第156話 メンチカツ

 ハンターギルドにおけるヒールポーションの効果確認依頼の件は、ギルマス自らが名乗りを上げたほか、パンプルムースへ依頼をすることになりました。


 当初、ギルマスの仕事が滞ることになるためアーニャさんが渋りましたが、新しい治癒ポーションの効果を実感しておきたいというギルマスの強い要望に押された形で決まったのです。


 そして、ヒールポーションが1級ポーション並みの効果があることが確認できた場合には、追加で難易度の高い素材を取りに行くパーティーへ依頼を出すという、二段構えで行うことになりました。


「ねぇ、水龍ちゃん、ヒールポーションだけど、一部をハンターギルドに卸してもらえないかしら」


 依頼の話がまとまったところで、アーニャさんが切り出してきました。


「ハンターギルドで販売するんですか?」

「えーっとね、特定の依頼を達成したパーティーに対して限定販売することにしたらどうかと思うのよね」


「限定販売?」

「ええ、最近ね、——」


 水龍ちゃんの問いに答える形で、アーニャさんが、限定販売について詳しく話してくれました。


 アーニャさんの考えでは、なかなか引き受け手の無い高難易度の素材の入手依頼を無事達成したパーティーに限定してヒールポーションを販売するというのです。


 その背景には、ここのところ入手難易度の高い素材の入手を指名依頼しても断られることが多くなっていることがあるそうです。


 多少金額を上げても引き受けてもらえず、ギルド側も頭を悩ませていて、それならば何か特典を与えればいいのではと、その『特典』となるものを探していたというのです。


 そして、『ヒールポーションを買うことが出来るという特典』が、ハンター達をやる気にさせるのにうってつけだと思ったそうです。


「う~ん、そんなに苦労してまで買おうとするかしら?」

「大丈夫よ。1級ポーション並みの治癒効果があるなら絶対に欲しがるわ。なぜなら――」


 水龍ちゃんが、小首を捻って呟くと、アーニャさんが自信ありげにその理由を教えてくれました。


 なんでも、少し前から高ランクのハンター達の間で、水龍ちゃんの作った猫の手印の1級ポーションを持つことが、彼らのステータスになっていたらしいのです。


 しかし、その1級ポーションが今はどこに行っても品切れだと彼らはぼやいているそうなのです。


 そこへ、同じ猫の手印のヒールポーションが出たとなれば、必ずや彼らは買いたがるはずだとアーニャさんは自信満々に主張します。


「もしも、ヒールポーションが、1級ポーション以上の効果があるとなれば、これまで以上に彼らが欲しがるに違いないわ。それが買えるとなれば、今まで見向きもしなかった依頼も彼らの方から求めてくるはずよ!」


 アーニャさんが鼻息荒く話す傍らで、ギルマスがトラ丸をモフモフしながら、うんうんと頷いていました。


「ということで、是非ともハンターギルドへ卸して欲しいのよね」

「か、考えておきます……」


 にっこり笑顔でお願いしてくるアーニャさんにはどこか不思議な圧が感じられ、水龍ちゃんは、苦笑いで言葉を濁すのでした。




 その後、水龍ちゃんとトラ丸は、ギルマスとアーニャさんと一緒にお昼ご飯を食べに出ました。向かったのは、ハンターギルドからほど近いレストランです。


「ここって、チーズハンバーグが美味しいのよね」

「な~♪」


 お店を見て、水龍ちゃんとトラ丸がニコニコと言いました。


「最近、新メニューを出したそうなの。とっても美味しいらしいわよ」

「そうなの? それは楽しみだわ!」

「なー!」


 アーニャさんからの新しいメニューの情報に、水龍ちゃんとトラ丸は、ワクワクモードに入りました。


 レストランへ入り、席へ着いてメニューを開くと、大きく書かれた新商品の文字と共に『メンチカツ』と書かれていて、みんなで揃ってメンチカツを頼みました。


「うわぁ、おいしそうね」

「なー!」


 メンチカツが出て来て、水龍ちゃんとトラ丸は瞳をキラキラと輝かせ、アーニャさんとギルマスが微笑んでいます。


 トラ丸の分を取り分けて、みんなでいただきますをして食べ始めました。


「う~ん、サクサクしておいしいわ~♪」

「な~♪」


「サクッとした後に、ジュワっと来る旨味が何とも言えないわ!」

「うーん、美味い、美味い!」


 水龍ちゃんとトラ丸に続いて、アーニャさんとギルマスも満面の笑顔でメンチカツを頬張ります。


「このソースが、とっても合うわね~♪」

「な~♪」


「このお店オリジナルの特性ソースらしいわよ。さすがだわ!」

「うんうん、美味い、美味い!」


 みんな、食べる勢いが止まらずに、付け合わせの野菜を含めて残さず綺麗に食べ終えました。


「「「ごちそうさまでした」」」

「なー」


 お腹が膨れた後は、好きなドリンクを頼んで一息つきます。水龍ちゃんとアーニャさんはハーブティーで、ギルマスはコーヒーを飲んでいます。トラ丸には、水龍ちゃんのハーブティーを分けています。


「久しぶりのダンジョンか。楽しみだな!」

「今回は、誰とパーティーを組むんですか?」


 ギルマスが、髭を撫でつけながら上機嫌にダンジョン行きを喜んでいると、アーニャさんが問い掛けました。


「んー、あー、まぁ、なんだ……」

「まさか、1人で行こうなんて考えてないですよね?」


 なぜか目を泳がせて、歯切れが悪くなったギルマスに、アーニャさんは、にっこり笑顔で問い詰めます。


「あはははは、まぁ、なんだ……」

「うふふっ、ギルドに戻って、じっくり小一時間ほどお話しましょうか」


 額に汗を滲ませ、空笑いするギルマスに、アーニャさんが、どこか楽し気に微笑みながら通告するのでした。

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