手遅れなんですよ

 

 

 ロレスは彼が武器を持って襲い掛かってきているにも関わらず、余裕の笑みを浮かべ、彼と対峙している。

 

「本当に愚かなものです。グレイ・リクス。いや、既にリクス家は存在しないので、ただのグレイですか」

「ぐぅっ!」


 不意を突いて襲い掛かったように見えた彼の攻撃をロレスはあっさりと躱し、その勢いを使ってそのまま彼を床にたたきつけた。


 ロレスは家の意向で武術をたしなんでいますから、武器を持ったところでそう簡単に負けることはないでしょうね。でも、武器を持った相手を無手で相手をするのは危ないのでやめてほしいのですが。


「貴方がここに来た理由はおよそ見当は付いています。リクス家が行っていた不正が明るみになり、その結果家が潰されることになった。それはまだ多くは知られていないことです」

「何が言いたい」

「どうせ、他の家の者になれば貴族としてまだやっていけると思ったのでしょう? それに嫡男としてリクス家の不正に深く関わっていたことで貴方は犯罪者として追われている。それを回避するために、他の家の者と婚約すればいいとでも安易に考えたのでしょうが、そんなことをしても意味はありませんよ」


 彼の実家であるリクス家がお取り潰しになることが決定したと情報が入ってきたのは今朝の事でした。既に不正に関しては多くの貴族が知り得ている情報ですが、今朝まで処分内容に関してはまだ決まっておらず、我が家に限らず他の貴族家はその行方を窺っていたのです。


 そんな中で彼が我が家に来たのは、罪を無くすためか、それか巻き添えを作るためか。どの道、こちらにとっては不利益にしかなりませんから、最初から彼の提案を受け入れることはなかったのです。

 だから彼がここへいらした段階でもう手遅れだったのですよね。


「だから何だって言うんだ? どうせそれもお前が考えたでっち上げだろう」

「この状態でよくそんなことが言えますね」


 彼はロレスによってがっしり動けなくされているため、そう簡単に逃げることは出来ないでしょう。それに彼がこの屋敷に来た段階で、リクス家の不正を追っている部署には連絡を入れていますし、近い内にその方たちが彼を回収に来るでしょう。


「ふざけるなよ!」


 既に彼を追っている相手へ連絡を入れていることを話すと、彼はロレスの拘束から逃げ出そうと藻掻き始めました。

 ロレスだけでも問題なく拘束し続けることが出来そうですが、ずっとというのは無理でしょうから、近くに居た使用人が拘束に使えそうなロープを持ってきました。




 

 彼は後に来た兵士によって連れて行かれました。処罰の内容について、今後関わることはないということなので詳しくは聞いていないませんが軽くはないでしょう。


 その件であの後我が家にも監査が入りましたが、あの家が関わっていた不正に一切関わっていなかったので、何事もなくあっさりと終了しました。


 これで、この件は本当に終わり。

 ようやく落ち着いて次期子爵としての引継ぎ業務に戻れます。


「大丈夫かい?」


 今纏めていた書類が終わり、紅茶を飲んで休憩しているところへロレスがやってきました。


「大丈夫とは?」

「この前のこと。一応前の婚約者だったのだろう」


 別に気にしてはいないのですが。もしかするとロレスが彼のことを気にしているのかもしれません。


 彼との関係は婚約者だったとはいえ、そうなった理由は政略的な物だったため互いに来いという感情はなく、愛なんてものもなく、本当に他人のような感じの関係でした。たまに顔を合わせる度に脅され馬鹿にされていましたが、あくまでも言葉だけの事でしたので


「大丈夫ですよ。彼との関係は最初から無いようなものでしたから」

「そうなのか?」

「元々形だけの関係でしたから、特に思うことはありません」

「そうならいいのだが」


 そう言うロレスの表情は先ほどよりも安心しているように見えます。やはり、ロレスが彼の事を気にしていたのでしょうね。

 もしこれが嫉妬ゆえの事であれば嬉しいことですが、ロレスはあまりその手の感情を表すことはありませんし、おそらく聞いたところではぐらかされてしまうだけでしょう。


「そうだ」

「どうしま…した……か?」


 声を掛けられたのでそちらを振り向いたところ、ロレスの手が私の頬に触れました。こういった場所でこのような行動をされたことがないので私は困惑で、それ以上言葉を出せなくなってしまいます。


「もし、この後少しでも時間があるなら庭の方に出ないか? 軽く散歩でもしよう」

「え……ええ、大丈夫ですが、どうして」

「ちょっとした嫉妬だ」

「え」


 まさか、ロレスからそういうことを言ってくるとは思っていなかったので、言葉を失います。


「ほら行こう」


 そういってロレスは私の手を取り軽く私を引き寄せました。


 やっぱり私の夫はかっこいいと思います。あの時にすぐに私の前へ庇い出てくれましたし、本当に素晴らしい方だと思います。

 

 ああそうそう。こうやってロレスと婚姻を結べたのは彼が強引に婚約を破棄してくれたからですし、そこのところだけは彼に感謝をしているのです。




 完


 ―――――

 これにて、この話は終わりとなります。

 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

 

※グレイが何故家に来たのかは監査の一環

 グレイに対する対応によって関係者かどうかの判断をされていました(※これだけが判断基準ではありません)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いまさら愛せと言われましても にがりの少なかった豆腐 @Tofu-with-little-bittern

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ