第147話 楽しい毎日

 最近の水龍ちゃんは、とても楽しそうです。


 毎朝、マーサさんがやって来て、新しいフェイスパック開発計画を持ち込んでは、おばばさまに却下を告げられ、ショックを受けるという光景が繰り返されています。


 それでも前進はあるもので、はっきりしなかった美肌効果の確認については、モニターを募集して使用してもらい、効果の実感をヒアリングして総合的に判断することになりました。


 今は、開発に使用する素材の多くが、レアな素材で価格が安定しないため、おばばさまにダメ出しをされる毎日です。マーサさんは、これだけは譲れないだのなんだのと熱い思いを語るのですが、いつも最後には、おばばさまにピシャリと却下されています。




 マーサさんが帰って、ゆっくり朝ご飯を食べた後、水龍ちゃんは、トラ丸を連れてダンジョンのお花畑へと通う毎日です。


 トラ丸が、ヒールジカちゃん達と楽しそうに遊ぶ中、水龍ちゃんは、美肌ポーションによってヒール草を使った黄色いキラキラポーションの研究が大きく進んだとみて張り切って研究を積み重ねているのです。


 今は、ヒール草と美肌ポーションの使用量を決める実験と、味の追及に取り組んでいて、ときおり怪我した魔獣を見つけては、その治癒効果について詳しく観察しています。




 そして、ダンジョンから帰ると、美発部の活動が待っています。『ゆるく楽しく美しく』をモットーにしているため、脱線も多いのですが、少しずつ開発の方向性がみえてきた感じです。


 ある時、美発部のお姉さん達が、美肌ポーションを使って美容商品を開発しようと盛り上がる中、実は美肌ポーションについて毒性評価もしていないことが露見して、今度、調べてみることになりました。


 これには、水龍ちゃんが興味を示して、美肌ポーションの毒性評価をする時に、一緒に見に行くことになりました。


 そして、いろいろな美容商品が開発候補に上がる中、商品化した場合の価格にまで話が広がり、なるべく安くしたいということで、お高くなりそうな美肌ポーションの使用量を限界まで減らす方針となりました。




 そんな楽しい毎日を送っていたある日のことです。いつものように、美発部のお姉さん達がやって来て、ポーション入りドリンクを入れて談笑をしていた時の事です。


「そうそう、先日、薬師ギルドの方から新しい治癒ポーションのレシピが公表されたわよね」

「薬師ギルド本部で極秘に研究開発していたっていうやつね」

「それなんだけど、水龍ちゃんが特許申請していたレシピと全く同じなんだって」


 お姉さん達の話題は、薬師ギルドが公表した新しい治癒ポーションの話ですが、そこで水龍ちゃんの名前が上がり、お姉さん達は少し驚いているようです。


「このポーションと作り方が同じってこと?」

「そういうことよ」


 お姉さんの1人が、水龍ちゃんの作った新型治癒ポーションの入った水差しを指さして尋ねると、肯定の声が返って来ました。


「でも、あれって、水龍ちゃんが開発したんじゃなかったの?」

「私もそう思ってたけど……」

「どういうこと?」


「もしかして、あのクソジジイが何かやったんじゃない?」

「えっ? 特許を盗んだってこと?」

「あり得るかも!」

「絶対そうよ! クソジジイならやりかねないわ!」

「「「うんうん」」」


 お姉さん達の話は、なんだか妙な方向へと進んでゆきました。聞いている水龍ちゃんとミランダさんは苦笑いで、おばばさまは、愉快そうに微笑んでいます。


「ミランダさんなら何か知ってるんじゃないですか?」

「そうよね、教えて下さいよ」


 お姉さん達の注目を浴びて、ミランダさんは苦笑いです。


「薬師ギルド本部で同様のポーションを開発していたという話を完全に否定できないのだ、というのが精いっぱいだな」

「「「「えーっ」」」」


 ミランダさんが苦笑いで述べた言葉に、お姉さん達は、納得がいかないようです。


「まぁ、そういうことだから、薬師ギルドでこの手の噂話をするんじゃないぞ。新しいギルマスは、気に入らない者は、すぐにクビにするだろうからな」

「うっ、確かに……」

「あのクソジジイならありうるわ……」

「既に何人かクビになってるしね……」


 ミランダさんが、噂話には注意するように言うと、お姉さん達は、あり得そうだと呟くのでした。


「でも、水龍ちゃんは、いいの? 特許取られて悔しーとか、あるんじゃない?」

「ん? わたしですか? 別に、みんなが苦くないポーションを飲めるならいいかなって思いますよ」


 お姉さん達に問われた水龍ちゃんは、にっこり笑顔で答えました。


「うっ、天使がここに……」

「眩しいわ……」

「大人ね……」


 お姉さん達の呟きは様々です。


「だけど、新しい治癒ポーションって、味が良くなって効果も高くなったけど、ずいぶんと値段が上がったのよね」

「そうそう、特許使用料が高いらしくて、同じ利益を得ようとすると、売値が従来品の5割増しになるって聞いたわ」

「だから、みんな従来品を作るか、新しいのを作るかで悩んでるみたいよ」

「お客さんからしてみれば、同じ効果だったら苦くても安い方を買うものね」

「それに、薬師ギルドでの買い取りは、特許料を差し引かれるから利益が減っちゃうって嘆いていたわ」


 お姉さん達は、薬師ギルドが公開した新しい治癒ポーションの価格について口々に語ります。どうやら、薬師ギルド側が示した特許使用料が高いために、治癒ポーションを作る側も買う側も混乱しているようです。


「あのバカ者共が、欲に目が眩みおってからに……」


 おばばさまの呟きが、すべてを物語っているように思えるのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る