いまさら愛せと言われましても

にがりの少なかった豆腐

いまさら、愛せと言われましても


 

 16歳の誕生日。

 特に大きな誕生パーティーを開くでもなく、特別な贈り物もなく、普段とさほど変わらないような日を過ごしていたら、何の前触れもなく婚約者から婚約破棄を言い渡された。


 誕生日だったため、祝いの言葉を持ってきたのかと思えば、その口から出て来たのは一方的な婚約破棄。

 その時私はその言葉の意味を呑み込むのに少しの時間を要し、完全にその言葉を飲み込んだ時には元婚約者の姿は既にありませんでした。


 衝撃のあまり数日間食事が喉を通らなかったのは、嫌な思い出ですね。

 今思えば、あのような自分勝手な婚約者と婚約を破棄出来たことは喜ばしい事でしたのに。


 そして今、その元婚約者が目の前にいます。


「お前の婚約者は俺だ。だからそんな奴じゃなく俺を愛せ」


 何故そのような事を言ってくるのでしょう。貴方と私が婚約者だったのは1年以上も昔の事ですよ。

 それに理不尽な理由を付けて婚約破棄を一方的に言い渡してきたのはそちらだというのに。


『私は多くの女性を愛さなければならない。だから、お前との婚約は邪魔でしかないんだ。だから君との婚約はこの場で破棄する』


 こんな理由で婚約破棄をされて納得できる令嬢はそういないでしょう?


 突然、このような事を言われてすぐに飲み込むことなんてできませんでした。ですが、家の立場から私は彼の言葉を否定することは難しく、気付けば婚約はあっさり破棄されてしまいました。


 家格も彼の家が伯爵、私の家が子爵と下位であったため逆らう事も難しかったのもあるでしょうが、何事もなく婚約が破棄されたという事は、彼の親である伯爵も彼の言い分を受け入れたという事なのでしょう。


 どうして、あんな理由での婚約破棄をあちらの家が受け入れたのかがわかりませんが、私の家を軽んじた上での判断なのは理解できます。

 なので、それ以降私の家は彼の家の申し出を出来る限り拒否し、出来うる限り関わらないようにしてきたのです。


 ですが、どうしてでしょう。

 このような状況で、今目の前に居る彼はこの申し出が通ると思っていたのでしょうか。


 あれから1年と半分の期間。

 そちらからの動きを避けていたことに、何も思う事はなかったのでしょうか。

 もしかして彼の中であの発言はなかったことになっているのでしょうか。

 やはり目の前の元婚約者様の事は理解できません。


 私が混乱のあまり碌な動きを見せていないことで彼の態度が徐々に悪くなってきているのが見て取れました。


「おい、早くハイと返事をしろ。いつまで待たせる」


 いつまで、と言われましてもまだ問われてから殆ど時間は経っていませんし、了承の返事で固定されているのもどうかと思います。

 そう言えば、元より気の短い方でしたね。


 ですが、あからさまに返事を急がせているということは、何やら焦っている様子。

 少し前に彼の家の噂で不祥事が発覚して大ごとになりそうだと聞きましたから、おそらくそれが彼を焦らせている理由でしょう。


 しかし、理由がどうであれ、すでに関係を絶っている我が家には直接関係のない話です。ただ、過去に関わりがあったと言うことで国からの監査が入るかもしれないのですよね。

 面倒なことです。


 今まで不正をしていた貴族が居たとしてもこのような捜査をしていなかったのですが、国としてはこの際に国政に関わっている不正貴族を一掃したいのでしょうね。

 正直、こちらとしては迷惑を被っている側だと思うのですが、王宮の考えも理解できるのです。


「おい!」


 特段、苛立ちを隠すようなこともなく、彼が私に向かって怒鳴り声を上げてきますが、そんなことをしたからといって結果が変わるわけもないのですけれど。


「申し訳ありませんが、貴方との婚約はすでに破棄されていますし、いきなり来られても対応することができません」

「は? そんなことはないだろ」


 何がそんなことはないのでしょうか。そちらから個人どころか家との繋がりを切っておいて、今更どころの話ではないのですけれど。

 それとも、自分はまだ我が家との繋がりが残っていて、さらに貴族位が上位だからいつ来ても対応するのは当然、とでも思っているのでしょうか。


「それに、私は既にこの方と婚姻を結んでいますし、今更そんなことを言われましても遅いのですよ」


 そちらが婚約を破棄して来たので遅いも何もないのですが。


「は? 何でだよ。俺が先にお前と婚約していたんだから、他の奴と婚姻を結ぶとかありえねぇだろ」


 どうしましょう、理解の範疇を超えています。これは婚約を破棄された人は一生婚姻を結んではならない、ということなのでしょうか。とてもあんまりな暴論です。



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