第158話 小太り男

 この日も、早朝からドロくさパックの研究をしに来たマーサさんが名残惜しそうに帰ったあと、水龍ちゃん達がいつものように朝ご飯を食べていると、ピンポ~ン♪と玄関チャイムがなりました。


 水龍ちゃんが、トラ丸を連れてトテトテと玄関へ向かいドアを開けると、薬師ギルド職員の制服を着た小太りの男が立っていて、ニタァっといやらしい笑みを浮かべました。


「おはよう。薬師ギルド者だが、今日は、――」

「ばばさまー、薬師ギルドの人ですってー」


 小太り男が、鷹揚に薬師ギルドの名を出すやいなや、水龍ちゃんは、彼の話を遮って大きな声でおばばさまを呼びました。


「おい、小娘。誰が瓢箪おばばを呼べと言った? 俺は、お前に用件があって来たのだぞ」


 小太り男は、話を遮られたことが気に入らなかったのか、こめかみにピキッと青筋を立て、偉そうな口調で言いました。


「ん? 私に用なの?」

「ぅな?」

「そうだ。お前に良い話を持ってきてやったんだ。ありがたく聞くがいい」


 水龍ちゃんとトラ丸が、予期せぬ事に小首を傾げてみせると、小太り男は偉そうな態度でもったいぶるような言い方をしました。


「やれやれ、誰かと思えば、ダクラカスの取り巻きじゃないか。相変わらず偉そうな態度じゃのう」

「ふん、瓢箪おばばか。貴様に態度がどうとか言われたくないわ」


 おばばさまがやって来て、ため息交じりに軽口を叩くと、小太り男はイラついたようすで言い返しました。


「で、ダクラカスのバカは大丈夫かの?」

「貴様! バカと何だ! ダクラカス様と呼べ! 薬師ギルドの幹部だぞ!」


「くくっ、バカをバカと呼んで何が悪いのじゃ? それよりもじゃ、あ奴にギルマスなんて勤まる訳がないじゃろうから心配しとるんじゃよ」

「ふん、余計なお世話だ! ギルドマスターの仕事なんぞ我々で十分勤まる。ダクラカス様がやる必要などないのだ!」


 おばばさまの挑発に、小太り男は苛立ちを隠すことなく怒鳴るように返します。2人の話からすると、ダクラカスというのは新しくこの街の薬師ギルドマスターを兼務することになった、薬師ギルドのお偉いさんのことでしょう。


「それで、お前さんは何しに来たのじゃ?」

「ふん、貴様に用はない。そこの小娘に良い話を持ってきてやったのだ」


「ほう、一応、話だけは聞いてやろうかの。ほれ、早よう話すのじゃ」

「ぐぬぅぅ」


 おばばさまが、煽るように尋ねると、小太りの男は、いちいち苛立ちを覚えるのか唸り声を上げました。


「ふん、良いか、良く聞け。そこの小娘は、子供ながら、まぁまぁのポーションを作るそうじゃないか。だから、薬師ギルドで雇ってやることにしたのだ。ありがたく思うことだな」


 小太り男は、鼻を鳴らして偉そうに言いました。

 水龍ちゃんはというと、何を言っているのだろうかと目をパチクリさせています。


「くくくっ、毎日、朝から晩まで我らが開発した新たな治癒ポーションを存分に作らせてやるから光栄に思うがいい。さぁ、今から仕事だ。ついて来い」


 小太り男は、下卑た笑みを浮かべながら水龍ちゃんに命令してきました。


「お断りします!」

「なっ!? 何いぃぃ!!?」


 水龍ちゃんが、きっぱりとお断りを告げると、小太り男は、目を見開いて驚嘆の声を上げました。


「薬師ギルドで働くつもりはありません。お引き取り下さい」

「んなっ!? なぜだ!? この私がわざわざ出向いて、お前のようなガキを雇ってやろうと言っているのだぞ!」


 もう一度、水龍ちゃんが丁重にお断りをすると、小太り男は、信じられないとばかりに喚き散らしました。


「やれやれ、まったくもってバカな奴じゃのう」

「うるさい! おばばは黙っておれ!」


「そんな態度の奴に言われて、誰が雇ってもらおうと思うのじゃ? しかも給金の提示すらない話など、断るに決まっとるじゃろうて」

「ふん! 薬師ギルドで働きたいと採用試験を受けにくる者がごまんといるのだぞ! 試験も無しに雇ってもらえるのだから感謝して当然だ!」


 おばばさまが至極真っ当なことを言いましたが、小太り男は、全く理解できないようで、鼻を鳴らして自身の思い込みを主張します。


「それは、各地のギルマスや採用担当者が頑張っておるからじゃよ。まったく、これだからコネだけで採用された奴はダメなのじゃ」

「何を! 俺は、実力を評価されてスカウトされたんだ! 親父がそう言ってたんだぞ!」


 どうやら、コネで採用されたのは図星だったようです。


「そうかいそうかい、分かったから、もう帰ってくれんかのう。わしらは食事の最中なんじゃ」

「そ、そうはいかん! 是が非でも連れて行くぞ! さぁ、来い、小娘!」


 おばばさまが、一転、困った顔で帰るように促すと、小太り男は水龍ちゃんの手を掴み、強引に連れて行こうと引っ張りました。


「きゃー、たーすーけーてー」

「ぅな?」


 水龍ちゃんが、棒読みで助けを求めると、トラ丸が、頭にハテナを浮かべて水龍ちゃんを見上げました。


「嫌がっておるじゃろう。離すのじゃ」

「くくくっ、このまま力ずくで連れてってやる!」

「さーらーわーれーるー」


 おばばさまが、咎めますが逆効果のようで、小太り男は下卑た笑みを浮かべて強引に連れて行こうとします。水龍ちゃんは、抵抗する姿勢を取りつつじりじりと通りへ移動し、わざとらしい棒読み口調で危機を演出します。


「おい! そこの男! 何をしている!」

「あん? なっ!? いや、これは……」


 巡回中の警察官が駆け付け、小太り男へ声を掛けると、小太り男は、不遜な態度で振り返り、相手が警察だと分かるやいなや顔を真っ青に変えました。


 実は、おばばさまと水龍ちゃんは、巡回中の警察官を見つけたため、ひと芝居打ったのです。


 おばばさまが、警察官に事情を話す中、小太り男は、自分は悪くないと喚き散らしてしまい、結果、警察署へと連行されて行きました。


「朝っぱらから疲れたのう」

「気を取り直して、朝ご飯を食べてしまいましょ」

「なー」


 小太り男を見送り、おばばさまと水龍ちゃん、そしてトラ丸は、やれやれといったようすで朝ご飯を食べに戻るのでした。

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