学年末狂騒曲第二間奏
私は読み終えた本をパタリと閉じた。うららかな日曜とはいえ、春休みが始まってそんなに長くはない今日は、なんだか少し肌寒く感じて、何度目かの紅茶を淹れた。
葵さんの赤点回避の勉強の日々は、とても大変だけれど、少し目線を離してみたら、とても仲睦まじい、いつもの皆さんがいつものように過ごしているようで、なんだか騒々しい中でもくすっと笑えるような気がしていた。明日からも同じような日々が続いていくんだろう。
私は勉強の類を苦と感じていない。小さいころから本を読むのが好きだった。国語の教科書が愛読書で、特に物語や詩から得られる感情はとびっきりのものだった。この時、この人たちはどう考えていたんだろう。想像するだけで、登場人物たちが頭の中でその物語を演じているように思えてた。言い方はちょっと悪いけど、私には妄想癖があるのかもしれない。
それは高校生になった今もそうで、文章量が多くなった分、いろいろな物語に思いを馳せていた。国語にとどまらず、日本史や世界史でも、この時代の人たちはどう過ごしていたんだろう、どんな思いだったんだろうと思うと、脳内の世界が広がって止まらない。
一度、中学生の頃に物語を書いてみようと思ったことがあったけど、結局一文字も書けずに終わった。頭の中でキャラクターが動いてはいるのに、書き出すきっかけができないままだった。今も少し、頭の片隅に当時のキャラクターがうごめいている。
この土日は気分転換にしよう、そう言いだしたのは百華さんだった。このグループのリーダー的存在で、だからこそいろんなトラブルに巻き込まれてしまう。今回の葵さんの件も、多分百華さんにとっては晴天の霹靂みたいなものだったんだろう。
金曜の帰り道、百華さんはどうすればいいか必死に考えてた。そこでアドバイスができなかった自分を、私は少し恥じている。百華さんが抱えている荷物を、少しでも軽く事ができればよかったのに、私は何も思い浮かばなかった。
…百華さんは今頃どうしているのだろう。寮でうんうん唸りながら必死に対策を考えているのかもしれない。葵さんは文字通り気分転換に興じているに違いない。葵さんの趣味は私にはよくわからないけれど、きっといい息抜きができているに違いない。佑助さんは…やっぱりバンドかな、勉強中もバンドの事を時々口に出していたっけ。
そして私は、気持ちを静かにすることに専念している。気分一新、とまではいかないけれど、客観的に物事を見るのはグループの中で私の得意分野だと思うから。明日から始まる勉強会に、気分を入れ替えて臨まないといけない。
少し冷めた紅茶を口にする。ほうっとため息をついて、化学の教科書に目を通す。文系な私だけれど、書かれている文章さえ理解してしまえば、公式に至るまでの経緯などはわかる。ただ、高校になって文章の内容が難しくなった分、葵さんもそうだろうけど、ハードルが急に高くなったように思えるのだろう。
数学や物理もそうだけれど、公式をただ暗記するだけでは、本当の理解にはたどり着かない。なぜこの公式になるのか、その手順さえ理解すれば、公式の意味がわかって、解きやすくなる。実際、私はそうやってテストに挑んできた。だからこそ、葵さんたちが解けないのがもどかしい部分も少しはある。でも、私たちに残された時間は、ごくわずかで、限られている。悠長なことは言っていられない。
基本さえ押さえておけば何とかなるだろう、って百華さんは言っていた。それについては同意する。理数系は、今まで習ってきたことの応用で成り立っている。だからこそ、土台となる基礎を押さえておけば、少しは理解がしやすくなる。そのことに気づいた百華さんを、上から目線ではないけれど、私は褒めてあげたいし、力になってあげたい。
勉強が得意でも、運動や芸術系が苦手な私にとって、葵さんや佑助さんは憧れの存在でもある。いくら勉強ができたところで、その他の科目も成績を求めていかないと、結局は普通の人に追い抜かれてしまう。中学生の私がそうだったように。
足りない部分はお互いに補えばいい、そう教えてくれたのが、グループの皆さんだった。運動会や文化祭にものおじしていた私を後押ししてくれたのは、間違いなく百華さんであり、葵さんであり、佑助さんだった。そのお返しを、少しでもお手伝いできれば、私にとってそれは救われたも同然なのだ。
勉強に近道なんてない、そう昔の誰かが言っていたらしい。確かに近道なんてないかもしれない。でもきちんと努力していれば、それは近道でなくても、より目標に早く近づける道であることに間違いはないと思う。
百華さんのお手伝いができるように、私も少し自分の書いたノートを見直そうと思う。百華さんは、なるべくわかりやすい参考書を選んで持ってきていた。ならば私は、先生の言っていたことをなるべくかみ砕いて、真っ白なノートに黒板を作ろう。何本ものマーカーを使って、一目見ただけで関係性がわかりやすくなるようなノートを作ろう。
道立花園総合高校。自主性を重んじ、それ以上に団結力、協調性を重んじる学校。私たちはまた、一つの課題に対して、グループでまとまってクリアしていこう。高校のレールに乗ろうとお互いに手をつないだ私たちだ。その手を決して離さずに、むしろぎゅっと強く握りしめて、困難を乗り越えよう。それがたとえ不器用であろうとも、私たちの、私たちなりのやり方なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます