愛していますから
あまりの突飛な言動にどう言葉を孵したらよいか迷っていると、隣に控えていた夫であるロレスが私の前に出てきました。
「申し訳ありませんが、話になりませんのでお帰りください」
「こいつが婚姻しているとかほざいているがどうせ俺を追い払うための偽造だろ? だったら、お前は俺とこいつとの婚約には無関係ないんだから、口出しする権利はない。邪魔だ。そこで黙ってろ」
出来れば私だけで対処したかったのですが、どうも彼は過去のこともあって私の事を下に見ているようですし、何を言っても聞き入れることはなさそうなのですよね。
それにロレスは本当に私の夫なので関係ないということはないのです。まあ、彼が私とロレスの関係を知っているとは思えないので、今の反応はそこまでおかしい事ではないのかもしれません。
そもそもロレスが執事服を着ているのも、そう判断した要因の1つでしょうし。
「いいえ。関係はありますよ」
「はあ? ああ、俺とこいつがくっ付くとお前には何の利益もないもんな? だがな、大した地位もないくせに偉そうな態度なんてとるなよ」
元から自分にとって都合のいい様に言葉や物事を捕らえる方でしたが、まさかここまで酷いとは思っていませんでした。一応この場には私たち以外に私付きの側仕えもいますし、本当の執事もいるのですけれど、見な心底呆れた目で彼えお見ていますね。
「いえ、本当に私とロレスは婚姻を結んでいるんです」
そう言って私は彼に見えるよう、指に嵌めてある指輪を見せました。それに合わせてロレスも彼に指輪を見せました。
「は? どういうことだよ。何で勝手にこんな奴婚姻なんて結んでんだ」
さすがに私とロレスの指に嵌まった指輪を見て自分が想像していたことと違うことに気付いたのか、彼は怒気を孕んだ表情と声色でそう発し、私のことを睨んできました。
彼のこういった言動や態度はよくありましたし、あまり得意ではありませんでした。昔であれば委縮してしまうところでしたが、今は隣にロレスが居ますし、大丈夫。
「私はロレスの事を愛していますから」
私はロレスの手をぎゅっと握り、彼にはっきり聞こえるようそう言葉に出しました。
ロレスとの出会いは彼と出会うよりもずいぶんと前でした。
私とロレスの関係は遠方の親戚にあたる。その家は我が家と同じく子爵家にあたり、子爵家の内での家格もほぼ同じくらい。
歳はロレスの方が2つ程上ではあるものの、貴族の婚姻で男性側の方が歳上であるのは普通のことでしたし、私としても婚約するにあたり特に忌避感はありませんでした。
当時はお互いにこれといった恋意識はなかったものの、何かと惹かれ合う部分はあったのです。しかし、会っていた時もあくまで親戚筋の歳が近い者ということだったため、互いの婚約者候補として名が上がることもなく、そして私に婚約者が出来たことで、それからは殆ど会うことはなかったのです。
しかし、私の婚約が破棄されたことで、もう一度ロレスに会う機会が訪れました。そして、どうやらロレスの方も私と同じく婚約者がいなくなってしまっていたらしく、途方に暮れていたようです。故に互いに行く遅れにならないようにと親戚ではあるけれど、婚約者として関係を再構築することになったわけです。
そこからは小さい頃の思い出話に花を咲かせて、気持ちを確かめ合って、今に至るわけです。彼には関係ない話ですけれどね。
「ああそうかよ」
私が発した言葉を聞いた彼の表情が一気に黒くなりました。
色合いがというわけではなく、怒気を通り越して表情が抜け落ちているものの、殺意を秘めているような明らかに危ない表情。
それを見た瞬間、私の背筋にひやりとした何かが流れて行ったように感じました。
「仕方ない」
彼はそう言うと着ていた服の内側に手を入れた。そして、服の内側から出した手には大き目のナイフのような刃物が握られていました。
「お前が居なくなれば俺がその位置につけるよな? いや、無理やりにでもつかせてもらうが」
「この場でそのような物を出すとは、正気ですか?」
彼が刃物を取り出したことに気付いたロレスがすぐに警戒し、彼に問いかける。それと同時に、突然のことで呆けていた私はロレスの手によって少しでも距離を取るようにと数歩後ろに下げられた。
近くに待機していた使用人たちも、彼が武器を手にしたことに気付いたようで、一部は別の場所へ応援を呼びに行ったようです。残った者たちは何かあった際にすぐ彼を取り押さえられるよう先程よりも近くで待機しています。
「何だ説得でもするつもりか? 死にたくないからって今更過ぎるだろ」
「いえ、そんなつもりは一切ありませよ。ただ、本当に馬鹿なことをしているな、と思っただけです」
本当に呆れかえっているのがわかる表情でロレスが彼へ返事する。それを聞いた彼は怒り心頭といった感じで顔を赤く染めた。
「そんなに死にてぇならさっさと死ねよ!」
そう言うよりも早く彼はロレスに向かってナイフを突き出した。
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