第172話 バックパック

 水龍ちゃんとトラ丸は、今朝もいつものようにダンジョン内を爆走していました。ただし、今日は少し装いが違い、水龍ちゃんの背中には大きなバックパックが背負われているのです。


「うん、新しいカバンは調子がよさそうね」

「なー!」


 水龍ちゃんは、ソレイユ工房で作ってもらった新しいバックパックを得てとても嬉しそうです。


 その新しいバックパックは、なんと、特大瓶6本と大瓶4本が入るように作られていて、3号錬金釜やお弁当まで収まるというスペシャルサイズなのです。


「この感じなら、ちょっとくらい激しく動き回っても問題なさそうだわ」

「なー!」


 水龍ちゃんは、笑顔で飛び跳ねながら、バックパックの感触を確かめています。トラ丸もなんだか楽しそうに後をついて回ります。


 この新しいバックパックは、適度に緩衝材が使われていて、多少激しく動き回っても中の瓶が割れないように作ってあるのです。


 水くらげ草の泉についた水龍ちゃんは、さっそく美肌ポーション作りにかかりました。トラ丸は、元気に水の上を駆け回ってご機嫌です。


 3号錬金釜を水の上に置いてポーション錬成する姿は、ちょっと不思議な光景ですが、水上歩行と同じ要領で泉の水を操り錬金釜を下から押し上げているだけなので、水龍ちゃんにとっては簡単なことだったりします。


 順調にポーション錬成を繰り返し、特大瓶1本と大瓶4本分の美肌ポーションを作り終えた水龍ちゃんは、トラ丸と一緒に水筒に入れてきたハーブティーでほっと一息吐きました。


「いつもよりもたくさんのポーションが作れて楽しいわね」

「なー」


「ふふっ、今日は、たくさんポーションを作って、明日は久しぶりに休暇にしましょうか」

「なー!」


 水龍ちゃんがトラ丸と嬉しそうに話します。ここ最近、水龍ちゃんは、ヒールポーションの納品とイベント関連の打ち合わせなどで忙しく、休暇らしい休暇を取っていなかったのです。トラ丸も休暇と聞いて喜んでいます。


 その後、水龍ちゃんとトラ丸は、お花畑へと向かい、張り切って特大瓶5本分のヒールポーションを作りました。ヒールジカちゃん達もヒール草の出涸らしをたくさん食べることが出来てとても喜んでいました。


 帰りの断崖絶壁も、水龍ちゃんは、大きなバックパックを抱え上げて、ひょいっと飛び降りて問題なく着地できました。


「新しいカバンは素敵ね。あの高さから飛び降りても中の瓶は平気だもの」

「なー!」


 水龍ちゃんは、嬉しそうに話しながらバックパックを背負います。トラ丸も、すごいねー! と楽しそうです。


 実のところは、水龍ちゃんが、着地の直前にバックパックを軽く放り上げて、落下速度を落としたのちに、うまく衝撃を緩和して受け止めたことが大きいのですが、そのあたりは気にも留めていないようです。


「なー?」

「このまま魔物を捕まえに行くのかって? 今日は、魔物の納品日じゃないから、また今度ね」


 トラ丸が、ちょっとそわそわしながら尋ねてきましたが、残念ながら魔物を捕まえる日ではなかったようです。水龍ちゃんの回答に、トラ丸は残念そうな顔をみせました。





 ダンジョンを出た水龍ちゃんとトラ丸は、まっすぐ商業ギルドへやって来ました。いつもの101番窓口へ行くと、シュリさんが出迎えてくれて軽く挨拶を交わすと、今日は納品部屋というところへ案内されました。


 この納品部屋は、高額取引されるであろうヒールポーションを納品するために商業ギルドが用意した部屋だそうで、ようやく完成したとのことです。聞けば、なんかいろいろセキュリティー対策が取られているのだそうです。


「今日は、ずいぶんと大きなカバンを背負われておりますね」


 部屋に入ると、シュリさんは、水龍ちゃんの装いの違いに言及しました。


「えへへ、新しく作ってもらったカバンです。なんと、特大瓶が入るようになっているんですよ」

「ほほう、そうなのですね。ということは、もしや……」


「今日は、ヒールポーションを5本作ってきましたよ」

「なんと!? 5本もですか!?」


 水龍ちゃんからヒールポーション5本と聞いて、シュリさんは、目を見開いて驚いていました。バックパックの大きさから、もしかしたらと思っていたようですが、予想の上を行ったようです。


 水龍ちゃんは、バックパックから特大瓶を取り出して、テーブルの上へ並べてゆきました。トラ丸はテーブルの上にちょこんと座って、どうだと言わんばかりに胸を張っています。


「特大瓶5本、しかと受け取りました。それで、水龍様、今後は毎日5本のペースで納品頂けるのでしょうか?」

「ん? う~ん、美肌ポーションの生産もあるから、毎日とはいかないわね。適度に休暇も取りたいし」


「なるほど、確かに休暇は大切ですね。では、ヒールポーションは、在庫を見ながら競売に掛けるようにいたしましょう」

「そうしてくれると嬉しいわ。シュリさん、いつもありがとう」

「なー」


 シュリさんと水龍ちゃんの間で、今後の生産と販売のペースについて話がまとまりました。水龍ちゃんの意向を聞いて、すぐに適切な対応を提案するあたりは、さすがシュリさんです。


 水龍ちゃんが、にっこり笑顔でお礼を言うと、トラ丸も嬉しそうに、ありがとー、と声を上げるのでした。

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