第2話 【ノーシス】異世界の高機能AIナビシステム

 沙織の目が覚めると、ベッドの上にいた。


 カロンが最後に言っていた事を思い出す。


 ベッド横のクローゼットを開いてみるとアイテムが置いてあった。


 袋が幾つかあり、それらを開いていると、小動物姿のナビシステムが後ろから声をかけた。


「はじめまして、マスター」

 突然、声をかけられて、沙織の身体が、びくっ、と大きく震える。

 後ろを振り向くと小動物が漂っている。このイケボは、この小動物……。ギャップに少し思わず笑顔になる。


「こんにちは……えーっと……」

 なんて呼べばいいか迷っていると、小動物が「私に名前を付けていただけますか?」非常に丁寧で落ち着いた口調でそう言うのだった。


「じゃ、チロで」

 子供の頃に買っていたポメラリアンの名前だ。


「チロですね、ありがとうございます。次に、貴女の名前を教えてください」


「沙織です。矢島沙織」


「それは向こうでの世界の名前ですね。こちらのノーシスでの貴女の名前を教えてください」


「ロイーザって名前でいいですか?」

 沙織がRPGゲームをする時には、この名前を使っている。さおり、のローマ字を適当に組み替え、濁点を付けただけのものだ。


 チロは数秒止まってから「登録が完了しました」と言った。そして、こう続ける。


「あちらの世界の名前は、セキュリティ上、こちらでは出さないようにしてください。とても大切な事です。必ず守ってください」

 ネット上で本名だすようなものなのね、とロイーザは思った。


「それでは、袋を開けてみてください」


 ロイーザはクローゼットの中の袋を開ける。一つ目の袋には、光り輝く結晶が入っていた。

 発光しているようだが、優しく灯のように照らしている。


「きれい……」


「マジッククリスタルです。MCって呼ばれています。10MCが配られます。ロイーザさんは日本出身の方ですよね。1MCは現在、約13,000円です。為替によって変動します」


「か、為替……。ガチャMCは幾つ必要?」


「ガチャは1回、1MCです」


「高っ。1回、ほぼ1万じゃん」


「この世界の武器や鎧の値段のようなものですから。他、冒険や生活に必要なアイテムを、このMCから購入できます。ガチャは、現世の人達の課金要素でもあるので、勝手にアイテムが現れたりもします」


「勝手に……」


「では、ガチャを引いてみましょうか?」


「後にする。10回引いちゃいそう」


「賢明ですね」


「痛い目見た事あんのですよ」


「そうなのですね。このような賢明さが大事です。最初にガチャ10回は、私達もプレイヤーを止めるようになっています」


「やっぱり、いるんだ……」


「殆どの方が……。基本、私達はアドバイスや意見、注意はしません。しかし、さすがに、これはまずい、という会社の判断です。MCは、ガチャ以外にも使い道がありますし、ガチャは現世の誰かが引いてくれるかもしれません、貴女の葬式代を使って」


「私の葬式代がガチャに。社会問題になるわけだ……。チロさん、やたら人っぽいけど、背後に人がいたりしない?」


「アイテムの話ですが……」


「無視か」


「その袋を手に持ってください」


 ロイーザが袋を手に持つと、中身が消える。あの奇麗な石が消えてしまった事で、ドキっとする。袋は、手のひらでペタンと潰れてしまった。


「視界の右上にある、宝石マークの数字が上がっているかと思います」


 視界の右上にある宝石マークの数字が10になっている。


「MCは取得すると、そこに入ります。他のアイテムは、特別な場合を除いて現世と一緒です。袋、バッグ、などで持ち運びができます。もちろん、重さという概念もあります」


「特別な場合って?」


「現世の人達が、ガチャ等をしまして、所持できず大量にアイテムが溢れる場合がああるとします。その時には、アイテムは一時的にストックされます。その中でも一番強いとされるアイテムのみが手元に残ります。手元に残ったアイテムより強いアイテムが出た場合は入れ替わりです。ストックされたアイテムは整理ボックスという場所にありまして、そのままでは使う事ができません」


「なぜ、そんな面倒な事に……」


「もし、全てのアイテムが出現する、となると道端に装備品が溢れかえる事になります。ガチャで出た装備品は他のプレイヤーに譲渡できないので他の人にとってはゴミです。そして、手元に一本でも残らないと、緊急性がある時のガチャの意味がなくなります。譲渡はできない、と言いましたが、NPCと呼ばれるノーシスに住んでいる人々には売る事ができます。NPCは、プレイヤーの装備品を装備使用できますが、装備品本来の性能を発揮する事はできません。NPCは装備品を解体し、様々なものを作成したりします。フライパンとか」


「フライパン」


「他のアイテムもありますので、取得しましょう」


 クローゼットには、革でできた鎧、奇麗に畳まれた無地の白い服とパンツが置いてあった。服は、とても肌触りが良く、なんの繊維か分からないが、ロイーザには高級品のように思えた。


 そこで、やっとロイーザは自分の状況を確認しようという気になった。


 鏡を見る。叫び声をあげるロイーザ。


 自分の顔が日本人というよりかはハーフのような顔立ちになっているのだ。目元がくっきりしており、鼻が高く、顔が細い。海外の女優のような遠い存在に自分がなっている……ロイーザには感無量だった。


(そういえば、下が見え辛い!!下が!!見え辛い!!)


 全体的に、スタイルが良くなっている。


「チロさん、凄い!!ノーシス最高かも!!」

 興奮のあまり、そう叫んだ。


「皆さん、そういう感じになりますね。では、着替えてください」

 あくまでマイペースのチロだった。その言葉に確かな経験をうかがわせる。


 ロイーザは興奮しながら、下着姿から服に着替え、革の鎧を着こむ。鎧はベストのようになっており、サイドをベルトで締めると簡単に着る事が出来た。


「いいですね。装備は、複雑なものもありますので、私に『装備』と言ってもらえれば着る事が出来ます」


「おしゃれな服はガチャで出るの?」


「服は、こちらのノーシスのお金で購入ですね。コルって単位が使われています。ガチャで出た装備品を売ったり、MCを換金したり、クエストや仕事で得る事ができますよ」


「なるほど。がんばってお金貯めよ」


「一回だけ、ガチャをしてみましょう。先ほどのMCの宝石マークに視線を合わせてください。それから、決定、と言いましょう」


 ロイーザは宝石マークに視線を合わせて決定、と呟く。視界に、アイテム一覧が、まるで広告のように広がった。


「それが、MCで買えるものの一覧です。緊急用アイテムやガチャ、追加コルや土地等、様々なものが買えますよ!!私の別の姿も買う事が出来ます!!」


 一覧には、ガチャ、アイテム、コル、設定変更等が並んでいる。


「それから、ガチャに視線を合わせて、ガチャを引く、と呟いてください」

 ロイーザが、「ガチャを引く」と呟くと、3種類のガチャが左右に広がった。


 1つは武器ガチャ。武器しか出ないらしい。

 もう一つが防具ガチャ。

 最後は、装備品ガチャ。武器防具のどれがでるか分からないが、レアリティの高い装備の確率が高い。


「お好きなものを選んで、視線を合わせるとポップアップしますので、購入と呟いてください」


 ロイーザは、装備品ガチャを選んだ。


 先ほど、ガチャが出ていた枠に、鍛冶場のアニメーションで、中央にあった鉱石が変化し武器が生まれる。少しだけ、こういったゲームの経験があるロイーザは、鍛冶場にあった最初の鉱石が輝いていない事から、何となくレアリティの低い装備品だと予想し、少しばかりがっかりした。


『システム:短剣ランクC、ソードブレイカーを手に入れました』


 刃の裏がギザギザした短い剣がロイーザの目の前に浮いている。その短剣は半透明のように見える。後ろのベッドが透けて見えるのだ。


 包丁ぐらいの重さかな、と思って手に取ると、小さいながらもずっしりと重い。半透明だった短剣が、透明ではなくなり、刃先が銀色に輝く。

 革でできた鞘がいつの間にか床に落ちている。


 視界の左下に文字が浮かんでは消えていく。


 攻撃力が90上がりました。

 武器固有スキル1 : 剣攻撃回避 

 武器固有スキル2 : 低レアリティ武器破壊 (短剣、剣) 


「良いアイテムを手に入れましたね」


「いい武器か、分からないけど……」


「装備品のレアリティランクは、ランクS、A、B、C、D、Eの6段階となっています。一番上のランクSはレジェンド、Aはトレジャーと呼ばれています」

「この武器は、上から4番目?」


「上から4番目ですね。Cから特殊な効果があります。レアリティが上がる毎に、特殊な能力やスキルが増えていきます」


「いい物には見えないけど……」

 ロイーザは短い刃が頼りなく感じ、色々な角度で見ている。そして、革の鞘に納めた。


「さて、重要な話をします」


「はい」


「オープン、クローズ、ライブの設定ですが、私が処理しますので、私に言ってもらえれば設定は変更されます。この部屋はクローズ設定です。このように場所に、クローズやオープンなどの設定がされている事もあります」


「今は、見る事ができないクローズなのね」


「はい」


「で、部屋を出たらオープンで、誰でも見る事ができる。向こうの人達が見るのにお金が必要なのがライブよね」


「その通りです、マスター」


「OK、分かったよ」


 武器も手に入れた。この容姿で外に出る事ができる。そう思うと、この世界でやっていく自信が出たようにロイーザには感じられた。


 泣いてもいられないし、こうなったからにはやらなきゃ、と心の切り替えができたのだった。

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