学年末狂騒曲第一間奏
「…はぁ。やっぱり勉強、楽しくねぇなぁ…」
百華の勢いに押され、俺まで補習を受ける羽目になり、勉強漬けになってもう何日経っただろうか、もう数える気力もない。むしろ数えたくもない。知音と二人で教えてくれるのはありがたいし、正直俺も理数系の苦手意識はなくなってきた。とはいえ。とはいえだ。勉強に対する苦手意識は、日々増していくばかりだ。
「ちょっとアイツ呼び出して、一緒に演奏でもするか…」
俺から勉強を取ったら何が残るかを考えたとき、花園総合に入学してからは、いつものメンバーしかいない。そのいつものメンバーさえいなくなってしまったら…この高校に入学する前から、俺にはギターがある。中学の頃から独学で始めたギター。決して上手とは言えないが、下手とは言わせない自信がある。
「…あ、もしもし、あぁ、俺。久々に演奏したくってさ、お前と。…なーに、百華たちはいないさ。俺とお前、ツーマンセルでいこうじゃないの。この時期なら、軽音部もそこそこ空いてるはずだからさ。お前も、久々に叩きたいだろ?ここじゃドラム叩けんのあそこしかないだろ?…おし、じゃあ決まりだ。明日の昼飯食ってから、部室で待ってるぜ。」
「…ほんとに、空いてたな。」
「まぁ、テスト明けだからみんな羽伸ばしてるんだろ。ほい、いつもの。」
そう言うと俺は缶コーヒーを投げる。
「…覚えてんだな、幽霊部員の俺なのに。」
「まー、ここでは幽霊部員だけど、小学校からの仲じゃねぇか、お前の好みくらいわかってんよ。」
「…サンクス。もらうぜ。」
「いつものメンバー」でありながら、葵の赤点対策の輪の中に入れなかったメンバー。あえて入れる必要もないほどの頭脳を持ち、それでいてコミュ障だから、百華も気を遣ったんだろう。知音は声をかけましょうって言ってたけど、俺がその意見をはねのけた。
「じゃ、適当にリズム取ってくれ。お前のリハビリ兼ねてな。俺も適当に合わせるわ。」
「…本当に適当人間だよな、お前って。知ってるけど。」
「まぁまぁ、いいじゃねぇか、それ、せーの!」
朋拡のドラムに合わせて、久々にギターをかき鳴らす。ポップスからはじめて、次第にテンポはロック調へと早くなっていく。
あぁ、どれくらいぶりだろう。久々に充実した気がする。春休みが始まったばかりなのに、授業の延長上に俺は居たくない。やっぱり音楽は最高だ。…まぁ、うまくは言い表せないんだけど、こう、精神が高ぶるのを感じる。
…どれくらい演奏していただろう。でも、まぁ小一時間程度ってところだと思う、気分的には。時間なんて測ってないし。とりあえず小休止を入れることにした。
「ふぅ…どうよ、久々のドラムは。めちゃくちゃに叩けば、少しは気分転換にもなるだろ?」
「…逆だろ。お前が気分転換に俺を呼び出したんだろ。俺は家でちゃんと叩いてるさ。」
「…あー…お前んち、そういやドラムセットあるんだっけ。いいよなぁ、趣味に理解がある家は。」
「ごまかすんじゃねぇ、よ。お前こそ、家にギターないからうずうずしてたんだろ。春休みになっても勉強三昧だって、風の噂に聞いたぜ?
…げ。まじか。アイツ普段寮から出ないはずなのに、そんなところにまで噂が飛んでるのか。まじか。
「…もしかして、寮ん中、その話題もちきりになんてなってないよな?」
「ないない、お前が高校入試の勉強やってるって聞いたときはさすがに噴いたけどな。何やってんだお前ら。」
「…あー、もー、中身筒抜けじゃねぇかよ…」
力が抜けたようにへなへなと床に座り込む。まぁそうか、連日図書室にこもってるなんて、普通はそうそうやるもんじゃない。…俺もやりたくもなかったが。
「まぁ、いいんじゃないの、そういう時だってあるさ。高校生活の一ページとして、勉学に励むのも大事なことだぞ?」
「部外者には言われたくないですー。…いや、部外者にしたの俺だけどさ。朋拡はこういうやり方に向いてないから、一緒にやらない方がいいぞ、って」
「そこだけはお礼だな。ちょこちょこ付き合うのがちょうどいいってもんさ。それこそソーシャルディスタンス、社会的な距離が俺には必要なの。バンドやる時だけは集まらないと形にならないけど、な。」
「まぁ、赤点騒動が落ち着いたら、またそっちにも連絡が行くと思うぜ?いつもの調子で、「作詞終わったよー」とか「曲をつけてみたのでアレンジしてみてもらっていいですか?」とか」
「そん時ゃそん時さ。一応、俺らは仲間だからな。チームメイトとして、求められる時には力を貸すさ。必要最低限だけど。」
「それでいいんじゃない?お互いの生き方にまで干渉されたくないのは、多分俺もお前も変わんねえぜ?」
「…勉強に付き合わされてるヤツが言うセリフじゃないけどな、それ」
「まぁ、なー…。女性陣、うまくやってくんねぇかなぁ…」
「ま、いつも通りなんとか桜木がうまくまとめんだろ。それよりどうだ、少し現実を思い出したらもうちょい弾きたくなったんじゃないか?」
「…それもそうだな、悩んでるのは俺らしくねぇし。もうちょい、やりますか!」
土曜の午後は、俺たち二人だけの軽音部室で、少しだけ騒がしく過ぎていった。朋拡の言うとおり、百華はまたうまくやってくれるんだろうか。少しだけ、期待がよぎる。…ま、勉強に必死に追いついてる俺が言えるセリフじゃない、か。
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