第12話 【ノーシス】歓迎会
サスデス、ミレミアムギルド支部。ケインがハツメと出会った翌日の午後。
ケインが、ここに来るのは二度目であったが、今回は、牢屋ではなく、しっかりとした部屋に通された。
デスクの他に、ソファー、テーブルの応接セットが置いてあり、部屋の隅にもテーブルと椅子が置かれている。家具があるだけで、未だ殺風景な部屋であった。
ソファーには、ドレッドヘアの浅黒い長身の男性と20代前半らしいの可愛らしい女性がいる。真ん中の巨大なデスクには、ロッドが座っていた。何やら気難しい顔をして、ケインを見ている。
ケインは、その二人の向かいに座らされた。隣にはハツメがいる。
ロッドは、デスクの書類を手に取った。ハツメの簡単なレポートであった。その内容を端的に言うなら、
――ローカストに何らかの遺恨あり、大切な人の救助が目的との事。重要な情報あるかも。
ロッドは、ケインという青年に戻す。ノーシスには珍しく、平凡、どこにでもいそうな顔をしている。ノーシスは、願望の姿や年に変える。彼は、容姿に関しての願望、欲望、もしくはコンプレックスが無かったのだろう、と検討がつく。
その願望の無さ、はノーシスに何らかの希望や欲望が少ない事を指しているのではないか、とロッドは思う。
ふっと、息を吐いて、ロッドはケインに語り掛ける。落ち着いていて、低く、静かに。
「私は、ロッド。ギルド・ミレミアムの幹部をしている。ミレミアムについては?」
ケインは、ぎこちなく首を振った。強張った表情から、緊張しているのが分かる。
「ミレミアムは、ローカストに対抗するべく生まれたギルドだ。ローカストとは、何度も戦争をしている」
情報を開示した事で、多少だが、ケインから緊張が消えたように、ロッドは感じる。彼は、努めて冷静さを保ち、静かに話をつづけた。
「ローカストに潜入しようとしていた。理由は、大切な人が捕らえられている、で間違いないかな」
ケインは頷く。
「君は、人は殺せるか?」
ケインは頭を振った。
「ローカストの入団儀式は、プレイヤーの処刑だ。もし、潜入しようとするならば、君はミレミアムの敵になっていた。一人を助ける為に敵組織に協力するのも一つの手だろう。しかし、より困難な道に思えるが」
ロッドは、ケインの表情が曇るのを察した。処刑、までは知らなかったのだろう。
「考えてみてくれ。潜入すれば、アバドに会えるわけではない。彼は神出鬼没だ。ローカストとして参加していたら、無辜の人々を殺す事に加担していたかもしれない。それは本末転倒だ。わかるよな?」
ケインは、頷いた。しっかりと、ロッドの言葉は届いているようだった。
「君と、私達の目的は近いように思える。できれば、君の事を教えてくれないか、ゆっくりでいい。話したい、話してもいい、と思った時にでも」
ケインは迷っていた。
彼は、現状どうすればいいかもわからないし、ロッドはまともであるように思えていた。そして、ロッドは真剣だった。それが、力強い言葉一つ一つから伝わる。
「君が人を助けたい、という気持ちは、とても分かる」
「分かるはずない……」
ケインは、ふと、呟いてしまった。
ドレッドヘアの男が、陽気な声で言った。
「いーや、分かるんだな。俺とおっさんは、ローカストに家族同然のNPCが連れ去られている。おっさんのは行方不明。俺の家族は、もう殺されちまった。この子は姉同然のプレイヤーが生死不明。忍者娘は元PTメンバーが激戦地に赴任中だ。誰もが大切なものを失う不安や、喪失した過去があるんだ。それが今の、この世界ってわけよ」
その声の陽気さからは、感じられない重圧のある話だった。
それが本当だと信じられるのは、彼の瞳が真剣であり、そこだけは笑ってはいなかったからだ。声だけが、明るく淡々と、飄々としていた。
ケインは、ミレミアム、という場所が、ほんの少しどういう場所か分かった。そして、自分が子供のような事を言ってしまった事を恥じる。
ケインは、口を開く。信じられる気がした。
「アバドは、ジェオリに居ました。私が生きている時ですが。彼を追いかけたかったのです」
ロッドPTメンバーが互いに顔を見合わせる。
「アバドがジェオリに居るって?」
ロッドは思った。なるほど、初心者の街でも一番、遠方にある街か。確かにあの場所ならば、身を隠すのに最適だろう。プレイヤーも初心者しかいないし、NPC達も平和だ。ローカストの影響がない。
非常に、いい情報だ。神出鬼没、気まぐれ、そして、変人・変態のアバドを対処できるチャンスかもしれない。
「重要な情報だ……すぐにでも捜索班を作り、ジェオリに向かわせよう」
「俺も、その班に加えてもらえませんか」
ケインは言う。その表情は切実だった。
「それはダメだ」
「何故……」
「理由は、まず、アバドはローカストの幹部であり、実際に強い。初心者では足手まといだ。他の街へ行くにも、初心者を庇いながら、は難しい。自分自身で確認したい、どうにかしたい、という気持ちはわかる。が、君自身が死んでしまっては、意味もない。ノーシスでは、できるだけ確実に、安全な方法をとらなければ生き残れない。君は、この街で少しでもレベルを上げないといけない。大切な人を助けるのだろう?その為には、アバドが障壁になるかもしれない」
頷くケイン。もっとも、な話だった。そして、大切な人、ロイーザがアバドと一緒にいる、という事を伝えると、ロッドは言う。
「ロイーザという女性の事も、アバド捜索と一緒に確認、報告させるようにしよう。それでいいな?」
今度も頷くケイン。任せたほうが確実な気がした。
ケインは衝撃的な事が起きると、抑制が効かなくなる自分に対する反省もある。一種の、パニックとも言える。それが、諭されて少しだけ収まった気がする。焦燥感しか、頭になかったケインの頭を冷やすかのようだった。この人達は、自分と同じなのだ。耐えている人達なのだ、と知った。
「日本語で言うなら、急ぐなら回り道、です」
翻訳機能を使ったかのような直訳がハツメの口から飛び出た。
「急がば回れ、だね」
ケインが、優しい声色で訂正する。
「え?」
「急がば回れ」
聞き取れなかった、と判断し、もう一度、言うケイン。
パーティーメンバーは、それが聞き取れなかったわけではない事に気が付いている。
「もしかして、日本人の方ですか?」
「……そうですが……」
出身地は言っていいものか、迷ったが、ケインは肯定した。
微妙そうな表情をするハツメ。
「私、伊賀にいました。キグウデスネ」
いた、であって、住んでいた、出身と言わないのが、彼女の胡散臭い所だな、とロッドは思った。
「伊賀に……」
ケインは、三重県の知識があまりない。伊勢と志摩、そして、長島が桑名市である、というぐらいである。あと、鳥羽水族館。有名観光地程の知識である。
きっと、留学か何かで伊賀にいたのだろうな、とケインは思った。この時点で、生前が日本人だとは思っていなかったのである。多少の違和感を、ケインも感じていた。
「すいません、伊賀は三重県で、忍者で有名って事ぐらいしか知らなくて……」
「伊賀ってどんなとこだ?」
ドレッドヘアの男が、ハツメに尋ねる。すかさず、隣の女の子が男の脇を肘でつついた。
「よくぞ聞いてくれました!!伊賀は忍者の里です。沢山の忍者が住んでいます。うんぬんかんぬん」
さも、常識のように言うハツメ。
ケインの認識が、ハツメは偽日本人、で固まった瞬間だった。極稀にいるらしい、忍者や侍は未だ日本にいる、と信じている外国人が。そのクチなのだろうが、ケインは困ってしまった。ここまで忍者が好きな人間、日本が好きな人間がいるならば、夢は壊したくない。ケインの無駄な心遣いと優しさが発揮された。
「甲賀も、伊賀に負けず忍者が沢山住んでいますよ」
ケインは言った。
白い目が6つ。三人分。
ロッドは、ケインが面白がって別の知識を吹き込んでいる、と捉えたようだ。
リーケは、余計な知識を吹き込んだな、と少し眉を潜めている。
ドレッドヘアの男は、当てが外れたような顔をしている。偽疑惑を晴らしたかったようだ。
「こーが!!!」
興奮したようにハツメが言った。
「伝説の地、こーがですか。伊賀とこーがは、昔、大きな戦争をしたと聞きます」
戦国時代にそんな話あったかな、と思うケインであった。
「……まー、俺らはさー。こんな世界でも、あんまりテンション下げずに、明るくやろうって感じなのよ。俺は、バン、な。よろしく」
ドレッドヘアのバンという男は、明るい調子で言った。その長身をローブで包んでいる。傍らにある杖を見る限り、魔法使いなのだろう。見た目からは想像ができない。
「辛気臭くて胃を痛めるのは、こっちの人の役目」
と、ロッドを弄る。ロッドは、多少顔をしかめたが、何も言わない。
このやり取りで、非常に仲がいいんだな、という印象をケインは持った。
「うちの可愛い担当、リーケちゃん」
「リーケです。よろしくお願いします。」
地味で控え目な印象を受ける少女リーケが、小さく頭を下げる。ふわふわ、とした白を基調としたローブを着ている。腰にベルトが付いているのだが、ぶ厚く、金具が沢山ついている。幾つかのベルトを束にしているようだ。ケインは、パンク風なワンポイントが印象的だな、と感じた。そして、髪飾り。黒と白のリボンと宝石が付いている。独特であり、アニメキャラのようにも見える。
「偽日本人」
ハツメを指さして、バンが言う。
「にせじゃない!!!」
ハツメが、ヒステリックとも思えるような甲高い声で否定した。
これ、このパーティーの定番ネタなんだな、とケインは認識する。
「で、記録保持者か……ロッド班が一層濃くなったな」
まるで、ミレミアムに入隊するかのような言い方をするバン。
しかし、そこにケインは突っ込まなかった。
「記録ってなんですか?」
「初心者で3都市進んだのは、貴方が最初なんじゃないかって話」
「そうなんですか?」
4人が頷く。
「馬車を乗り継いだら、たどり着きました。普通の事かと思っていました」
「知らないって怖いな……」
ロッドが呟いた。2人も頷く。
四人は食事の為、高くのレストランへと向かった。
ミレミアムに入るかどうか、はさておき、歓迎会のようなものである。
乾杯をしてから、少し酔いが回ってきた時、ロッドは、クローズの設定を全員に話をした。そして、ナビシステムに全員クローズ設定を依頼したのを確認してから、ケインに話を促した。初心者のケインは知らない事ではあるが、これがマナーとの事だった。
沙織を失った事。ロイーザとアバドが関係を持ったこと。それに関しては、彼女の新たな人生だから仕方ない、と思った事。アバドが育てた人間を殺す異常者である事。ロイーザを助けたいのでノーシスに来た事。二度も、彼女を失いたくはない、という気持ち。
そのノーシスに来た、という意味に絶句する四人。特に、リーケは感受性が高いのか、泣き始めていた。グズグズと鼻をすすりながら、酒を飲んでいる。かなりの酒豪らしく、大きな樽型のジョッキが、まったく姿に似合っていない。
「リーケちゃんなー。彼氏に二股かけられて、高速道路を爆走していたら事故って死んだんだもんな。一途な男の好きだよなー」
バンが泣いているリーケを弄る。
ジョッキを、どん、とテーブルに置き、リーケは泣きながら、ぽかぽかとバンを殴殴っている。
「サムライ……これが、ニッポンのサムライ……あたし、この人にサムライダマシイを見ました!!」
と、ハツメはよく分からない捉え方をして、興奮している。
ロッドは、真面目にも、「尚更、その命は大切にしないとな」とかっこよく、それでいて渋く言った。
あまりにしんみりとしすぎたために、ケインは急いで話を変えようとする。
「話変わるんですが、アバドの居場所って、現世の人から教えてもらう事ってできないんですか」
ケインの言う意図が、なんとなく分かるのか、すぐさまバンが口を開いた。
「あー、ガチャとか、課金で現世とコミュニケーション取ろうとするやつ?」
「はい。Yesなら武器ガチャ、Noなら防具ガチャとか、コミュケーションが取れるかと思うのですが……現世の人は、相手がオープン設定なら見る事ができますよね」
「それ、やっていないですよね?」
今度はリーケが口を出した。
「でも、それってナビちゃんから警告されるでしょ」
ハツメが、自身のナビシステムを撫でながら言った。ハツメのナビは、カエルである。今は肩に乗っている。
「確か、警告されるはずだ」
ロッドも同意する。
「警告と言う事は、やはり、やってはいけないんですね」
ケインが、がっかりしたように言った。
「ナビちゃん、現世とのコミュニケーションについて教えて」
ハツメがカエルに言う。
肩のカエルが可愛らしい女性の声、そして、機械的な感情のないリズムで言った。
「課金等システムを濫用しての、現世とのコミュニケーションは禁止されています。疑わしい、と判断された時点で課金は無効となります。悪質な場合には、MCの没収、レベル、経験値のペナルティがあります」
「判断された、という時点でアウト。疑わしい事はすんな、ってわけよ」
バンが、酒をあおってから言う。
「で、誰が監視してるかっていうと……」
バンは自身の、鳥型のナビシステムを指さす。
「コイツラを隠したり、仕舞ったりができないのは、プレイヤーの判断をする為だけじゃねーんだ。このシステムは、役立ちシステムと同時にプレイヤー監視システムなのさ」
バンの口に肉が入ったので、続きをロッドが続ける。
「ノーシスでの行動は自由だが、現世とのコミュニケーションは制限される。もし現世から情報を持ち込みたいなら、初心者ぐらいだ。死にそうな奴に情報を持たせるのは、たまにある」
「だから、僕の事を警戒していたんですね」
「そりゃ、3都市の新記録を樹立していたらね。現世とのコミュニケーションは禁止されているって言ったけど、ちょい違うんじゃない?」
ハツメが言った。「あー、若干、違うな」と、バン。
「いるかなー」と言いつつ、ハツメがこう続ける。「ナビちゃん、あたし、オープンにして。クラちゃん、いつもありがとね。――さすが、居たわ。今さ、1MCが課金されたのよ、あたしんとこ。ナビちゃん、クローズ」
「コミュニケーションというより、情報のやり取りが禁止されているんです。この程度のやり取りは禁止されていません。いいなぁ、クラちゃん……」
リーケが言う。
「なるほど……で、クラちゃんというのは?」
ケインが、酒を啜りながら尋ねた。
「あたしの、現世の彼氏。いつも見てくれている。ノーシスで元気な姿を見せる、恥じない生き方する、っていうのがあたしには大事なんだよね」
「さすが、ねーさん」
バンが茶化す。リーケは、多少うっとりとしている。
「現世には大事な人もいるだろう。その人が、辛い思いや恥ずかしくないような生き方をするっていのはいい事だな」
バンが頷いて言う。
「あなたにも居るでしょ?」
ハツメはケインに言った。
ケインは、亜美と紘一を思い浮かべた。
今頃どうしているのだろうか。大変な目に合っているに違いない、と思っていた。全ての厄介事を押し付けてしまったようなものなのだから。特に、都築家の問題を全て押し付けてしまった事に、とても心苦しい気持ちで一杯だった。
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