第8話 始まりの終わり、終わりと始まり
「現世にいた時には、私、すっごい地味で、そんな自分が嫌いだったんですよ。ありふれてて、目立たなくて、学生時代の好きな男子からも『お前、誰?』みたいな。同じクラスなのに!!すっごいショックで。出来のいい姉とは、いつも比べられて、平凡扱いされるし!!それが、こっちに来たら、こんな顔になっちゃって!!」
顔、といいつつ、胸を強調するロイーザ。
宿屋一階のお馴染みのレストランで、アバドと祝勝会である。
ゴブリン退治の野宿をし、翌日、街へ帰り、ゴブリン退治の張り紙を宿屋の主人に渡すとお金を得る事が出来た。
張り紙は、指定された達成条件を満たすと、自動で刻印がされ、完了とされるシステムだそうだ。
一日、休息に使い、その晩に、二人で祝勝会を開く事となった。
夜になり、この時の為に、チロさんも「いいですね(システムボイス)」と言っていた勝負服を着ている。
昼に買ってきた服だった。
胸元が大きく空いたワンピース、そして、コルセット。スカートはフィッシュテールになっており、前の方が非常に短く、扇情的なデザイン。そのスカートのひらひら、とした可愛らしさと、大胆さに惹かれて、すぐに購入した。
現世では、絶対にしないコーディネートだった。
カウンター席に二人並び、乾杯の後、すぐに酔っぱらうロイーザ。色々な事情で酒の回りが早い。達成感、レベルアップの余韻、そして、アバドの存在。
現世の話を一方的に話すロイーザ。アバドは現世の話をしても、はぐらかされる。
しかし、アバドはイヤそうな顔せずに、しっかりと話を聞いていた。
「ダメですよぉ~。肉ばかりは~」
並んでいる肉を見て、ロイーザは明るく言った。注意されているものの、アバドは嫌な顔はしていなかった。
アバドの頬にソースが付いていた。
勢いだった。
指でアバドの頬のソースを拭う。
ロイーザの蠱惑的な唇から、舌が覗き、その指を舐めた。少し、向き合い、アバドのその可愛らしい唇に、ロイーザは自分の唇を重ねる。ただ触れるだけのキスだった。
すぐ、はっ、として唇を離した。
「……ごめんなさい」
真っ赤になって俯くロイーザ。
自分が信じられなかった。照れて恥ずかしくなっている。ただのキスじゃないか、と自分に言い聞かせた。
アバドは、そのロイーザの顎を指で上げた。アバドと目が合う。微笑んでいた。その笑顔が歪んで見える。アバドは愉悦に顔をほころばせていた。哀れな獲物を見るかのような、嗜虐的な瞳の輝き。
ロイーザは、その瞳から目を離せない。
アバドの指が、ロイーザの紅潮した頬を優しく撫でる。
「んっ……」
と、その感触に甘い声が漏れる。息が荒くなり、胸が苦しい。蕩けそうな、指の感触が頬に残り心地よい。
アバドの唇が、ロイーザの唇を塞ぐ。
ゆっくり、と時間をかけて、その柔らかさと温かさを確かめるように、唇を合わせる。
唇を離した時、ロイーザの表情は蕩けていた。頬は紅潮し、視線は夢を見ているかのようにぼんやり、としている。そして、懇願するかのような輝きを瞳が湛えていた。荒い息で胸は上下する。
ロイーザはアバドの、自分より背が低い男性に腕を回す。今度は、ロイーザから。
アバドの唇が触れると、ロイーザの舌が彼の唇を這い、こじ開ける。
アバドの唇がロイーザの舌を吸い、舌で答えた。
「んっ……んっ」
ロイーザは気が遠くなるようだった。アバドの舌が、彼女の唇を愛撫する度に、ロイーザの身体は快楽に揺れ、震える。
舌を絡めあい、アバドの唇に舌を入れ、唇をなぞり、唾液を交換する。その興奮と、心地よさと、熱を二人は存分に楽しむ。その淫らなキスを存分に楽しむ。
二人の口元から零れる淫靡な水音だけがロイーザの耳に入った。
こんな情熱的なキスをしたのは、いつぶりだっだろう、とロイーザは思った。
唇を離すと、お互いの唾液がロイーザとアバドを繋ぐ。
ロイーザは、チロさんに一言命令をする。
それからのロイーザの設定は、クローズだった。
ノーシスの設定について。
例えば、二人で組織されたパーティーがある。Aがクローズの場合は、Bのほうでは、視聴設定は、どうなるのか。
ノーシスでは、ノーシスHPからプレイヤー名を検索し、そのプレイヤー名をクリックすると様子を見る事が出来る。クローズの場合は、その検索に表示されない為、様子を見る事が出来ない。
Aがクローズの場合でも、Bがオープンの場合、その名はノーシスの検索に表示されるのか。
答えは、表示される、である。
クローズのAからでは見る事が出来ないが、オープンのBから見る事が出来るのである。つまり、その場を見せたくないのであれば、両方がクローズにする必要がある。
この時、ロイーザの設定はクローズになった。
では、アバドの設定はどうだったか。
以後の設定は、ライブに変更されていた。
その変化と設定の矛盾に気が付いた人間がいる。
紘一である。
紘一は、残業を終え、ジムに行くという日課を過ごした後に酒を傾けながら、ロイーザの話を聞いていた。
見るのをやめようか、とも思った。
紘一はロイーザ、沙織が嫌いだった。
最初に、健也から紹介された時から、イヤな感じがした。自称、地味にしては明るく、派手な印象を受けた。紘一には、ちぐはぐ、もしくはアンバランス、無理をしている、という感想を持った。
健也が沙織に惚れており、健也の方からは大切にしようとする気持ちは見えたものの、沙織のほうは、そのような印象を持たなかった。
ただ、健也と同棲を始めてからは、少しずつ、そのアンバランスさ、が解消され、健也への気持ちも見えるようにはなった。
が、紘一にとっては、嫌いは嫌いである。
「何言ってんだ、クソ女が……」
と、ブランデーを飲みつつ、悪態をつく。ロイーザが現世での話をしている場面だった。
沙織の姿は、紘一の、自分の幼い頃を思い出すようで苦々しい。同族嫌悪、と言う言葉を頭から締め出す。その為に、酒をあおった。
そんな時だった。
ふっ、とディスプレイの画面が消える。
真っ黒なディスプレイに、一文字。
システム : 設定がクローズになりました。
「なんだって?」
思わず、紘一は叫んだ。酔いも醒める気分だった。
紘一は、キーボードを叩く。
イヤな予感がした。そのイヤな予感に合わせて、今まで気になっていた事を検索する気になった。
検索をすれば、ノーシス関連の様々な情報を得る事が出来る。
今話題のプレイヤーから、ファンサイト、攻略情報、そして、お尋ね者、要注意プレイヤーリスト。
検索:アバド、ノーシス
幾つかのサイトを見、それからノーシスのプレイヤーサイトにたどり着いた。Wiki形式で、情報を書き込めるものらしい。
アバド 人身売買組織テアティサル・ローカスト幹部
「……最悪だ」
その人身売買組織の文字が飛び込んできた時に、紘一は呟いた。天を仰ぐ。完全に酔いは醒めた。
問題は、この情報を健也は知っているかどうか、だ。知っていたら、彼の精神は、かなり危うい事になる。
テアティサル・ローカストを検索する。
テアティサル・ローカスト
テアティサル地区で組織された人身売買組織。テアティサルの蝗害を意味する。
捕らえたプレイヤーの経験値売買、NPCの人身売買、それを主な収入源する武闘派犯罪組織であり、人身売買分野ではノーシスで最大級である。……(略)
ノーシスの、プレイヤー人身売買について調べると、すぐに情報が出てきた。
ノーシスでは、プレイヤーを倒した方がNPCやモンスターを倒した時よりも経験値が高い。
プレイヤーを捕らえ、処刑する事で、安易に経験値を得る事が出来る。
経験値の売買とも言える手段が、捕らえたプレイヤーの人身売買である。強いプレイヤー程高く、弱いプレイヤーほど安い。
紘一はアバドの検索ページのタヴに戻る。
アバド 人身売買組織テアティサル・ローカスト幹部。
単独行動が多く、派閥無し。面倒見がよく、部下にも慕われているが、気に入った人間をPKする癖がある精神異常者。現世でのファンが非常に多い事で知られている。
特殊捕縛スキル保持者。武器:フレイル、特殊鞭。
現世の情報:なし。
第四次掃討戦後、行方不明。
【被害者】、【ファンHP】……(略)
PK、つまりはプレイヤーキル。
アバドについての情報は少なかった。が、偽名ではないようだった。掲載されているスクショがアバドそのものだった。
「偽名を使っていないのは、相手が初心者だからか?それとも、余裕からか?」
そういえば、初心者の街では、誰も警戒をしていないように思えた。初心者は、人身売買の対象として不適だからか?疑問は絶えない。
第四次掃討戦というのも情報があった。
第四次掃討作戦。ノーシス歴12年に起きた人身売買組織テアティサル・ローカストとプレイヤーギルド連合との戦争。双方、壊滅的な被害が出た。主な戦場は……(略)
紘一は考える。
取り締まりをしているプレイヤーギルドが、初心者の保護まで手が回らなくなった。そして、情報が少なく初心者しかいない場所に逃げてきたアバド。アバドは、ほとぼりが冷めるまで身を隠し、趣味の育成と殺人でもする気だったのだろう。そのシナリオで辻褄は合う。
ノーシスのHPから、プレイヤー検索。アバドを打ち込む。
アバド ライブ中 視聴者10,415人
ライブに課金し、内容を見る。
こちら側は悪い事態には変わりないが、これは想定された内容だった。見ているのも気分が悪く、紘一は、ディスプレイを閉じる。
健也の事を考える。
最悪の事態が頭に浮かぶ。それを、あり得る、と判定した時だった。
紘一は目の前が歪んで見えた。それが、眩暈、だと分かるのに時間がかかった。全てが歪み、回り、狂って見える。
が、回復を待っている場合でもないし、それを待てる紘一ではなかった。
スマホに手を伸ばす。手が、グラスに当たり、グラスが床へと落ち、派手な音を立てて割れてしまった。気にすることなく、スマホから健也に連絡をする。
――出ない。
もう一度。
待つ間、心臓が潰れるかのような圧迫感と痛みと、内臓が地面に落ちるかのような重さ、を感じていた。
健也が、その電話に出る事はなかった。
紘一は上着を引っ張り、鍵を手に玄関へと走った。
しかし、すでに遅かったのである。
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