第134話 別に困らないし
「すまんな、水龍。私が特許取得を勧めたばかりに、こんなことになってしまった」
「ううん。苦くないポーションをみんなが作れるようにしようって、特許申請を勧めてくれたんだし、私もそうなれば嬉しいなって思ったんだもん。気にしないで」
商業ギルドを出てから改めて申し訳なさそうに謝罪する元ギルマスに、水龍ちゃんは、優しく声を掛けました。
「しかし、新型治癒ポーションの売り上げが無くなってしまったばかりか、薬師ギルドからも締め出されてしまった。なんと詫びていいのか……」
「ん? そんなこと気にしなくていいわよ。別に困らないし」
さらに、元ギルマスが、悲壮感を滲ませて水龍ちゃんに与えてしまった不利益を口にするも、水龍ちゃんは、あっけらかんと返しました。
「えっ? 困るだろ。お金とか、素材の入手とか」
「お金は、もう十分稼いだし、今後も魔物ショップへ魔獣を売ればお金が稼げるわ。それに、素材は薬師ギルドじゃなくても手に入るわよ」
「いやいや、レアな薬の素材とか、薬師ギルドでないと難しいだろ?」
「あー、そういうのは、自分で採りに行くから大丈夫よ。ダンジョンへ行けば大抵の物は手に入るから」
元ギルマスが懸念していたことは、水龍ちゃんにとっては、全然問題にならないことのようです。
そんな元ギルマスと水龍ちゃんのやり取りに、おばばさまは、笑い出しました。
「ふはははは、大物じゃのう。ほれ、当の本人がこう言っておるのじゃ。過ぎたことをいつまでも引きずるでないぞ」
「そうよ、ギルマス。元気をだして」
「なー」
おばばさまも水龍ちゃんもトラ丸も、みんなが元ギルマスを励ますように言葉を掛けると、元ギルマスの顔にも笑みが戻りました。
「そうか。ありがとう。あ、それからな、ギルマスと呼ぶのはやめてくれ。先ほど薬師ギルドマスターをクビになったのだからな」
「はっ!? そうだったわ。えっと……、そういえば、名前を聞いてなかったわ」
少しほっとしたようすで礼を言う元ギルマスが、呼ばれ方について指摘すると、水龍ちゃんは、はっとして、それから彼女の名前を知らないことに気づきました。
「そうだったか? 私の名はミランダ。改めてよろしくな」
「ミランダさんね。こちらこそよろしくね。って、初めて会う訳じゃないのに、なんか変な感じだわ」
改めて名前を名乗るミランダさんに、初めて出会った時のような挨拶を交わしてしまい、ちょっと違和感を感じる水龍ちゃんに、ミランダさんとおばばさまは微笑むのでした。
「それで、ギルドをクビになって、お前さんは、これからどうするのじゃ?」
「そうだな。ようやく自由になれたんだ。蓄えもあるし、しばらく、のんびりするのもいいかもな」
おばばさまの問いに、ミランダさんは、大きく伸びをしてそう答えるのでした。
ミランダさんと別れ、水龍ちゃん達が帰宅すると、玄関前にマーサさんが待ち構えていました。
「お帰りなさ~い♡ 天使ちゃん♡」
「マーサさん、こんにちは」
「なー!」
「また会えて嬉しいわん♡ 美肌ポーションを使ったドロくさパックがすんごいことになってるのよん♡」
「そうなんですか?」
「なー?」
マーサさんは、軽く挨拶をすると、すぐに楽しそうにフェイスパックの話を始めてしまい、水龍ちゃんとトラ丸はともかく、おばばさまは呆れ顔です。
「そうよん♡ でね、でね、お得意様にお試しですって紹介したらね♡ もんのすご~く喜ばれちゃってね♡ もっと欲しいっておねだりされちゃったのよん♡ だからね♡ ありったけの美肌ポーションを売って欲しいのよん♡」
そう言って、マーサさんは、水龍ちゃんを拝むように両手を合わせて、お願いしてきました。これには、水龍ちゃんとトラ丸も呆れ顔です。
「まだ研究中で、売り物じゃないですよ。ようやく生臭い匂いを絶つことができたところなので、もう少し時間が掛かります」
「そこを何とか、お願いよん♡ ね♡ ね♡」
水龍ちゃんは、腰に手を当て、キッパリと断りましたが、マーサさんは、めげることなく拝み倒すように迫ってきました。
「それに、プリンちゃんから、まだ、マーサお姉さんに美肌ポーションを売らないようにって言われてるのよ」
「んま!?♡ どうしてプリンちゃんがそんな酷いことを言うのかしらん?♡」
水龍ちゃんが、プリンちゃんから言われていたことを告げると、マーサさんは、驚きの声を上げました。
「それは、お前のところの経営が危ういからじゃろ」
「そ、そ、そ、そんなことないわよん♡ そりゃぁ、少し前まで苦しかったけど、今はドロくさパックが売れているし、盛り返しているところなのよん♡」
おばばさまに経営のことを指摘されて、マーサさんは、かなり焦ったようすで取り繕うように答えました。
「ふん、どうだかのう。いずれにせよ、プリンのやつが、お前さんに一度商業ギルドへ顔を出せと言っとったのじゃ」
「へ?♡」
「ギルマス直々の呼び出しじゃ。さぞかし重要案件じゃろうのう」
「えええっ!?♡」
おばばさまが、どこか含みがありそうな感じで口角を上げて告げると、マーサさんは何かを感じたのでしょうか、戦々恐々とするのでした。
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