第118話 山の奥で

 水龍ちゃんとトラ丸は、ヒール草と相性の良い素材を求めて、今日は、ダンジョンのとある階層にある山間部を探索しています。


 以前、ジャングルで紫ドラゴラやマンドラゴラもどきなど、いくつかの素材を採集して試したのですが、ヒール草と一緒にポーション錬成しても特段の変化は見られませんでした。


 なので、改めて良い素材となりそうな薬草などを探しているのです。


「空気が澄んでいて気持ちがいいわね」

「なー」


 水龍ちゃんとトラ丸は、木々に覆われた涼し気な山道を上機嫌に登って行きます。もちろん手に入れにくい薬草や珍しいきのこ類など探しながらの山登りで、既にいくつか採集しています。


 しばらく山道を進むと、川が流れていました。


「きれいな水が流れているわね」

「なー」


 川へ近寄り、流れを覗き込むトラ丸と水龍ちゃんは、ちょっと嬉しそうです。


 その川は、大きな石がゴロゴロしていて、不規則に川面から頭を出した石たちを足場に、トラ丸が、ぴょんぴょんと飛び渡って遊び始めました。


「ふふっ、楽しそうね」

「な~♪」


 トラ丸の後を追って、水龍ちゃんもひょいひょいっと、石の上を渡って行きます。


 川の流れを遡るように、水龍ちゃんとトラ丸は、ひょいひょい、ぴょんぴょんと飛び石遊びを楽しみます。


 そして辿り着いた先には、切り立った岩山の前に出来た大きな泉がありました。


「きれいな池? いや、奥の方で水が湧き出しているから泉ね」

「なー?」


 水龍ちゃんが、水の流れを把握して大きな泉だと判断していると、トラ丸が、水際に漂う小さなクラゲのような物を見つけて、なにこれー? と興味を示しました。


「ん? それは、水くらげ草の花ね。くらげと言っても海にいるあのクラゲじゃなくて、立派な植物なのよ」

「なー」


 水龍ちゃんが、水際の小さな水くらげ草の花をツンツンとつついて説明すると、トラ丸が、そーなんだー、とかわいらしく鳴きました。


「なんでも、お肌に良い成分がたっぷりと含まれているらしくてね、一部の人が高値で買い取ってくれるらしいの」

「なー」


 さらに追加の説明に、トラ丸は、なるほどー、とかわいらしく相槌を打ちます。


「だけど、持って帰るのが大変みたいよ」

「なー?」


「どうしてかって? きれいな水に入れておかないと、だんだん臭くなるんだって。あまりにも臭いと売れなくなるそうよ」

「ぅなー……」


 臭くなると聞いて、トラ丸は、何とも言えない顔になりました。


「だからという訳ではないけれど、水くらげ草が生えているところは、とってもきれいで澄んだ水なのよ」

「なー」


 水龍ちゃんの言うとおり、泉の水はとても綺麗で澄んでいます。

 見渡せば、水辺には、澄んだ水でしか育たないような草花が青々と元気いっぱいに育っています。


「あ、あそこに水くらげ草が生えてるわ」

「なー?」


 水龍ちゃんが、目ざとく水くらげ草を見つけて指さしましたが、その先には泉の水面しか見えなくて、トラ丸は、どこー? と辺りを見回しています。


「ふふっ、そこの水の中よ。水くらげ草は、水の中に生えていて向こうが透けて見えるような水草だから、よーく見ないと見つけられないわ」

「なー」


 水龍ちゃんが、教えてくれたとおり、よくよく見れば、水くらげ草が水の中をゆらゆらと揺れています。細長い茎の先には小さなクラゲのような花が鈴なりについていて、それが名前の由来のようです。


 先ほどトラ丸が見つけたのは、茎から外れた花が、水辺に流れ着いたものだったようです。


「あ、向こうに生えているのは、わさびじゃないかしら。ダンジョンで採れるわさびは一味違うらしいから、採っていかないという選択肢はないわね」

「なー!」


 水龍ちゃんが、水辺の一角にわさびを見つけて目をキラキラと輝かせると、トラ丸も、わーい! と嬉しそうです。


「トラ丸、行くわよ!」

「ぅな!?」


 水龍ちゃんが、水の上をパシャパシャと歩き出したのを見て、トラ丸が、ビックリしています。


「どうしたの?」

「なー!? なー?」


 水龍ちゃんが、トラ丸がついてこないのに気づいて声を掛けると、トラ丸が、なんで!? なんでー? と騒ぎ立てました。


「あら? 水の上を歩いているのが、そんなに不思議なの? 足元の水を操って足場にしているだけよ?」

「なぅ!?」


 水龍ちゃんが、何でもないことのように言ってのけると、トラ丸が、目を見開いて そんなことが!? と驚きを露にしました。


「こうして水の上を歩けば、荷物が濡れなくて済むわよ。トラ丸もやってみて」

「なー!」


 水龍ちゃんに促され、トラ丸がフンスとやる気を出して、いざ水面へと足を踏み出しました。


 パシャパシャ……

「なぅぅ……」


 しかし、トラ丸は水の上を歩くことが出来ずに、水の中に体を沈めてしまい、何だか落ち込んでしまったようです。どうやらトラ丸にとっては、水の上を歩くのは難しかったです。


「あらら、ずぶ濡れになっちゃったわね」

「なー……」


 すぐに水龍ちゃんが、トラ丸を水から引き揚げましたが、ずぶ濡れになったトラ丸は、ちょっと涙目です。


「大丈夫よ、すぐに乾かすからね」


 そう言って、水龍ちゃんが、トラ丸の体を濡らす水を操って、ぽたぽたと泉へ落としていくと、トラ丸は、頭のてっぺんから順に水気が落ちて乾いてゆき、ふさふさの毛並みに戻ってゆきました。


「なーなー」

「水面を歩くのは難しいって? 大丈夫よ、練習すれば、きっとトラ丸も歩けるようになるわ」


 水龍ちゃんは、トラ丸を抱いて励ましながら、わさびの下へと水の上をパシャパシャと歩き出すのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る