第10話 【ノーシス】とっても忍者的

「で、彼が?」


 NPCの警吏に連れられて、ロッドは牢屋の前に立った。そして、その中で寝ている男性を見て、そう呟いた。盛大な、ため息をついた。


 ロッド――ティサルの守護者、ガーディアン・ロッドの異名を持つ、ギルド・ミレミアムの幹部である。今は、拠点の街、サスデルに駐留中である。短く切りそろえた金髪、堀の深い顔、強靭な意志を湛えたような瞳の輝きを持っていた。無骨で、軍人というような厳めしさと力強さを感じさせる。


 牢屋の男、ケインと名乗る男は、初心者の街オルルトから、NPCに金を払い、3つの都市を移動する。その後、ジェオリの街に行こうとする。しかし、便が無く、一人で移動しようとする所を、不審に思った門番が捕まえた、という事だった。


 捕まった当時は暴れていたが、今は魔法で眠らせてある。


 どう見ても初心者の、この男。

 この初心者が行動力だけで3つの都市を移動してしまった事にロッドは驚嘆し、呆気にとられる。ため息の一つもつきたくなるものだ。


 前代未聞だ。ロッドはノーシスに来て7年程になるが、未だ3都市は聞いたことが無い。


 確かに不可能ではないが、やる意味もない。リスクしかない。初心者の街は、初心者用だから初心者の街なのだ。なぜ、PT行動でもなく単独で、NPCを利用し、そのNPCも運よくモンスターに出会わず、こんな所に来れてしまったのだ。初心者を乗せるNPCもNPCだ。

 外に出て、モンスターとエンカウントすれば、一撃で死が待っているし、逃げられはしないだろう。

 この男はヒッチハイクでレベルの高い街まで来てしまった。天性のヒッチハイカーなのか。

 言い出したらキリがない。


 ただの馬鹿か、それとも大きな事情を抱えているのか。もし、事情だった場合。ロッドは考える。


 メッセンジャーの可能性は?情報があるのか?

 すぐにでもローカストに参加したい、と思っている初心者の線は?

 もしくは、こちらに参加したい、と言う線は?

 誰かに会うのか、どこかの場所で何かをしたいのか……。

 私的な事情を抱えているのか。無謀なライブ配信者か。話題作りか。


 ロッドには私的な事情のように思えた。が、今に分かる事だ。ロッドは、見張りに指示を出して、その場を後にした。




 サスデスのミレミアムギルド支部。レンガ造りで、蔦が這い、年期を感じさせる古風な洋館。


 その一室、大部屋にロッドはいた。


 元々、空き部屋だったため木の机と椅子ぐらいしかない。広い部屋に机と椅子だけ、という殺風景だが、窓から西日が差し込む、日当たりの良い明るい部屋だった。今は、ロッドが事務所として使っている。会議に使うテーブルと椅子が今日、届くはずだった。


 ロッドは、その部屋で自身のPTメンバーを待っていた。


 ドアが開いたかと思うと、次の瞬間には、デスクに腰を掛けて、ロッドを見ていた。素早い、というより不可視の動きであった。


「カシラ、おはようございます」

「無駄な動きは止せ、ハツメ」


 全身黒装束に、黒いマスク。目元だけが出ている。艶やかで、切れ長の美しい瞳だった。エキゾチックなアイメイクが映えている。彼女曰く、アイメイクはくノ一の嗜みと最高のファッションだとか。


「ニンジャの動きです」

 艶のある、女性の声が響く。


 日本人と名乗っているが、どうも疑わしい。

 ミレミアムに日本人は少なく、別の支部にいる為、確証を得られない。が、ロッドは直観で日本人ではない、と判断している。口に出したことは無い。あえて指摘するのは野暮だろう、と思っていた。ノーシスでは彼女は忍者なのだ、それでいい。


 この忍者(偽)元日本人がハツメである。ミレミアム・ロッドパーティーの一員であり、かなりの腕のプレイヤーでもある。第3次、第4次掃討戦でも大きな手柄を上げている。


「今まで黙っていたが、いい事を教えてやろう。忍者は昼、私服だぞ」

 知らないが。そんな事、ロッドは知る由もないが。


 ただ、忍者が真昼間に忍び装束をきているはずがない、と思ったのだ。それをついにロッドは口にした。

 なぜ、スパイが、スパイです、という看板を背負っていなければならないのか。元イギリス人のロッドに、その知識はない。イギリスでスパイと言えば、007だ。あちらもスパイにしては派手だが。


「え?」

 ハツメの時が止まった。思考が、表情が、身体が止まる。

「え?」


「私服で来い。忍者は目立つな」


「はい……ニンジャは、昼、私服……目立たない……忍装束はユニフォームではない……」

しょぼん、としているハツメの意識を取り戻すために、大きな咳払いをするロッド。


「今、地下にケインという男が拘留されている」

「ああ、噂の新人!!初心者で3都市移動したっていう異常者」

 明るく、通る声で言うハツメ。


 すでに噂になっている事に、頭を抱えたくなるロッド。

 いつか、誰かが、面白がって初心者で4都市を目指すだろう。そんな記録と自己顕示欲の為に命をかける馬鹿が、必ず出てくる。それが、どれほど危険な事か分かっていない。


「今日、彼は解放される。彼を尾行してほしい。忍者らしい仕事だ」


「もし、敵なら?」


「忍者の仕事だ」

 漆黒のマスクの下で、彼女が笑う。


「もし、敵じゃなかったら?」


「街につれもどせ」


「後は、いつもの?」


「現場の判断」


「OK、カシラ」

と言って、姿がすっと消えていく。

 ハツメ曰く、忍者的退出。アニメなどで退室時に消える演出が好きだ、と彼女は言っていた。


 ロッドはため息をついた。ミレミアムで人を率いるようになって、心労が増えた気がしていた。特に最近は、多くの仲間が亡くなっている。その度に、心が砕けそうになる。何人もの知り合いが戦いで亡くなり、ロッドの家族同然だったNPCの所在も不明だ。

 死んでからも、心労がある、というのは非常に救われない話だ、と彼は思った。そして、その心労は現世での比ではない。

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