学年末狂騒曲第二章
翌日の放課後。私たちは、高校の図書室に集まった。知音はこちらのたくらみを知ってか知らずか、かなり大きめなスペースを取っていたようだ。
「じゃあ、赤点回避特訓、始めるわよ!」
言うが早いが私は段ボール箱を取り出して、中から様々な参考書を取り出していく。それを見て一番先に驚いたのは佑助だ。
「な、なんだよこの量!?俺らが取り組むのは、数学と化学と物理、この3つじゃなかったのかよ!?」
「えぇ、そうよ。でも、葵がどこでつまずいているのかはわからない。その原因を根っこから取り除いて、きちんと「理解」できるようにするのが今回の目的。」
私は涼しい顔で答える。
たかが3教科、されど3教科。ましてや高1の私たちにとって、まだ教育は中学の延長上でしかない。ならば、中学レベルの段階で学習についていけない可能性は高いと踏んだのだ。
私が持ってきたのは、小学校のまとめから始まり、中1~中3、それに一般的高校入試の参考書と過去問だ。それが数学と理科ということになれば、膨大な数になるのは仕方がないことだ。私だって好きでこんな量を持ってきたわけではない。実際、かなりの出費になったのだ。
…あとでバイト増やさないと。いや、いっそのこと葵に請求するのも手か、ちゃんと赤点回避してくれたら、だけど。
当の葵はというと、手近にあった参考書をぺらぺらとめくり、目を輝かせていた。
「さすが神様仏様百華様!私の事をよくわかってるぅっ!これなら私にも理解できるはずだわ!」
「ちょっ、お前まじかよ、この参考書の山脈に真っ向から突っ込んでこうってのか!?」
「佑助さんはまだまだですよ?本の多さではなく、内容をきちんと見れば、葵さんがやる気になった理由がわかります。これはナイスアイディアですよ百華さん!」
葵と知音に褒められると、ちょっと照れ恥ずかしくなる。でも、私も無作為に参考書を選んだわけではないのだ。
このチームで一年も組めば、少しは相手の事がわかってくる。そうでなくとも、この参考書選びは、勉強が苦手な人にとって苦にはならないはずだ。…まぁ、ちょっと多すぎた感は否めないけど。
「ほら、佑助も見てみなさいよ、本の中身。多さにげんなりしているのはあんただけよ?男なのに情けない。」
「性別は関係ないだろ?!…ったく…。……え?おい、これって本当に参考書なのか?単なるマンガじゃなくて?」
「…あんた、本当に本の中身を見て言ってるの?そうだとしたら鈍感でしかないし、そうでなくても鈍感だわ。」
そう、私が選んだのはただの参考書ではない。イラストがふんだんに盛り込まれている参考書なのだ。多分教科書よりも見るのが楽しいに違いない。教科書なんて本当に味気ないもの、そりゃ肖像画なんて落書きされるに決まってる。
見て楽しめる参考書、見るだけで内容が頭に入ってくる参考書こそが、本当の意味での「参考書」足りえるものだと私は考えている。ほら、よくあるじゃない、「マンガでわかる日本の歴史」とか。そういうのが、理数系には少ない。だからこそ、葵みたいに理数系でつまずく人は多いと思うのだ。
「よぉし、これなら勝てる!一緒に頑張ろうぜ、葵!」
「うん、私、頑張る!赤点回避して、先生にぎゃふんと言わせてやるんだから!」
「…葵ってたまにオヤジくさいところあるのよね…家系なのかしら…」
ぼそっと呟いた私の言葉は、誰の耳にも入らないだろう。いや、むしろ入ってもらっては困るのだが。
知音と私は教える側、佑助と葵が教わる側。役割分担をきちんと決めて、私たちは目の前の大問題に立ち向かっていった。
ふたを開けてみれば、葵の理解度の低さは驚くべきものだった。数学はまだしも、理科なんて小学校の段階ですでに間違いがいくつか見られたのだ。…あー、小学校の参考書も持ってくるべきだったかしら、いやそんなに葵がアホな子だなんて思わなかった私が悪いんだk…悪いのか?悪いのはどう見ても葵の頭だと思うんだけど。
とにかく葵にはまず一通り、イラストふんだんの理科の参考書に目を通してもらうことにして、私たち教える側は佑助の物理と化学の過去問対策に付き合った。どうせこの後に葵にも同じことをするのだ、その予行演習と思えば苦ではない。…苦ではないと思いたい。楽であって。お願いだから。
葵が引っかかっているのは「公式」関係だろうとは簡単に予測がついた。数学も化学も物理も、公式が複雑すぎるところが問題点なのだ。
文章題など国語が得意な葵にとって、問題文の理解については問題ではない。ただ、そこにどの公式を使うのか、そして答えの単位は何になるのか、そこが問題なのだろうと思ったのだ。こればかりは、暗記モノになっていく。
一年の総復習、というところが、さらに問題を厄介にさせていた。一年の間で学ぶ学習量の幅はかなり広い。中間テストなどはまだ範囲が狭いからなんとなくの記憶で乗りこなせるが、一年の総復習となると、両手いっぱいに広げてもまだ足りない。そこに複雑な公式がいくつも「こんにちは」していれば、混乱するのも無理はない。
まぁ、それを乗り越えてこそ私なんだけど。知音も同じく乗り越えたからこそ、一緒に教える側に回ってくれているのだ。
これは長期戦になるかな…私は頭の中でぼんやりとスケジュールを組んでみた。たしか葵の補講テストまであと1週間ちょっと。それに対して確か人間の集中力は2時間も持たないんだっけ、どこかで聞いた気がする。
…足りないなぁ、放課後だけでは絶対的に時間が足りない。それに休日まで、と言い出すと間違いなく飽き性の佑助はバンドの方に逃げるだろう。それでは団結力が足りなくなるし、「佑助だけいいなぁ、私も遊びたいなぁー」って葵が言い出すのはもうありありと目に見える。そうなるとハイ解散、ってことになってしまう。
短期決戦で挑むしかない。あとは私たちの指導力と葵の理解力に賭けるしかない。佑助は…この際とりあえず一緒にいてくれるだけでいいや、それだけで心強くなるし。
背水の陣、そんな言葉がふと脳裏をよぎった。あと関ヶ原の戦い。天王山。いくつものピンチ的な言葉が私の頭の中を支配しそうな気がして、ブンブンと頭を振った。
かつての偉人の言葉を借りるなら、賽は投げられた。もう後には引けない。私たちの戦いは、今日から幕を開けるのだ。
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