第138話 マーサさんの事情

 お昼ご飯の後、水龍ちゃんとトラ丸は、アーニャさんを連れて帰宅しました。アーニャさんが、すぐに紫ドラゴラを買い取りたいというのです。


「ただいまー」

「なー」

「お邪魔します」


 水龍ちゃんとトラ丸は、アーニャさんをリビングへと案内します。


「おや、珍しいお客さんじゃのう。仕事はいいのかい?」

「ふふっ、今日は仕事で来たんですよ。水龍ちゃんの持っているマンドラゴラを買い取りにね」


 おばばさまが、ハンターギルドの制服を着ているアーニャさんへと声を掛けると、アーニャさんが、にっこり笑顔で答えました。


「ほう、マンドラゴラかい。いつもはハンターギルドで依頼を出しておるんじゃなかったかのう」

「それがですねぇ、——」


 おばばさまとアーニャさんが話し込んでいる間に、水龍ちゃんは、ささっとお茶を出してから保管していた紫ドラゴラを持ってきました。


「はい、紫ドラゴラです。3つ保管してありましたよ」

「ありがとう。助かるわ」


 水龍ちゃんが、マンドラゴラの一種である紫ドラゴラを差し出すと、アーニャさんは嬉しそうに受け取りました。買い取り金は、少し色を付けて水龍ちゃんの銀行口座へ入れてくれることになりました。


「ふふっ、これからは水龍ちゃんにも採集依頼を出そうかしらね」

「ダンジョンへ入ったついでに採って来るくらいならいいですけど?」

「こやつにばかり集中させるでないぞ」


 アーニャさんが、今後の依頼について話すと、水龍ちゃんはついでならと答え、おばばさまが、何かを感じたのか釘を刺すような発言をしていました。




 アーニャさんが帰ってから、やや時間を置いて玄関チャイムが鳴りました。薬師ギルドのお姉さん達が来るには、まだまだ早い時間です。


 水龍ちゃんが扉を開けると、元気な声が聞こえて来ました。


「あたしが商業ギルドのギルドマスター、プリンだー!」


 玄関口で元気よく挨拶をするプリンちゃんの隣にはマーサさんの姿がありました。


「プリンちゃんにマーサお姉さん、どうしたの?」

「おばばと水龍ちゃんに話があってなー! お邪魔するぞー!」


 水龍ちゃんが尋ねると、プリンちゃんは陽気に答えて、ずかずかと家の中へと入ってきました。マーサさんは、キャラに似合わず大人しくというか、縮こまった感じでプリンちゃんの後に続きました。


「おばばー! ちょっと頼まれてくれー!」

「なんじゃい、藪から棒に……」


 リビングへ陽気に突入したプリンちゃんが、お茶を飲んでいたおばばさまに声を掛けると、おばばさまは、顔を顰めて答えつつ、マーサさんへギロリと鋭い視線を向けました。


 すると、マーサさんは、おばばさまの視線を受けて、ばつが悪そうに目を逸らしてしまいました。


「はぁ……。どうせマサゴロウがらみのことじゃろう。仕方がない、話くらいは聞いてやろうかのう」

「ふはははは、察しが良くて助かるぞー! 実はマーサの奴がなー! ——」


 プリンちゃんの話によると、マーサさんの薬屋が、借金まみれで経営状態が酷いことになっていたといいます。


 原因は、ドロくさパックの開発で巨額の借金をしてしまったことですが、その裏で闇業者が暗躍していたことが商業ギルドの調べで分かったそうです。


 現在、ドロくさパック改の売れ行きが好調で利益が上がっているようですが、顧客が増えて注文がたくさん入った頃合いを見て、原材料費を一気に値上げし、さらに借金を増やすのが、その闇業者の手口らしいです。


 そこで、商業ギルドが、薬屋を畳んで闇業者との取引関係を絶つことを提案。マーサさんが随分と渋ったそうですが、水龍ちゃんと美肌ポーションの取引をさせないと言うと、あっさりと折れたそうです。


 マーサさんは、商業ギルドの支援を得て、さっさと薬屋を畳んで闇業者との関係をすっきりさっぱり清算し、今は一文無しどころか、商業ギルドに少なくない借金をしている状態なのだということです。


「それで、このバカをどうするつもりじゃ? 商業ギルドは慈善事業などせんじゃろうて、何かしら目論見があるのじゃろ?」

「もちろんだー! マーサにはおばばの下で美容商品の開発をしてもらうぞー!」


「なるほど、頼み事というのは、このバカの面倒をみろということかい?」

「その通りだー! そして、水龍ちゃんには、美肌ポーションを供給してもらいたいぞー!」


 おばばさまとの会話で、プリンちゃんの考えが明らかになり、そこに水龍ちゃんの美肌ポーションが絡んできました。


「ん? 別に構わないわよ」

「なー」


 水龍ちゃんの答えに、なぜかトラ丸が、胸を張って鳴きました。


「ほう、美肌ポーションを使った美容商品か。悪くはないが、美肌ポーションをタダで供給しろとは言わんじゃろうな?」

「もちろんだー! 開発に必要な素材は、後ほど開発した商品を販売した利益で回収するぞー!」


「ふむ、大枠は分かったのじゃ。じゃが、美肌ポーションの価値はそこそこ高額になるじゃろうな」

「そこは、おばばを交えて水龍ちゃんと相談だなー!」


 おばばさまは、水龍ちゃんが美肌ポーションを無償供給しかねないと思ったのでしょうか、釘を刺すように発言しましたが、そこはプリンちゃんもちゃんと考えていたようです。


 そんな話をマーサさんは大人しく聞いていますが、なんだか嬉しそうに頬を緩めてニマニマしています。


「おい、マサゴロウ。お前さん、これから毎日、朝から晩まで美容商品の開発ができると思って、浮かれておるんじゃなかろうな?」

「ぎくぅぅっ!?♡」


 おばばさまが、マーサさんをギロリと睨みつけて問いかけると、マーサさんは、その心境を声に出してしまうほどに驚くのでした。

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