第115話 人体実験

「うぐおぉぉぉぉぉ!!!!!」


 鎧姿のパーティーリーダーが、水龍ちゃんの作った研究中のポーションを腕の傷にかけた途端、彼は苦痛に顔を歪ませて、大きな叫び声を上げました。


「このクソガキがぁ! 毒を盛りやがったな! ぶっ殺してやる!」

「ぅなー!!」


 リーダーが苦しむ様子を目の当たりにした仲間の1人が、怒り狂って水龍ちゃんに槍を向けると、トラ丸が、迎撃とばかりに飛び掛かりました。


 一触即発のその瞬間、槍の男はリーダーに首根っこを掴んで止められ、トラ丸は、素早く動いた水龍ちゃんに体をキャッチされました。


「トラ丸、落ち着いて。大丈夫だから」

「ぅなー!」


 水龍ちゃんが宥めるも、トラ丸は、鼻息荒く槍の男を威嚇します。


「落ち着け! ちょっと激痛が走っただけだ!」

「……」


 一方、リーダーが首根っこを掴んだまま一喝すると、槍の男は、目を白黒させて黙り込んでしまいました。どうやら、槍の男は、自分が早とちりしたことに気づいたものの、ちょっとむくれているようです。


「かなりの激痛が走ったが、どうやら傷は塞がったようだ。もう傷の痛みも無い」


 リーダーが、嬉しそうに左腕の傷口を確認し、左手を握りしめたり開いたりして感触を確かめながら報告すると、彼の仲間達は嬉しそうに騒めき立ちました。


「副作用の方も――」

「うっはー! これ、飲んでも効きますね!」


 リーダーが、副作用について話そうとしたところで、魔法使い風の少女が、大きな叫び声を上げました。


 実は、この少女、リーダーがポーション?を使う際に側にいて、彼が激痛のために手放してしまったポーション瓶を素早くキャッチしていたのです。


 そして、好奇心なのか、半分ほど瓶に残っていたポーション?を飲んだところ、体の傷が回復したため歓喜の叫びを上げたのでした。


「おま……、飲んだのか!?」

「飲みましたとも! ちょっと、にがかったですが、おかげで体中の傷がすっかり治りました! 絶好調です!」


 リーダーが目を丸くして、少しどもり気味に問うと、魔法使い風の少女は、堂々と胸を張って回復したことをアピールしました。


「き、傷が治るときに激痛が走ったりとかしなかったか?」

「ありませんでした。このポーションを飲んだ後、ヒールの魔法を掛けられた時に肌に感じるあの感覚が、体の内側、五臓六腑からほわわ~と全身に広がってゆき、傷の痛みが和らいで、気付けばすっかり治っていました!」


 さらにリーダーが問うと、少女は、ポーション?を飲んだ時の感覚を身振り手振りを交えて詳しく表現してくれました。


 少女の話を聞いて、リーダーは、あの激痛は何だったんだ、と衝撃を受けてしまったもようです。


「いや、それより、おまえ、副作用は出てないか? どこか気持ちが悪いとか、お腹が痛いとか……」

「無いですね! 身も心もすっきりしてますよ! 一晩ぐっすり眠った後にすがすがしい朝を迎えた気分です!」


 リーダーが、すぐに衝撃から立ち直り、副作用について心配そうに問うも、少女は全くもって気分爽快だと元気いっぱいに答えるのでした。


「そ、そうか……」

「それより、回復効果の確認ができたのですから、早くポーションを使うべきです」


「そ、そうだな」

「ようし! 私が飲ませて差し上げましょう!」


 リーダーが、激痛の衝撃のせいか、どこか歯切れが悪く戸惑っていると、魔法使い風の少女が、テキパキと動いて、瀕死の重傷を負った女性に研究中の黄色いポーション?を飲ませました。


 すると、重傷だった女性の傷口という傷口が、ほんわかと淡い光を放ち、彼女の苦しそうだった顔つきが和らぎました。


「ありがとう。楽になったわ」

「「「おおおっ!!!」」」


 重傷を負っていた女性が、仲間達へとにっこり微笑んでお礼を言うと、みんな嬉しそうに喜びの声を上げました。


「どうやら、傷は治ったようですね」

「ああ、ありがとう! 本当にありがとう!」


 水龍ちゃんが、トラ丸を胸に抱きながらリーダーに声を掛けると、彼は、目に涙を浮かべて、しきりにお礼を言うのでした。


「それじゃぁ、わたし達は、これで失礼するわ」

「えっ!? いや、もう少し話をしたいのだが、その、お礼をだな……」


「この子が怒ってるので、早く離れたいんです」

「そ、そうか……」


 水龍ちゃんに抱えられたトラ丸は、少し離れたところで喜び合っている槍の人達を睨みつけて、ぷんすかしていたのです。


 何とも言えない顔をしているリーダーに背を向けて、水龍ちゃんは、トラ丸を抱えたまま走り去りました。




 しばらく走って、先ほどのパーティーが見えなくなると、水龍ちゃんは、トラ丸を下ろして一息つきました。


「なー!」

「トラ丸も、そんなに怒らなくてもいいわよ」


 水龍ちゃんが、しゃがみ込んで、ぷんすかしているトラ丸を優しくなでなでしてあげると、トラ丸の怒りも徐々に収まってゆきました。


「だけど、思わぬところで人体実験ができたわね。人間が飲んでも大丈夫みたいだったし、ちゃんと傷も治ったわ。大きな収穫だったわね」

「なー」


 水龍ちゃんが、先ほどのことを振り返ると、トラ丸が、そっかー、とすっかり通常モードに戻って相槌を打ちました。


「さぁ、トラ丸、ずいぶん時間を取られちゃったし、急いで帰るわよ」

「なー?」


「魔獣を捕まえないのかって? そうね。あそこにオーガがいるから、今日はあれを捕まえて帰りましょ」

「なー!」


 水龍ちゃんとトラ丸は、手ごろなオーガを1体あっさりと捕まえて、猛スピードでダンジョン出口へと走り抜けるのでした。

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