第137話 パエリア

 水龍ちゃんとトラ丸は、図書館へとやって来ました。最近は、美肌ポーションの研究を頑張っていたため、なんだか久しぶりな気がします。


 顔なじみの受付のお姉さんに軽く挨拶をして、水龍ちゃんは、薬草の本と植物図鑑を手に取り読書スペースに陣取りました。


 水龍ちゃんは、ダンジョンで見つけた素材について詳細を読み込んでみたり、まだ見ぬ素材についても良さそうなものを見つけては、その特徴を覚えてゆきます。


 トラ丸はというと、水龍ちゃんと本の間にちょこんと座り込んで、ぺらぺらとめくられるページを追いかけるように首を左右に動かしたり、自分も一緒に本を読んでるんだぞとばかりに、じっと本を見つめていたりしていました。


「水龍ちゃん、そろそろ時間ですよ」

「はっ!? もうそんな時間ですか。ありがとうございます」

「なー」


 受付のお姉さんにポンポンと肩を叩かれ、本に集中していた水龍ちゃんは、はっとしてからお礼を言いました。水龍ちゃんは、受付のお姉さんに、時間が来たら知らせて欲しいと頼んでいたのです。


 トラ丸の、ありがとー、という可愛らしい鳴き声に、お姉さんの頬がゆるみます。お姉さんがトラ丸をモフモフしている間に、水龍ちゃんは、本を片付けてきました。


 水龍ちゃんとトラ丸は、受付のお姉さんに挨拶をして、ハンターギルドへと向かいます。


「まだまだ、いろんな素材があったわね。今度、ダンジョンで探してみましょ」

「なー!」


 水龍ちゃんが、歩きながら新たな素材探しを決意すると、トラ丸も、がんばるー! とやる気を見せていました。





 ハンターギルドへ着いた水龍ちゃんとトラ丸は、いつものように2階の受付へ行くとアーニャさんがニコニコと手を振ってくれました。


 軽く挨拶を交わして、お昼休みに入るまで少し待ってから、アーニャさんとお昼ご飯を食べに行きます。


「毒消しサンドが復活して、ハンター達が喜んでいたわよ。バリエーションも増えて楽しめるって評判ね」

「トーマスさんの頑張りのおかげですね。オープンしたての屋台へ行ったら毒消しサンド以外でも具材を選べるバゲットサンドが楽しめましたよ」

「な~♪」


「そうなのね。今度、私も行ってみようかしら」

「朝の屋台巡りは、楽しいですよ」

「な~♪」


 そんな話をしながら、目的のお店へと着きました。今日は、魚介たっぷりのパエリアが自慢のお店にやって来ました。もちろん注文したのは看板メニューのパエリアです。


「うわぁ、おいしそう!」

「なー!」


 海の幸がたっぷり入ったパエリアが大皿に乗って出て来て、水龍ちゃんとトラ丸は瞳をキラキラと輝かせます。


「「いただきまーす!」」

「なー!」


 さっそく小皿に取り分けて、パクリとひと口頬張りました。


「「お~いし~い♪」」

「な~♪」


 水龍ちゃんもアーニャさんもトラ丸も、みんな幸せなそうな顔で、思わず声を漏らしました。


「魚介の旨味が口いっぱいに広がって、たまらないわね~♪」

「な~♪」


 水龍ちゃんの声に、トラ丸も同感とばかりに鳴き声を上げます。いつもながら、幸せそうに食べる水龍ちゃんとトラ丸の姿に、アーニャさんも店員さんも優しい笑顔になりました。


「最近、ダンジョン探索の方はどうなの? 以前は、いろいろ魔獣を捕まえてきていたみたいだけど?」

「ポーション研究が楽しいわ。魔獣は、その帰りに捕まえてたけど、魔物ショップの方が捌き切れないから、毎日のように持ち込むのは止められてしまったの」


 パエリアを食べ終え、食後のハーブティーを嗜みながら話題はダンジョンの話となりました。


「うふふっ、魔物ショップも大変みたいね。それで、ポーション研究ってパンプルムースのメンバーを救ったっていうポーションね?」


 アーニャさんは、ポーション研究と聞いて、以前、水龍ちゃんがヒール草から作った実験ポーションでパンプルムースというパーティーを救ったことに思い至ったようです。


「ん? あー、あれもあるけど、最近は、水くらげ草を使った美肌ポーションの研究をしていたわ」

「えっ? 水くらげ草って、あの臭くなるやつ?」


 しかし、水龍ちゃんの話を聞いて、アーニャさんは、ちょっと驚きました。


「うん。あれって普通にポーション錬成したら凄く臭くなるんだけど、えっと……、いろいろ工夫して嫌なにおいがしないものを研究していたわ」


 水龍ちゃんは、以前、プリンちゃんから研究内容は外では話さないようにと言われていたため、途中で少し言葉に詰まってしまいましたが、ざっくりと無難な説明をしました。


「水くらげ草って、持ち帰るだけでも臭くて大変なのに、なんか凄いわね……」

「えへへ。いろんな素材を使っていろいろ試して、楽しかったわ」


 アーニャさんが、感嘆の声を漏らす中、水龍ちゃんは、嬉しそうに楽しかったと話します。


「水龍ちゃんは、悩みがなさそうでいいわねぇ……」

「ん? なにかあったんですか?」


 アーニャさんが溜息交じりに呟くと、すかさず水龍ちゃんが問いかけました。


「まぁ、ときどきあることなんだけどね、マンドラゴラの採集依頼を出していたハンター達が、どこも怪我をしたりしてギブアップしちゃったの。今、代わりのハンターを探してるんだけど、なかなかねぇ」


 アーニャさんは、そう言って溜息を吐きました。ちなみに、マンドラゴラの採集依頼は、いつも複数のハンターパーティーに依頼を出して、どこかがギブアップしても大丈夫なようにしているそうです。


「紫ドラゴラで良ければ、家にありますよ」

「えっ!? 本当!?」


「3つくらい残ってたと思うけど、足りなければ採って来ますよ」

「3つもあれば十分だわ! 是非とも買い取らせてちょうだい!」


 降って湧いたような幸運に、アーニャさんは、食い気味に飛びつくのでした。

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