辟易していた。

 課金も今では、資産状況に応じて月単位で制限が行われているが、反対意見も多い。資産状況、というのが課題となっている。もっと課金させろ、課金金額を狭めろ、の両方の意見で日本は割れている。

 他にも、遺言、刑事事件の証言、遺産、人権、個人の権利、様々な点で現行法との問題が発生している。

 そもそも、プレイヤーを『人』とするのかどうか、は10数年、答えが出ておらず、国によって対応が違う。

 緊急性の高いものから改正を行ってはいるが、未だ、その解決は見えない。

「全面的な規制は、非常に難しいですね」

「と言うと?」

「賛否両論ですから。全面的な自殺者のノーシス行き禁止については、自殺者数はノーシス以前に戻るだけ、もしくは海外にでるだけでしょう。それが解決だ、という方もいますが。某国みたく、安楽死でノーシス行きを合法にしている国もありますし。

他にも、ノーシス内の日本人プレイヤーの保護を訴えている人々もいますが、今の法律では難しいでしょうね。様々な定義や規定の問題を孕んでいます。過去の法律は、あの世、を想定していませんから」

「私も同じような意見でね」

と言って、毅は酒を煽る。非常に酔っているのが、見て分かった。

「ノーシスへの、より強い規制が必要なのは私も認めている。しかし、必要だからやりました、では済まない。これは非常に時間のかかる仕事だ」

 時間がかかる、と言い続けて10年余りが過ぎた。

 彼はマスコミから、規制反対派、とされている。実際は、規制慎重派、が正しいのだが、一度、更なる規制法に反対票を入れてから、マスコミやSNSでそのようなイメージがついた。

 彼は『とりあえずやれ、やった後の事は知らない』という事を嫌う。完璧主義者ではないが、問題あるものを、そのまま行うような半端者でもなかった。

「反対派に荷田がいる」

 紘一の、手が止まる。箸でつまんだ天ぷらを皿の上に落としてしまった。

 荷田克郎。元外務省大臣。政界の大物。主張の強さ、政党内での剛腕さで知られている歴戦の政治家である。強気な言説は、マスコミでは格好のネタにされており、SNS上では非常に人気が無い。

 この時、因縁というものは現実にあるのではないか、と紘一は思った。あいつが死んでいた事を、すっかり忘れていた。

――荷田翔。

 三年前に交通事故で亡くなった荷田克郎の息子の事を思い出した。

 都築毅は、過去に汚職事件疑惑で、散々マスコミと野党の槍玉に上がった。その疑惑を野党に流したのは、同じ政党の大物議員である、という週刊誌の記事が出た。毅と大臣ポストを争った荷田克郎である、という見方が有力である。事実、汚職は無かったが、議会は空転してしまい、毅の影響力と支持は減少する。

 都築健也は、その汚職事件のネタで一時期、虐めに近い環境に置かれていた。その首謀者は荷田翔。

 荷田翔は亡くなっている。つまりは、ノーシスにいる可能性が高い。奴は、ノーシス行きを拒んでいるだろうか。紘一には、それは無い気がした。奴ならノーシスに行く。

 そして、荷田克郎がノーシス規制に反対している理由は、ノーシスに息子がいるから。優位な状況を邪魔されたくない、というのは、あり得る気がした。




 どうしてこうなってしまったのか、と毅は思う。

 何度も、何度も、思ってきた。その度に悩んできた。

 子育てに比べれば、議会など、それこそ子供だましだと思う。重要さ、ではなく、難しさ、の点で。政治家だから議会が、人々の生活や人生を背負う議会が大事か、と言われれば、昔の自分ならばイエスと迷いなく答える。

 それが、子供の将来に繋がり、人々の子供にも、繁栄にもつながる、と思っていたからだ。実際はそうではなかった。今なら、答えが無い、選ぶものではない、と回答できる。

 自室のデスクにある、子供の頃の健也と亜美の写真立てに目を移す。一度だけ、アミューズメントパークに行き、建物の上から2人を撮った写真だ。健也は生意気にも親指を立てている。毅は、この写真を気に入っていた。どんな辛い事があったとしても、この写真で乗り切ってきた。

 離れたとしても、きっと、わかる時が来るだろう、と思っていた。

 写真を、見えないようにしようと手を伸ばしたが、途中で辞めた。そのままの手で、パソコンの電源を入れた。

 ケインという名前で、彼は参加している、と聞いた。

 毅は、ノーシスのHPから、ケインの様子を見る。ケインこと健也は、ハツメという女性から修行を受けているようだった。会話を聞いていると、何か違和感があるが……。

 毅は課金しようと思った。が、これは法律的にどうなのか、と、ふと思う。馬鹿らしい。父が子に小遣いをやって何が悪い。この、政治家である事が染み付いてしまった事が、全ての問題の始まりだ。

 100MC課金する。バランスの問題である事を、未だ毅は学びきれていない。


 Tsu****yo**がケインへ100MC課金しました。


 驚くような表情をして、腕が止まると、ケインはハツメに叩かれたりしている。

 ケインは、空に向かって親指を立てる。


 その後、ケインは100MCをコルに変えて、全て難民対策に使ってしまう。

 この一連の寄付行為は、ミレミアム内でケインという名を非常に上げるだけでなく、あだ名がシャチョーになった。

 そして、現世でのケインの注目度も高くなり、より多くの金がケインへと流れる事になった。

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