第7話 【ノーシス】デュアリティ

 数日後、回復したロイーザは、アバドと一緒に仕事をする事になった。


 二人パーティーというのは、親密なパートナー、もしくは相棒って感じで自然とテンションがあがるロイーザだった。


 ロイーザも、この数日でレベルが幾つかあがった。そして、彼女に復讐の機会が訪れた。


――ゴブリン掃討。


 あの夜、殺されかけたゴブリンに復讐するのだ。


 アバドの話によると、あの夜、ゴブリンは4匹倒したが、その後、他にもゴブリンの目撃情報があった為、掃討の仕事ができた、との事。


 この街は初心者の街ジェオリの街であり、ゴブリンは初心者には荷が重い。夜になるとモンスター達の動きが活発になり、強いモンスターが出てくるものだが、ゴブリンは少しばかりレベルが違う。

 こういった仕事は、宿屋のフロントなどに張り紙がある事をロイーザは教えてもらった。仕事は早い者勝ち。指定されたゴブリンを倒せば、自然にクリアと見なされる、との事。アバドは、やってみればわかる、とだけ言っていた。


 ゴブリンは、昼間は洞窟にいて寝ている、との事なので昼に出るかと思っていたら、アバドは夕暮れに出る、と言う。アバドが言う事なので、信じて夕暮れまで待機する。


 それまで、チロさんの顔をムニムニして遊んだり、チロさんに話しかけたり、寝たり、公衆浴場に行ったり、と思い思いの時間を過ごした。

 夕暮れ前、戦う準備をし、下の階に行くとアバドが、すでに待っていた。

 



 森の中に、空洞のように広がる空き地。切り株が点在している事から、伐採場だった事が変わる。


 火を起こして、せっせと野宿の準備をし始めるアバド。その手つきは、慣れたものだった。二人で枝を集める、固形の燃料のようなものを放り込むと火がついた。マッチもライターもないが、ここにはそれに代わる技術があるのだ、とロイーザは思った。


(あの日以来の野宿……。)


 ロイーザとしては、助けてもらった時以来の二人きりの野宿の事で頭がいっぱいだった。アバドとの出会いを思い出し、草原に転げまわりたくなる心地がする。


 一方、アバドはマイペースに肉を焼き始めた。肉が好きなアバドらしい。


 肉の焼ける香ばしい匂いが辺りに充満する。ロイーザも空腹を覚えた。なんの肉かは分からないが。


「そろそろ、かな」


と、アバドが立ち上がり、周囲を見渡した。森は静寂に包まれている。


 木々の間、その暗闇に光るものがある。赤く、宝石のように輝いていたが、それが血走り、炎に反射したゴブリンの瞳である事に気が付いて、ロイーザはぎょっとした。それが、幾つも増えていく。一人……二人……三人。


 ゴブリン達は、居る事がバレた、と思ったのか、堂々と森から出てきた。その数は、15人程。病的に痩せた肌から肋骨が浮き、尖った耳と鼻、皺が目立つ顔と尖った牙。そして、その顔で笑っている。


(こんなに多いなんて……。)

と、絶句した。


 ゴブリンと戦うアニメはよく見ていたが、ディスプレイと戦場では、重さが違った。緊迫した、そして、恐怖感のある、ねっとりと絡みつくような空気。縮こまって鈍くなる重い身体。そして、死ぬかもしれない、殺さなければならない命の重さ。


 前は、ロイーザは必死だった。が、今は冷静な分、このような雰囲気に飲まれやすくなっていた。


「大丈夫」

 アバドが言った。

 その言葉にどれほど軽くなったか。


 アバドの手が、モーニングスターの柄に触れる。じゃらり、と金属音が鳴る。星型の鉄球が解放され、地面に落ちた、かと思った。


 風を切る音が響く。続いて、鎖の音。すぐ別の音に変わる。鈍く、深い衝撃音。一瞬だった。ゴブリンの腹に、あの鉄球がめり込んでいる。どのような原理か、は分からないが、アバドは先制攻撃を行った、とロイーザはゴブリンの様子を見て、やっとわかる程度だった。


――ぎぇえぇえ。

 と、不快で耳障りな断末魔を残して、目の前のゴブリン一匹が倒れた。

 ゴブリンも何が起きたのか分からなかった。


 鞭系アクティブスキル、ソニックショットという、加速させて打ち抜くだけの初期のスキルだが、場を支配するには十分だった。このスキルを、鉄球付きの武器で行う事、そして、この速さ、アバドのソニックショットのスキルレベルは非常に高い。


 そして、近接武器であるモーニングスターの鎖の長さを伸ばし、スキルにあった改造を行っていた。

 ロイーザはガチャで出した武器を改造できる、という事実を、まだ知らない。


 そして、ひゅっ、と風を切る、微かな音の度に、ゴブリンは倒れていく。


 勇敢なゴブリンが、アバドの鉄球を避けて、突進してきた。

 ロイーザは、あっ、と思ったが、次の瞬間には、ゴブリンは前のめりに倒れる。倒れた背中に、鉄球があった。よけたとしても、アバドは自在に鉄球を操り、ゴブリンを殲滅していく。


 パッシブ鞭スキルに、軌道変化、というものがある。レベルが上がれば上がる程、変化の度合いも大きくなるが、あまりに物理法則を無視した動きはできない。アバドは、このスキルを使い、自在に鉄球を操っていた。それだけではなく、複数のスキルを使用し、今までの攻撃を可能としていた。


 鉄球を横に薙げば、ゴブリン達は、まとまって鉄球の餌食になり、単体では鉄球をまともに喰らう。一つの鉄球が、複数あるかのように錯覚する。


 横から、駆け出してきたゴブリンの一匹に手をかざすアバド。その一匹の動きがマヒしたかのように止まり、、その場に倒れた。倒してはいないらしく、痙攣する動きを見せていた。


 アバドの固有スキル。ただ拘束・足止めする、という単純なもの。自らより弱く、ダメージを負っているもの程、拘束時間は長くなる。この単純さから、このスキルに対しての抵抗は難しく、少しでも足止めできれば鉄球の餌食となる。


――昔のSFで見た事ある!!

 と、ロイーザは圧倒的なアバドの力を見て、興奮しきっていた。


 しかし、そのアバドに夢中な事が、彼女の警戒心を薄れさせていた。


 胸に衝撃が走ったかと思うと、一気に精気、生命力、そんなものが消えていくのを感じた。


 ロイーザの胸を、槍が貫く。


 自分を突き刺したゴブリンの腹を、ソードブレイカーで切り裂いた。

相手の傷は浅く、痛がってはいるが、倒しきれていない。それに引き換え、自分の傷はとても深いように思えた。


 はっはっ、とロイーザの呼吸が荒くなる。


(死ぬ?こんなところで?アバドにも出会えたのに?何もこの世界でできていないのに?現世でも何もできなかったのに?)

 疑問だけが、頭を駆け巡る。


 アバドの姿が見えた。何かを必死に叫んでいるように見えたが、何も聞こえなかった。今は、身体がすごく重い。地に沈むかのようだった。深い、深い、地の果てへ向かって意識が落ちていく。膝から、ゆっくりと身体が倒れていく……。


 その時だった。


 すく、と立ち上がるロイーザ。


「うわぁぁぁ」

 アバドが叫んだ。死んだ、と思ったのだろう。

 クールなアバドの驚いた顔に、ロイーザは、ふふ、と可笑しそうに笑った。この時の笑顔は、まだ普通のロイーザだった。


 ロイーザは身体は重く、意識も薄れてはいるが消えるほどではない。


『ロイーザ固有スキル:パッシブスキル・デュアリティが発現しました。

 ゴブリンへのダメージ分、回復します。』

 

 貫かれた槍の傷が癒えている。しかし、そこからの痛み全てが消えたわけではなかった。


 なるほど、HPがない理由はこれかぁ、と思った。

 多くのダメージを負っても回復のタイミングによっては助かる余地がある。デメリットばかりかと思ったが、それだけでは無い事を、身をもって思い知った。


『回復分のダメージを与える相手を指定してください』

 システムの文章は、そのように続く。


「じゃ、あいつ」

 ロイーザは、短剣によって傷を負っているゴブリンを指さす。


 突然、ゴブリンは苦しそうに藻掻く。大きく弾ける様に後ずさると、そのまま消えてしまった。ロイーザには何が起きたのか、わからなかった。


 変化はすぐやってきた。


 ゴブリンを倒しました。

 ロイーザのレベルが2上昇します。


「ふふ……ふふふ」


 ロイーザは嗤う。口元を歪ませ、頬は上気したように赤く染まり、目はとろん、と定かではない。その瞳が妖しい輝きを放つ。快楽に爛れた顔、そのものだった。


「うふふ……」

 妖艶とも思える、ロイーザの笑い声が場を凍り付かせる。


 身体が熱い。高揚が収まらず、意識が遠のくようだった。温かく、そして、心地よい。なんでもできるような気分だった。ゴブリンもゴミのように思えた。


 レベルアップには中毒性がある。


 特に、レベルが一気に上がる時の、身体が作り替わる感覚の快楽は、薬物に例えられている。万能感、解放感、達成感が頭の中が溢れ、脳を痺れさせる。身体を、意識を支配する。興奮と快楽で、自我のコントロールを失う。


 ロイーザは、死の緊張からの解放と、攻撃による加虐により、その傾向が顕著だった。別人のような様相を見せていた。


 数を頼みにアバドに近づいたゴブリンへロイーザの短剣が弧を描き、胸を切り裂く。その攻撃によって、自分の力を取り戻す。そして、自分が負っていた痛みを相手に押し付ける。この興奮と快楽の中にロイーザはいた。


 これじゃダメだ、とロイーザは思った。短剣では、活かせない。もっと、沢山倒せる武器がほしい。武器を変えなくてはいけない。


 アバドが距離のあるゴブリンを屠り、ロイーザがアバドの攻撃をかいくぐってきた敵を倒す。


 いつのまにか貫かれた胸の痛みも、身体の重さも消えていた。

 システムは言う。『全快です。敵を指定できません。』


「なるほど」

 全快だと、回復した時のダメージを敵に与える事はできないのか。回復する余地が必要という事なんだ、と自己のスキルを少しずつ理解していった。


 怖いものなど何もない。


 ロイーザは、ゴブリンの群れの中を疾走する。

 ゴブリンの脇をすり抜け、一撃を与えていく。致命傷さえ当たらなければ、ダメージを負ってもすぐに回復できる。それだけではない。回復すれば、反撃もできる。敵を攪乱し、混乱させ、足が止まったゴブリンはアバドが排除する。


 ゴブリンをアバドと屠る事に夢中になり、気が付けば、あれ程いたゴブリンは消えて、ロイーザの経験値に変わっていた。


 アバドは感心したように言う。

「この段階でゴブリン倒せるプレイヤーは、中々いないよ」

 

 ロイーザは、自分の固有スキルを確認した。


 ロイーザ固有パッシブスキル:デュアリティ

・このスキル以外の物理攻撃で敵にダメージを与えた時、ダメージ分、回復する。

・回復した時、指定した相手に回復分ダメージを与える。


 かなり使い勝手のいいスキルに思えた。後でアバドにも共有して、意見を聞こう。


 ロイーザは、ゴブリンがいなくなった空き地を眺める。風景が違った。ゴブリンがいた時には、恐怖と不安が広がっていた。が、今は高揚感しかない。


 風が冷たく、それが心地よかった。火照った身体を覚ますかのように、隅々まで風が包み込む。


 ロイーザはアバドに振り返り、笑った。子供のように無邪気で屈託のない笑顔だった。

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