第159話 成分計測の魔道具
薬師ギルド職員を名乗る小太り男が来た日の夕刻、仕事を終えた美発部のお姉さん達がやって来ました。
「水龍ちゃん、大丈夫だった?」
「怖くなかった?」
「ごめんねぇ、薬師ギルドのバカが迷惑かけたみたいで」
お姉さん達は、開口一番、水龍ちゃんを気遣います。
聞けば、警察から薬師ギルドへと連絡が入り、慌てて職員が小太り男を警察まで迎えに行ったそうです。
薬師ギルドに戻った小太り男は、新ギルマスとなったダクラカスからこっぴどく叱られて、薬師ギルド本部へと送り返されてしまったといいます。噂では、小太り男は強力なコネを持っていて薬師ギルド幹部と言えどもクビにするわけにはいかなかったとか。
そして、小太り男が、水龍ちゃんを強引に薬師ギルドで働かせようとしたのは、早急に1級ポーションをどうにかしろと、薬師ギルド本部から催促されているかららしいのです。
その辺りの話は、ダクラカスが小太り男の失態に激怒しながら叫んでいるのが執務室の外まで聞こえて来たため、薬師ギルド中で噂になったそうです。
「何とも、バカな奴らよのう……」
話を聞いたおばばさまが、呆れ果てたようすで呟いたのが印象的でした。
薬師ギルド内の話題が一息ついた頃、ピンポ~ン♪ と玄関のチャイムが鳴り、水龍ちゃんとトラ丸が迎えに出ると、ソレイユ工房のサラさんとニーナさんの姿がありました。
「よっ! 元気かい?」
「トラ丸ちゃ~ん、久しぶり~」
「サラさん、ニーナさん、お久しぶりですね」
「なー」
軽く挨拶を交わすと、水龍ちゃんは、みんながワイワイやっているリビングへとサラさんとニーナさんを招き入れました。
「ソレイユ工房でーす!」
「「「いらっしゃーい」」」
サラさんの営業スマイルに、美発部のお姉さん達は、にこやかに歓迎の言葉を返して、サラさん達にポーション入りのドリンクを勧めます。お肌に良いと聞けばサラさん達に断る理由はありません。
「さて、さっそく本題に入ろう。この美肌ポーションの成分を計測する魔道具を作ってもらえないだろうか」
美発部部長のミランダさんが、美肌ポーションを片手に単刀直入に用件を切り出しました。ソレイユ工房に来てもらったのは、この魔道具の件でいろいろ相談するためなのです。
実のところ、美発部のお姉さん達が最初に開発を始めたのは、シンプルに美肌ポーションを薄めただけの化粧水でした。単に薄めるだけなのですが、そこはお金にシビアなお姉さん達です。コスパを重視する考えで、それならばと効果が見込める限界まで薄めてみようと実験をしていたのです。
しかし、100倍を超えて薄めたところで、まだまだ効果があると判明し、喜びもひとしおでしたが、品質管理をどうするのかという話が持ち上がりました。ここまで薄めてしまうと、ほんの少しの美肌ポーションの量で品質が変わってしまうのではないかと心配する声が上がったのです。
さらに言えば、美肌ポーション自体も毎回全く同じ濃度のポーション成分なのか疑問です。治癒ポーションの場合、同じ生産者が作ったとしても生産するたびに若干のばらつきはあるのです。
ミランダさんは、その辺りの背景も丁寧に説明し、魔道具を品質管理に使いたいのだと説明しました。
「ポーション鑑定魔道具の美肌ポーション版が欲しいという感じかな?」
「そういうことだ。出来るか?」
「成分の検出自体は出来るだろうが、真新しいポーションとなると、少し時間が欲しいな。それに値段が高くなるが大丈夫か?」
「その辺りも相談したいな。機能を絞って安価にしたい。例えば、――」
サラさんとミランダさんの間で、話がどんどん進んでゆきます。お姉さん達は、内容を理解しているのかどうかは怪しいですが、にこやかな笑顔で適度にうんうんと頷いています。
そんな中、水龍ちゃんは、一部のお姉さん達に手招きされて席を移動しました。
「ねぇ、水龍ちゃん、今開発中の化粧水に、猫の手シールを貼って売りに出したら良いと思うんだけど、ダメかしら?」
「えっ? 美発部のマークを作って貼る予定でしたよね?」
お姉さん達の話に、水龍ちゃんは目をパチクリさせて聞き返しました。先日、美発部のシンボルマークを作る話が上がったばかりなのです。
「そうなんだけどね。猫の手印の毒消しポーションが町で結構人気があるのよね」
「そうそう、飲みやすいって評判なのよ」
「猫の手印のマヨネーズも評判が高いって聞いたわ」
いったいどこから情報を得たのか分かりませんが、お姉さん達は、水龍ちゃんの猫の手印の評判について語りました。
「でね、化粧水も水龍ちゃんの作った美肌ポーションが原料だし、町で評判の良い猫の手印にあやかりたいと思ってね」
「女性ハンター達なら、猫の手印を見れば使ってみてくれると思うわ」
「猫の手シール、かわいいしね」
お姉さん達は、猫の手シールを貼りたい理由を話してくれました。
「そんなに上手くいくかしら?」
「大丈夫よ」
「お願い」
「ねっ」
眉尻を下げて呟く水龍ちゃんに、お姉さん達は、なんとか同意を得るべく頼み込んできました。
「う~ん、美発部のみんなが全員賛成なら貼ってもいいかな?」
「ほんと!?」
「よし!」
「全力でみんなを説得するわ!」
水龍ちゃんが条件付きで了承すると、お姉さん達はすっかりやる気になって、さっそく根回しを始めました。
そんなこんなで、今日の美発部では、美肌ポーションの成分計測をする魔道具の試作が決まり、さらには、美発部開発の化粧水には猫の手シールと美発部のシンボルマークのシールをセットで貼る事も決まったのでした。
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