第4話 【ノーシス】最初の危機と出会い

 夕暮れ前に、城門で解散した。


 まだ、何かいいたそうなジョンに対して、疲れたので、と言って宿屋に帰ってきた。それだけだと角が立つので、明日もよろしくお願いしますね、と笑顔を見せておいた。


 少しばかり道に迷いながら、最初の宿屋に戻る。朝は見る事が出来なかったプレイヤーの姿も見える。


 ロイーザとしては、話かけたかったが、あまりの疲労に部屋を取って休む事にした。


 今日はノーシスに来て初日なのだ。


 自分が死んだ、というショックからは少しだけ離れる事が出来たが、ロイーザには心が重い。現世では、みんなどうしているだろうか、と思うと涙が出てくる。


 鉄の胸当てを外すと、肩回りが自由になる。


 ロイーザはベッドに横になる。そして、今日の事を反芻する。できるかぎり、現世の事は考えないようにした。


「ああいう男って、どこにでもいるんだね……そりゃ元々は現世の人間なんだし、当たり前か……」


 初めてのノーシスでのプレイヤー、ジョンの事について、ロイーザはそう印象を持った。


 いわゆる、教えてあげる、と言う男性である。ノーシスでの見た目は30代後半に見えたが、現世では多分、もっと上のように思える。


 ベッドでうつぶせになり、スキルツリーを眺めている時だった。


 ガチャが10回引かれます、とシステム。


 ガチャ動画は、左隅に少し流れる程度。ずらり、と防具が並ぶ。


 課金者 : Ken0102

 ランクC盾:鋼の盾、

 ランクD重鎧:鉄のフルプレート、

 ランクD軽鎧:鉄の胸当て、

 ランクE盾:革の盾

 ランクE盾:木の盾

 ランクE頭:革の帽子

 ランクE鎧:革の鎧

 ランクE魔法服:初級学生の服

 ランクE重鎧:錆びたフルプレート


 ランクC盾:鋼の盾、ランクD重鎧:鉄のフルプレート、ランクE頭:革の帽子、が出現します。


(健也だ!!)


 自然にロイーザの目から涙が零れる。

 見てくれている、と思うだけで、安心する。


 寂しい思いをさせているだろうな、と思うと心が張り裂けそうになる。自分も同じ気持ちだった。


 少し時間が経って。

「装備しないと意味ないよね……」

 と、横にある半透明の重鎧を見る。


 いかにも防御力が高そうだ。ステータスが高いから、半透明で浮いている事を、ロイーザは思い出した。


 取得していないアイテムは半透明で、視界に優しい仕様らしい。まるで幽霊のようだ、とロイーザは思う。雰囲気のある鎧が、半透明で浮いている。が、自分も幽霊みたいなものだ、と少し可笑しかった。


 チロさんが、言ってくれれば装備できる、と言っていたことを思い出した。

「チロさん、これ、装備する」

 フルプレートを指さして、チロに言った。

 

 その瞬間、ロイーザの視界が暗くなり、固まってしまったかのように身体がまったく動かなくなった。重さに潰されそうになる。身体中が悲鳴を上げるかのように軋む。


「チロさん!!チロさん!!装備を外すには?」


「装備と同じで、私に言ってもらえれば大丈夫です」


「チロさん、この鎧外して!!すぐ」


 視界が広がり、身体が軽くなる。鎧が半透明になり、浮いている。


「今のように、私に言えば大体の設定を変更できます。ガチャも私に言って貰えれば引く事が出来ます。その際には、誤操作防止の為、必ず私の名前を呼んでください」


「便利……ファンタジーなのに最新AIアシスタントね。ホントにAIか疑わしいけど」


「装備を変更しますか?」


「チロさん、鉄の胸当てを装備」


 ロイーザが鉄の胸当てを装備する。革よりは重いが、これぐらいならば動作に問題なさそうだ。


 次に鋼の盾を持ってみる。これは非常に重く、腕が非常に疲れてしまう。そして、上半身が隠れるぐらいに大きい。ロイーザにはこれも自分の武器に適さない気がした。


「チロさん、この盾を保管」


 盾が一瞬で消える。


「チロさん、初級学生の服を装備」


 鉄の胸当てが消え、薄手の服を一瞬で着るロイーザ。


(これ!!スカートとセーラー服じゃん!!)


 少し胸の辺りが弾けている。真っ赤になるロイーザ。

 口をパクパク、と金魚のように開き、呆気にとられる。


「――チロさん……鉄の胸当てに変えて」


 鉄の胸当てに変える。


「やっぱり、これが一番いいかも」




 翌朝。

「お、新しい装備だね」


 城壁門前でジョンと待ち合わせし、ジョンがやってくると目ざとく新装備の鉄の胸当てに気が付いてきた。


「ガチャで出ちゃいました」


「いいねぇ。順調に装備が揃い始めているね。羨ましいな。俺、誰もガチャしてくれないし、いい武器を持っているし」


「これ、そんなにいい武器なのですか?」


 大きくて、強そうで、分かりやすい武器が好きなロイーザにとっては、短剣は少し心細い。


「ランクCの武器だよね。ランクCって、大体、5%って言われているよ」


 ロイーザの頭の中で、価値が計算される。

 ガチャ1回、約13,000円とする。ランクCがでる確率は、約ガチャ20回で一つ。ランクCは約26万前後(為替の影響受ける)の価値がある。


 すごい。この短剣、26万。


「ランクCの武器や防具があれば、とても安全に冒険できるよ」


「そうなんですね。やった!!」


「じゃあ、今日もいこっか」


「はいっ」




 ロイーザもレベルがあがり、城壁から続く小道、その横にある森に向かう。


 鬱蒼と生い茂る木々を抜け、空き地に出た。そこに大きな甲虫がいた。


 ビジュアル面に配慮してか、目は円ら、足は棒線のよう、カナブンをモチーフとした、大きなぬいぐるみのように見える。

 虫が苦手なロイーザでも生理的嫌悪はない。むしろ、口をもごもご動かしている姿が可愛らしい。背中が木目になっているのが、中々お洒落だ。


 硬いようで、その背中に短剣で切り付けても、まったくダメージがないようだった。草を齧っている。


「相手は硬いから、何度も切り付けているとスキル上げになるよ」

と、教えながらもジョンはその様子を面白がっている様子だった。


 スキルは取得は、レベルアップでもらえるスキルポイントを消費するが、そのスキルのレベル上げはどれほど使ったか、でレベルが上がるとの事だった。


 ロイーザはとりあえず、短剣スキルを取得した。何度も攻撃すれば、ダメージと振りが早く、正確になる、とのこと。つまりはスキルレベルは、慣れる、という事を数値化したようなものだった。


 何度も甲虫に短剣を振り続けていると、短剣のスキルレベルが幾つか上がったが、徐々に上がりづらくなってきた。


 甲虫――ウッドビートルを必死に叩いているとロイーザのレベルも3になった。


 レベル上げとスキル発動の練習をしていると日が暮れる。高い木々の為か、日が暮れるのが早く、すぐに暗闇が訪れた。


 不気味に静まり返った森を見て、「しまった……離れすぎた」と、額に汗まで浮かべて焦るジョン。


 いつの間にか、ウッドビートルの姿もなくなっている。


「すぐ走って帰ろう」


 そこまで、焦る理由がロイーザには分からない。


「何かあるんですか?」


「夜は強いモンスターが現れるんだ。急いで逃げないと大変な事になる」


――なにそれ、ピンチじゃん。

 教えられる側としては、この落ち度に文句の一つもいいたい気分だった。


 ジョンが松明を掲げ、森の中を疾走する二人。


 が、突然、鋭い風を切る音が聞こえ、その音が重く響く。木に槍が刺さった音だった。ロイーザのすぐ目の前で槍が現れ、足が竦む。一瞬立ち止まってしまった。


 ジョンも立ち止まり、鞘から剣を抜いた。


「遅かったか……」


 ロイーザの目の前、そして、二人の左側から、半裸の病的なまでに、やせ細って見える小さな人間達が現れた。炎に照らされた姿は非常に不気味だった。ぞっとすると同時に背中が寒くなる。


「今の俺達では、ゴブリンは無理だ……。二人で戦って、切り抜けるしかない……」


 ジョンは剣を構える。ロイーザも短剣を構えた。


 ゴブリンは左に2体、目の前に2体。全てが錆びてボロボロな剣を手に持っている。


「目の前の群れを同時に攻撃しよう」


「分かった!!」


「いくぞ!!」


 ジョンの言葉を合図に勢いよく、ロイーザは走り出した。


――やるしかない!!


 絶叫しながら、ゴブリンに突撃する。ゴブリンたちは武器を構えもせず、ニヤニヤ、と薄ら笑いを浮かべている。


 ロイーザが横を見ると、ジョンが居ない。


――え?

 松明を放り出し、ゴブリンがいない右に、ジョンの背中が見える。囮にされたのだ。


 唖然、そして、怒り、恐怖、様々な感情が渦巻く。

(大した男じゃないとは思ってたけど、想定以上!!マジか……)


 1人になってしまった。

 それでも、ロイーザには戦うしか、生き残る手段はないように思えた。逃げ切れる自信はない。今までのトーニングと帰り、で疲れ切っていた。


 二度も死にたくない、とロイーザは思った。

 自分が死んだ時の事を思い出せないが、その恐怖と不安は覚えている。二度も死にたくない、と婚約者は言っていた。本当にそうね、とロイーザは思った。能天気だった自分を呪った。


 前方の一体のゴブリンを思いっきり切り付ける。勢いが良かったのか、ゴブリンは後ろへと転んだ。すぐには立ち上がらない。すぐ、もう一体のゴブリンを切り付ける。


 必死に短剣を振り回す。


 4体のゴブリンに囲まれている時、様々なアイテムがロイーザに購入されている。

回復アイテムや武器防具が、チャット欄に並び、幾つもの装備品が目の前に現れては消えている。


 健也が見てくれている。応援してくれている。


 攻撃され、身体に痛みが走る。

 剣で攻撃されたのに、痛くは無いのは鉄の胸当ての防御力のお陰か。それでも、囲まれて攻撃されていると身体中が痛い。血は出ないが、身体が重たく感じる。その鈍さが、身体が動かなくなることが、死、だと実感した。


「チロさん!!回復アイテム」


 思った通り、チロは回復アイテムを自分に使ってくれた。回復アイテムの効果で、身体の重さが消えた。


 ただ、振り回すだけじゃダメだと思い、スキルを試してみる。


 剣を持っていたゴブリンに対して、ソードブレイカーで剣破壊を行う。


 構え、相手の動きを見る。

 ゴブリンの剣が上から振り下ろされる、その刹那、剣回避。短剣で、その剣を受ける事が出来た。鋭い金属音が、夜の森に響き渡る。


 そして、剣破壊。


 ソードブレイカーのギザギザとした部分に、相手の刃が食い込む。そして、その刃を折った。スキルの力もあるとは言え、簡単に折れてしまった。


「できた……」

 少しばかり戦闘がうまくなったロイーザに、動揺し始めたゴブリン。短剣を向け続けるロイーザ。


 そこに、人影が現れた。その人影がロイーザをかばい、ゴブリンと戦っているのが見えた。


(助かった……)


 そう思い緊張がとけ、ロイーザを気絶してしまった。




 ロイーザの視界へ、最初に入ってきたのは焚き木の炎だった。炎によって、様々なものが揺らめいているように見えた。木々も暗闇も目の前の青年も。朧げで、はっきりとしない感覚がある。


 ロイーザの意識がはっきりしてくると、この青年が自分を助けてくれた、という事を思い出した。


 ロイーザは身体を起こすと、青年も気が付いた。


「大丈夫?」


 男は、柔らかく、温かい微笑みをロイーザに向けた。


「もう、大丈夫です。助けてくれてありがとうございます……。あなたのお名前は?」


「アバド」

 

 彼は、言葉短く、そう名乗った。

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