第112話 蝶ネクタイ

 ソレイユ工房を訪れた水龍ちゃんとトラ丸は、トラ丸目当てに突撃してきたニーナという少女に驚かされました。しかし、サラさんが、ニーナさんを叱りつけると、ニーナさんは、しょんぼりとしてばつが悪そうに小さくなっていました。


 サラさんは、取りあえず、お茶とお茶菓子を出してから、改めてニーナさんを紹介してくれます。


「改めて紹介するわ。私の妹のニーナで小物を作るのが得意なんだ。トラ丸みたいにかわいい動物をみると、ちょっと周りが見えなくなることがあるけど、まぁ、悪い子じゃないんで、仲良くしてやってほしい」

「あ、あの、ニーナです。さっきはごめんなさい」


「はじめまして、水龍です。この子は、トラ丸っていいます。よろしくお願いしますね、ニーナさん」

「なー……」


 改めての挨拶となり、ニーナさんは、素直に頭を下げましたが、トラ丸は、ちょっと警戒気味のようです。


「うぅ……、警戒されてるぅ……」

「自業自得だろ?」


 ニーナさんが、しゅんとして涙目で呟くと、サラさんが、にべもなく言いました。


「ちょっとビックリしただけだよねー、トラ丸」


 水龍ちゃんが、そう言ってトラ丸をなでなですると、トラ丸は、気持ちよさそうに目を細めました。


「うはーっ! かわいいー!! 私もなでなでしたいです!」

「こら! そんなんだとトラ丸に嫌われるぞ!」


 ニーナさんは、トラ丸の仕草を見て目を輝かせ、テンション高くトラ丸をなでたいと手を上げると、サラさんに苦言と拳骨を貰ってしまいました。


「痛たた……」

「それより、試作品はちゃんと持ってきたんだろうね?」


 涙目で頭を押さえるニーナさんに、サラさんは、やれやれといったようすで尋ねました。


「もちろんよ。はい」

「わぁ、おしゃれな蝶ネクタイね」

「な~♪」


 ニーナさんが、どこに隠していたのか、小さなかわいらしい蝶ネクタイを差し出して見せると、水龍ちゃんとトラ丸が、キラキラと目を輝かせました。


 以前、トラ丸の首飾りの打ち合わせをした時に、蝶ネクタイみたいなのがいいのではというアイデアが出て、今回、それを試作してくれたのです。


「えへへ、この裏のところにポケットが付いていて、小さなものなら中に入れることが出来るのよ」


 ニーナさんは、得意げな顔で蝶ネクタイを裏側にして見せると、蝶ネクタイの結び目に当たる部分に小さなポケットが付いていて、小物を入れることが出来る構造になっていました。


「うわぁ、素敵ね。トラ丸。これならスパイスベリーを入れておけるわよ」

「な~♪」


 水龍ちゃんもトラ丸も、裏ポケット付きの蝶ネクタイを気に入ったようです。


「ふっふぅん、まだあるわよ」


 そう言って、ニーナさんは、どこから出したのか、さらに2種類の蝶ネクタイを差し出してきました。


「わぁっ! トラ丸、こっちも素敵なデザインよ!」

「なー!」


 新たな蝶ネクタイを目の当たりにして、水龍ちゃんとトラ丸のテンションがさらに上がりました。


 全部で3つの蝶ネクタイは、シンプルな赤系と、青地に水玉模様、そして、緑地にオレンジの花柄模様が入ったものと、それぞれに魅力的な生地を使用しています。


 そして、首回り部分の太さが違い、さらには蝶結び部分の形や大きさもそれぞれ違っていて、どれもかわいらしく仕上がっていました。


 喜ぶ水龍ちゃんとトラ丸をみて、ニーナさんが、とても嬉しそうに笑みを見せるその横で、サラさんが、いつの間に……と呆れた顔で小さく呟いていました。


「これらの試作品をベースにして、より良い物を作るつもりだよ。水龍ちゃんとトラ丸の好みもあるだろうから、気になるところがあったら遠慮なく言って欲しい」

「絶対、トラ丸ちゃんの気に入るものを作って見せるわ!」


 サラさんが場を仕切り、ニーナさんがフンスと鼻息を荒くして制作の意気込みを見せると、テーブルに置かれた3つの試作品をみながら、みんなであーだこーだと打ち合わせが進められました。


 さらに、生地だけのサンプルもたくさん出て来て、肌触りや好みの色柄など、サンプル生地を触りながら確かめることができました。


 首回りの太さやメインとなる蝶結び部分のデザインなど、トラ丸の意見も踏まえて和気あいあいと楽しみながら1つずつ決めてゆきました。


 なんだかんだで、水龍ちゃんは、トラ丸の蝶ネクタイを2種類作ってもらうことに決めました。


 オーダーメイドなので、それなりの値段になりますが、トラ丸が、マフィアギルド捕縛の褒賞金で買うと言うので、お金はそこから出すことになりそうです。


「ふふっ、トラ丸ちゃん! 素敵な蝶ネクタイを作るわね!」

「なー!」


 ニーナさんが、トラ丸に笑顔で制作意欲を示すと、トラ丸が、がんばってー! と応援しました。いつの間にやら2人とも打ち解けたようです。


 水龍ちゃんとサラさんは、そんなトラ丸とニーナさんを微笑ましく見つめていたのですが、そこで、水龍ちゃんが、あっ、と思い出したようにバックパックを開いてヒールジカの角を取り出しました。


「サラさん、これの加工ってできますか?」

「これは、ヒールジカの角かい?」


「はい。枝分かれした部分を取り除いて、棒状にして欲しいんです」

「加工だけなら難しくないね。希望の太さと長さを教えてくれれば安く承るよ」


「本当ですか! じゃぁ、これくらいの太さでお願いします」

「毎度あり!」


 水龍ちゃんが、ヒール草専用の掻き混ぜ棒の制作を依頼すると、サラさんは、にっこり笑顔で引き受けてくれました。


 数日後には、トラ丸の蝶ネクタイとヒールジカの角の加工が終わるというので、またソレイユ工房を訪れる約束をして、水龍ちゃんとトラ丸は、大変満足そうに家路に着くのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る