第168話 支払い手続き

 水龍ちゃんは、トラ丸を連れて、おばばさまと一緒に裁判所へとやってきました。裁判所から出された支払い令状に対処するためです。


 裁判所の前には、すでにプリンちゃんとシュリさん、そして青龍銀行の支店長さんと担当職員さん、さらにはミランダさんも来ていました。ミランダさんは、居ても立ってもいられなくて来てしまったといいます。


 水龍ちゃん達は、軽く挨拶を交わすと、青龍銀行の担当職員さんを先頭に裁判所へと入り、異議申し立ての申請を行ったあと、所定の待合室で待機しました。


 そして、支払い令状の履行の時間となり、裁判所の職員に案内されて向かった先には、すでに薬師ギルドマスターのダクラカスとその取り巻きたちが、ニタニタと下卑た笑みを浮かべて待ち構えていました。


「ぐふふふふ、借金奴隷が現れたようだな。なぁに、奴隷と言っても過剰な労働を強いるわけではないから安心するがよい。薬師ギルドで、得意のポーション作りをするだけだ。多額の借金が返済出来るまでな」


 ダクラカスが、下卑た笑い声を上げ、すでに水龍ちゃんの奴隷落ちが決まったような口ぶりで話しかけてきました。


「貴様! 新型ポーションの件は製造販売するのを止めれば不問にすると、その口で言ったではないか!」

「はて? そんなことを言った覚えはないが、私がそのようなことを言ったという証拠でもあるのかね?」


 前薬師ギルドマスターのミランダさんが、憤りを隠しもせずに問い詰めましたが、ダクラカスは何食わぬ顔で知らぬと言い張り、証拠を出せと睨みつけてきました。


「貴様! 白を切るつもりか! 恥を知れ!」

「ふん、証拠もないのに、変な言いがかりをつけるのはやめてもうおう。ほれ、裁判官殿が令状の履行を待ちかねてるぞ」


 ミランダさんが、今にも掴みかからんという勢いで叫びましたが、ダクラカスは、鼻を鳴らしてけん制すると、立会人の裁判官が待っていると言って話を打ち切りました。


 悔しそうにするミランダさんをおばばさまが窘めていました。


「それでは、令状を読み上げます。――」


 裁判官が令状を読み上げ、損害賠償の支払い手続きが始まりました。

 ダクラカス達は、高額な賠償金を支払い出来るとは思っていないようで、ニヤニヤしながら手続きの進行を見守っていました。


 しかし、青龍銀行の担当職員さんが、カバンから小切手を取り出して裁判官へと提出すると、場が騒然としました。


「そんなバカな!! あの金額の支払いが出来るだと!!」

「何かの間違いでは?」

「そうだ、あんな金額払えるわけがない!」


 ダクラカスを筆頭に、その取り巻きたちが次々と驚きの声を上げています。

 そして、立会人である裁判官もどこか戸惑っているようす。


「裁判官! こんな子供に支払えるはずがない! 何かしらの不正を行っているはずだ!」

「「「そうだ、そうだ!」」」


 とうとう、ダクラカスは、裁判官へとがなり立てました。

 水龍ちゃん達はというと、やれやれと言った表情で、成り行きを見守ります。


「えー……。コホン。このたびの件、賠償金相当額の小切手が提出されましたが、債務者の支払い能力を遥かに超えた金額であると思われ、何かしらの不正があったかどうか確認する必要があると判断します」


 何ということでしょう、立会人である裁判官が、ダクラカスの言うことを鵜呑みにして不正の有無の確認が必要だと言い出しました。


「何いぃぃ!!!」


 ミランダさんが、思わす驚きの声を上げ、おばばさま達も怪訝な顔をします。

 対して、ダマスカス達は、したり顔で下卑た笑みを浮かべていました。


 裁判官は、ミランダさんの声を無視して話を続けます。


「不正がないと確認が出来るまで裁判所は支払い金の受け取りを停止します。よって本令状は不履行とし、仮ではありますが、債務者は借金奴隷として薬師ギルドに引き渡すものとします」


 裁判官が借金奴隷落ちの決定を告げると、当然、おばばさま達は抗議の声を上げて裁判官へと詰め寄りました。


 しかし、裁判官は奴隷落ちは仮の処置だと強調し、薬師ギルドならば酷い扱いはしないだろうから問題ないだろうと、おばばさま達を説得しようとします。

 そんなやり取りを、ダクラカス達はニヤニヤして眺めていました。


「大いに異議あり!!」


 そこへ大きな声を上げたのは、扉を開けて入ってきた年配の裁判官でした。


「なっ!? 上級裁判官のあなたが、どうしてここに!?」


 よく通る大声を上げた年配の裁判官に皆の注目が集まる中、支払いの不履行を告げた立会人の裁判官が、驚きの声を上げました。


「本件、裁判所の出した令状に不可解な点が多いとの指摘があり、密かに傍聴させてもらっていたのだよ」


 年配の上級裁判官が、事の次第を簡単に告げると、立会人の裁判官は顔色を真っ青にして立ちすくんでしまいました。


「すでに採決は下された。そこの娘は借金奴隷として当面の間、薬師ギルドが預かり受ける。上級裁判官と言えども所定の手続きを経て異議を申し立ててもらおう」


 ダクラカスが、眉間に皺を寄せて鷹揚に言いました。


「裁判官の仕事ぶりを評価するのも上級裁判官の務め。そして、裁判官の採決に疑義あらば、これを正すのも上級裁判官の務めである。本件、担当裁判官が不当な採決を下したと判断し、その決定を破棄する!」

「なんだと!?」


 上級裁判官が、冷静に自身の役割を告げ、最後は語気を強めて採決の破棄を告げると、ダクラカスは目を見開いて声を荒げました。


 そして、上級裁判官は、改めて青龍銀行が用意した小切手を確認すると、問題ないとにこやかに告げました。


「裁判所による支払い命令を無事履行したことをここに宣言する」

「ぐぬぬぬぬ」


 上級裁判官の宣言に、ダクラカスは悔しそうに唸っていました。


「なお、今回の支払い令状発行に当たって異議申し立てが出ている。私がきっちり詳細を調べ上げることを約束しよう」


 上級裁判官が、ダクラカス達へと疑いのまなざしを向けて、そう告げました。


「くっ、帰るぞ!」


 ダクラカスは、吐き捨てるように言うと、不機嫌を露わにしたまま取り巻きを引き連れて立ち去って行くのでした。

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