学年末狂騒曲第三章

…進まない。私は図書室で天を仰いだ。

葵の学年末テスト(理数系に限る)対策で勉強会を開いて3日。知音と一緒にイラストふんだんの参考書や過去問を開いて、なるべくわかりやすく教えていったつもりだ。おかげで数学に関してはなんとか高校受験レベルまで理解できたと思う。実際、一緒に勉強している佑助はわからなかったところも理解できたって言ってるし。

ただ、化学と物理については話は別だ。まだ中2の半分までも理解できていない。彼女なりに頑張っているのはわかる。わかるけどそれと理解できるのは別の事だ。


「うーん、どうするかな…下手に詰め込んでも爆発しちゃったら意味ないし…」

勉強会を終えて金曜日の帰り道。日は伸びたとは言えやっぱり5時過ぎの夕方は薄暗い。葵のやる気はそぎたくないが、かと言って葵のペースでやっていくと肝心の補講テストに彼女の理解度が間に合わない。指を頭の後ろで組んで軽く背伸びをする。

「百華さんも悩んでいるようですね…私もどうしたらベストなのか悩んでいます…」

隣で知音が腕組みをしながら歩調を合わせる。動作こそ違えど、頭を抱えているのは一緒だ。

「息抜きにバンド…活動なんてできないしなぁ…今や解散の憂き目にあるわけだし」

「そうですね…息抜きはいい案だと思いますけど、抜きすぎるのも問題です…」

ため息が自然と重なる。葵は悪い子じゃない、むしろ私よりもいい子なのは間違いない。それは私が保証する。むしろ佑助が悪い子のように思えてもくる。

「むーずかしいなー。団結力がウリの高校だけど、団結力を求めすぎるのも問題だよね…なーんで私この高校に入ろうなんて言っちゃったんだろ…」

「でも、おかげで私たちはこの一年楽しく活動できたんですよ、百華さんには感謝してます。」

知音がちょっと立ち止まって軽く礼をする。いやいや、って手を振りながらも頭は葵の勉強の事でいっぱいだ。…うーん。

「あー、ダメだ、やっぱり一度休憩を入れないと、私たちまで頭の中が混乱しちゃう。ちょっと寄り道してから帰るから、知音、またね。」

「はい、なにかあったら連絡くださいね。私もちょっと考えてみますから。」

そう言って知音と別れたはいいものの、寄り道をするところすら考えていない。こういう時には…あれだ、糖分を取ろう。疲れた頭には糖分だ、って誰かが言ってたし。誰かはわからないけど。


「ただいまー…」

とりあえず言ってはみたけど、寮生活の私の部屋に、私以外の人がいるわけがない。コンビニで買ったクレープとレモンティーをテーブルに置いて、ベッドに寝転がる。

うんうん唸ってみても時間の無駄だが、脳内は混乱したまま解決法を見い出せない。

「葵が赤点取ったら、チーム解散かー…」

ぼんやりとそんなことを考えてしまう。この一年、花園総合高校に入学してからいろいろなことがあった。いや、入学する前から割とドタバタしてた気がする。入学するためのメンバー集めとか、AO入試に向けてみんなで一生懸命悩んで、結果的にバンドを組んで下手なりに練習したりとか。

「あの時はみんな初心者だったよなぁ…あ、佑助が言い出したんだっけ、バンド組もうぜって…」

一年前も、合格できるかどうか不安でいっぱいだったっけ。ぎりぎりでもいい、合格できれば私たちはやりたいことができるんだって。


…ん?ぎりぎりでもいい…?私はガバッとベッドから飛び起きる。

「そっか…赤点を回避さえすればいいんだ…無理に完璧である必要性はないんだ…」

そう考えたら頭の中の混乱が収まってきた気がする。基礎からしっかりと学んで、そうじゃないと理解が追い付かないって考えてたけど、無理なところは無理でいいんだ。とりあえず赤点を回避して、それからのことはそれから考えればいい。葵がわかるところだけを重点的にやればいいんだ。

だれしも人間ならば、得意なことはすごくできるくせに、苦手なことは克服できないなんて山のようにある。葵だって勉強でいうなら国語は得意だけど、理数系が苦手だ。私だって成績は良い方だけど、人間関係でトラブったことなんてこの一年に何回あっただろう。…いや、誇れることじゃないんだけど。

取り急ぎアイディアノートに今思いついたことを書きなぐる。完璧な人間なんてこの世に居るわけなんかない。長所だって時には短所になる。ぎりぎり合格点で生きていけば、きっと先は開けてくる…。


コピーされた、葵の補講のための問題を見やる。葵は公式がいろいろあってこんがらがるって言ってた。なら公式がない問題を探すんだ。なるべく計算がない問題を集中的に取り組むよう、勉強の方向転換をする。計算だらけの理数科目を、計算がない暗記科目に仕上げるんだ。面白くなってきた。

計算式を消していく。単位なんて必要最低限で問題ない。選択肢がある問題を消去法で正解に近づけていく。数学の証明問題は長ったらしいから一旦端っこに置いておく。

一問一問消すごとに、それまで混乱していた頭が徐々にクリアになっていく感じを覚える。それは快感にも似て、きっとドーパミンだかアドレナリンだかが脳内で暴れまわってるんだろう。

…どれくらい経っただろう。もう時間なんて考えてない。葵のための、赤点回避に必要最低限な問題集が出来上がった。点数の割り振りなんて考えてないけど、それは知音に考えてもらおう。一緒に勉強を教える側の彼女は、もはや私の右腕だ。


さあ、難題への壁をこれからぶち壊してやろう。葵の泣き顔なんて見たくもない。ましてや私たちの解散なんてまっぴらごめんだ。今年度最後の難関を、私たちの団結力で突破してやろう。

そう考えると、自然と笑みがこぼれてきた。もちろん不敵な笑みというやつだ。待ってろ高校学問。私に、私たちに、できないことなんてないってことを、証明してやろうじゃないか。

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