第196話 白樺茶をお勧め

 錬成焙煎ばいせんしたお茶を飲んで、ほっこりとした水龍ちゃんとトラ丸は、お出かけの準備を整えると元気に家を出ました。


「ふふっ、錬成焙煎、大成功だったわね」

「な~♪」


 上機嫌で街並みを歩き、水龍ちゃんとトラ丸は、商業ギルドへとやって来ました。いつも通りに101番窓口へ行くと、シュリさんが笑顔で迎えてくれました。


「シュリさん、おはようございます!」

「なー!」

「おはようございます、水龍様、トラ丸様。納品部屋の方へ行きましょうか」


 水龍ちゃんとトラ丸が、気持ちよいほど元気に挨拶すると、シュリさんが微笑まし気に挨拶を返してくれて、みんなでヒールポーションの納品部屋へと移動しました。


 納品部屋へ入ると、水龍ちゃんは、バックパックから帳簿を取り出してテーブルの上へと広げました。今日は久しぶりに帳簿のチェックをしてもらう約束をしていたのです。


「ふむ、随分と猫の手カップ関連のものが多いですね」

「そうですね。イベントグッズが良く売れたので、帳簿の方もなかなかのボリュームになりました」


 シュリさんが、帳簿をぱらぱらとめくって最近の傾向を指摘すると、水龍ちゃんがにっこり笑顔で答えました。


 もともとイベントを盛り上げようとグッズの種類も多く準備していたのですが、予想よりも大量に売れたために、管理するのも大変なくらいになっていたのです。


 ちなみに、途中で商人達からの提案を受けて種類を増やしたイベントグッズの分については、商業ギルドで取りまとめてもらいました。


「帳簿は、毎日付けられていたのですか?」

「もちろんです」


 シュリさんの問いに、水龍ちゃんは胸を張って答えました。


 ソレイユ工房からハンターギルドへ納品されるたびに各種伝票が発行されて、水龍ちゃんにも回ってくるため、それを元に毎日帳簿を付けていたのです。猫の手カップのイベントグッズは、ほぼほぼ猫の手印が入っているので、水龍ちゃんにも利益の一部が分配されるのです。


「これだけの帳簿を付けるのは一苦労だったでしょう。よく頑張りましたね」

「えへへ」


 シュリさんが、どこか嬉しそうに微笑みながら褒めると、水龍ちゃんは、はにかんだ笑顔を見せました。トラ丸は、しっかりとドヤ顔です。


 それから、シュリさんは帳簿に誤りがないかどうか伝票を1つ1つ丁寧に確認をしてゆき、水龍ちゃんもそれを手伝いました。


「うん、特に誤りもなく抜けもなかったですね。素晴らしいですよ」

「えへへ、良かったわ」

「なー!」


 帳簿のチェックが終わり、シュリさんが満足顔で褒めそやすと、水龍ちゃんがはにかんだ笑顔をみせて、トラ丸はドヤ顔で声を上げました。


 そこへ、なんの前触れもなく入り口ドアがバーンと勢いよく開け放たれました。


「あたしが商業ギルドのギルドマスター、プリンだー!」


 プリンちゃんが、楽しそうに大声で名乗りを上げながら入ってきました。


「プリンちゃん、おはよう!」

「なー!」


 水龍ちゃんとトラ丸も元気に挨拶を返します。


「ギルマス、ちょうどお茶を入れようと思ったところですよ」

「ふははははははー! あたしも頂くのだー!」


 シュリさんが、慣れた様子でお茶に誘うと、プリンちゃんも陽気に誘いに乗りました。


「あ、錬成焙煎ばいせんした白樺茶を持って来たんですけど、飲んでみませんか?」

「おー! もしかして、水龍ちゃんが錬成したのかー?」


「ええ、なかなかおいしく出来たのよ」

「そっかー! それは是非とも飲んでみたいぞー!」


 水龍ちゃんが、今朝作ったばかりの錬成焙煎白樺茶を勧めると、プリンちゃんが喰いつきました。シュリさんもにこやかに頷いています。


 水龍ちゃんは、バックパックから錬成焙煎白樺茶の入った缶を取り出すと、シュリさんがすっと手を出してきました。


「私が入れましょう。水龍様はギルマスの話し相手をお願いします」

「えっと……、じゃぁ、お願いしますね」


 シュリさんが、お茶を入れてくれると申し出てきて、水龍ちゃんは少し戸惑ったようですが、お願いすることにして錬成焙煎白樺茶の入った缶を渡しました。


 水龍ちゃんとプリンちゃんが世間話をしている間に、シュリさんが納品室に備え付けの給仕場でお茶を入れてくれました。お茶菓子にようかんが用意されて、トラ丸がご機嫌です。


「おいしいなー!」

「ふむ、まろやかでほのかな甘みが感じられますね」


 プリンちゃんとシュリさんの感想に、水龍ちゃんは嬉しそうに微笑み、トラ丸はドヤ顔です。


「ひと息ついたところで、水龍様にお話ししておきたいことがございます」


 お茶を飲んで場が和んだところで、シュリさんが、真剣な眼差しで話を切り出してきました。


「ん? 何ですか?」

「薬師ギルドからの特許侵害賠償請求について裁判所に異議申し立てをしていた件です。――」


 水龍ちゃんが、きょとんとした顔で尋ねると、シュリさんは、裁判所に異議申し立てをしていた件だと言って、説明を始めました。


 確か、法外な賠償請求の令状を出した裁判官が行方不明となり、裁判所の方で異議申し立ての審査が滞っていたと聞いていました。


 シュリさんの話では、裁判所は、その裁判官が不在のまま、薬師ギルドによる賠償請求が妥当かどうかをゼロから再審査したのだそうです。


 その結果、薬師ギルドが特許取得を公表してから水龍ちゃんの1級ポーションが販売された実績はなく、特許侵害の訴え自体が無効と判断されたとのことです。


 近日中に、裁判所から薬師ギルドへ再審査結果を通達し、異議申し立てがなければ賠償金返還の令状を発行することになるそうです。


「よかったなー! これで、お金が戻ってくるぞー!」

「そうね。でも、薬師ギルドがごねないかしら……」


 プリンちゃんは、素直に喜んでくれましたが、水龍ちゃんは、まだ少し心配なようすです。


「薬師ギルドの動向は商業ギルドが注視しておりますので、それほど不安に思う必要はございませんよ」

「そうだぞー! 安心して商業ギルドに任せるのだー!」

「ありがとう、プリンちゃん、シュリさん」

「なー!」


 シュリさんとプリンちゃんの優しい言葉に、水龍ちゃんとトラ丸は、心からお礼を言うのでした。

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