第132話 この世の終わりのような

 薬師ギルドを訪れた水龍ちゃんが、おばばさまから新型治癒ポーションの特許が取れなかったようだという話を聞いて、なぜだろうと首を傾げていたところへ、薬師ギルドの幹部という老人が現れました。


 彼は、水龍ちゃんを子供だからということで薬師ギルド会員資格剥奪を宣告したかと思えば、そのことに苦言を呈した薬師ギルドマスターにもクビを告げました。


 そして、怒りを露にしたギルマスの声を遮って、おばばさまの高らかな笑い声が響き渡りました。


「ふはははははは、笑わせてくれるわい」


 おばばさまの笑い声は、今にも殴り掛からんとしていた元ギルマスの勢いを止め、そして、幹部の老人も含めて皆の注目を集めました。


「ひょうたんおばばか……。何を笑っている?」

「こんな喜劇、笑わずにはおられんじゃろ。さぁ、冗談はそれくらいにして、真面目に仕事に戻るんじゃな」


 幹部の老人が、訝し気に睨みつけながら問うと、おばばさまが、軽く肩を竦めてみせたあと、鋭い目つきで全ては冗談だったのだろうと場を収めようとしました。


 そんなおばばさまの言葉に、ギルド職員達は、冗談なのかと少しほっとした顔を見せました。


「ふん、冗談などではない。この者はクビで、そこの子供はギルド会員資格の剥奪。これは、薬師ギルドとしての決定事項だ」


 しかし、幹部の老人が、冗談ではないと、再度、念を押すように告げました。


「そうか。ならば、わしも薬師ギルドを退会するとしようかの」

「なんと!? 何もあなたが辞めることはない!」


 おばばさまが、呆れた顔で、薬師ギルドからの退会を告げると、特許審査部トップの男が慌てた様子で引き留めに掛かりました。


「ふん、好きにするがいい。行くぞ!」

「えっ!? いや、そんな……」


 しかし、幹部の老人は、あっさりとおばばさまの退会を了承して、ギルドの奥へと歩き出しました。


 特許審査部トップの男は、どうしていいのやらと、あたふたしていましたが、結局幹部の老人やその取り巻きらしき人達の後を追うのでした。



「まったく、薬師ギルドも腐りきったものじゃわい」


 幹部の老人達が、ギルドの奥へと行って見えなくなると、おばばさまが、呆れた顔で吐き捨てるように言いました。


「おばば、良かったのか?」

「ふん、頭の腐りきったギルドなど未練などないわ。それよりも、お前さん、あのバカに殴り掛からんばかりの勢いじゃったのう」


「いや、おばばがいきなり笑い出すものだから、殴り損ねたじゃないか」

「ふはははは、それは良かったのじゃ」


 たった今クビを宣告された元ギルマスと、おばばさまが、いつもの調子で軽口を叩きあうと、ギルドの職員達は、少し緊張が和らいだようです。


 そして、元ギルマスとおばばさまの視線が水龍ちゃんへと向かいました。


「すまんな、水龍、特許を取得できなかったばかりか、ギルド会員資格までも失うことになってしまった。ギルド本部の幹部が言い出したことだ。おそらく覆すことはできないだろう」


 元ギルマスは、本当に申し訳なさそうに、そう言いました。


「えっと、突然のことで、どうしてこうなったのか良く分かってないんですよね。詳しく説明してくれますか?」


 水龍ちゃんは、今回の騒ぎに全く動じることもなく、誰よりも落ち着いたようすで尋ねました。元ギルマスは、そんな水龍ちゃんの落ち着きぶりに、毒気を抜かれたように、きょとんとした顔つきを見せました。


「ふふっ、そうだな。まぁ、ひと言で言うと、あのクソジジイの我儘だ」

「ん? 全っ然、分からないんですけど?」

「なぅ?」


 元ギルマスが、軽い感じで簡単に説明して肩を竦めてみせましたが、さっぱり分からないと、水龍ちゃんとトラ丸がそろって首を傾げました。


「後で詳しく話すよ。薬師ギルドをクビになってしまったから、まずは私物をまとめて来ないとな」


 元ギルマスは、にっこりと水龍ちゃんにそう言うと、執務室へと向かいます。


「たいした荷物も無いじゃろう。わしらは退会の手続きをしておるからの」

「りょうかーい」


 おばばさまが、元ギルマスの背中へ向けて声を掛けると、元ギルマスは、軽い口調で答えて手をひらひらさせました。


 おばばさまは、近くにいたギルド職員のお姉さんを捕まえて、薬師ギルド退会の手続きを求めました。お姉さんは、戸惑ったようすながら、おばばさまの指示に従い、水龍ちゃんとおばばさまの退会手続きを行ってくれました。


「あの、ひょっとして、水龍ちゃんが退会しちゃうと、水龍ちゃんの作ったポーションが手に入らなくなっちゃうんですか?」


 若いギルド職員のお姉さんが、恐る恐ると声を上げると、ほかの職員のお姉さん達が悲しそうな顔でお互い顔を見合わせ、そして、おばばさまへと視線を向けました。


「まぁ、そうなるじゃろうな」

「「「そんなぁぁ……」」」


 お姉さん達の視線を浴びたおばばさまが、当然とばかりに淡々と答えると、お姉さん達数名の落胆した声が響きました。


 彼女たちを筆頭に、薬師ギルドのお姉さん達は、美容のためにと、水龍ちゃんの作った新型治癒ポーションを薄めて飲んでいるのです。そのポーションが手に入らないとなれば、彼女たちにとって深刻な事態に違いありません。


 落胆の声を上げたお姉さん達も、声を上げなかったお姉さん達も、皆、この世の終わりのような顔をしてうなだれるのでした。


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