第107話 おもしろい現象

「あれ? 魔力が全然感じられなくなってる?」

「なー?」


 水龍ちゃんは、ポーション錬成部屋の棚に置いておいた黄色いポーション?を見て首を傾げました。


 それは、昨日、ダンジョンのお花畑で作ったポーション?で、鑑定結果は5級でしたが魔力を感じたため、何かあるのではと考えて捨てずに保管していたものです。


「う~ん、気になるわねぇ……」

「なー」


「そうね、ばばさまが待ってるわね」

「なー」


 水龍ちゃんは、黄色いポーション?が気になるものの、大瓶に入った治癒ポーションをバックパックに詰めると、おばばさまと一緒に薬師ギルドへ向かいました。


「ほほう、昨日、感じられた魔力が消えておったとはのう」

「そうなのよ。魔力が、霧散しちゃったみたいなの」


 道すがら、おばばさまは、興味津々といった様子で、水龍ちゃんと黄色いポーション?の話をしています。おばばさまは、昨日のうちに実物を見ているので、水龍ちゃんの話す内容もすぐに理解していました。


「わしもヒール草の研究には詳しくないのじゃが、おもしろい現象じゃのう」

「私もそう思うの。もっといろいろ調べてみたいわ」


「ふはははは、いいのう、いいのう、好きなだけ研究するといいのじゃ」

「ふふっ、がんばるわ」

「なー!」


 おばばさまとトラ丸に応援されて、水龍ちゃんは、にっこり笑顔の中にもやる気を漲らせるのでした。




 薬師ギルドでいつものように治癒ポーションを買い取ってもらった水龍ちゃんは、青龍銀行へ行って入出金履歴の分かる伝票を受け取ると、帰宅して各種伝票と照らしあわせて帳簿付けを行いました。こういうことは細目にやるようにシュリさんからアドバイスを受けているのです。


「う~ん、魔物ショップとの取引の帳簿記載は、これでいいと思うんだけど、一応シュリさんに確認しておこうかな」


 ひと通り帳簿を付け終えた水龍ちゃんは、商業ギルドへ行くことにしました。


 トラ丸と一緒に商業ギルドのいつもの101番窓口へ行き、シュリさんを見つけると、水龍ちゃんは、軽く挨拶をしてから帳簿の確認をお願いしました。


「ふむ、さすがは、水龍様ですね。魔物ショップとの取引の記載もこれでよろしいですよ」

「よかった」


 シュリさんに問題ないと言われ、水龍ちゃんは、ほっと胸をなでおろしました。

 そこへ、現れたのは、トーマスさんです。


「こんにちは、水龍ちゃん」

「こんにちは、トーマスさん」


「聞きましたよ。水龍ちゃんの作った毒消しサンドの復活をハンター達が待ち望んでいるそうですね」

「そうみたいですね。でも、作りませんよ?」


 どこから耳にしたのか、トーマスさんが、もみ手で毒消しサンドの話を持ち出してきましたが、水龍ちゃんは、バッサリと切り捨てました。


「ええ、ええ、作るのに手間が掛かるのと、日持ちもしないため作りだめが出来なくて、お休みが取れなくなってしまうのが嫌なのですよね」

「そうなのよ。やっぱりお休みは必要でしょ?」


 一流の商人の情報網は伊達ではないようで、トーマスさんは、水龍ちゃんが毒消しサンドを作らなくなった理由を的確につかんでいました。


「もちろんお休みは必要ですとも。そこで、ご提案なのですが、手間のかかる作業を我々の方で請け負わせて頂くというのは、どうでしょうか?」

「ん? どういうこと?」


 トーマスさんの提案に、水龍ちゃんは小首を傾げました。


「ふむ、よろしければ、応接室をご用意いたしますよ」

「おお、ありがとうございます」

「ん?」

「なー?」


 2人のやり取りを見ていたシュリさんが、話が長くなりそうだと感じたのでしょうか、応接室を用意してくれるようです。にっこり笑顔で礼をいうトーマスさんと頭にハテナを浮かべた水龍ちゃんとトラ丸は、シュリさんの案内で応接室へと場所を移しました。


 応接室へ移動した水龍ちゃんたちは、そこで、トーマスさんの提案を詳しく聞きました。なぜかシュリさんも同席しています。


 トーマスさんの話では、毒消しサンドの生産は、水龍ちゃん1人で全てを作る必要はなく、人を雇って作ってもらうとか、既存のパン屋さんに委託するとか、いろいろ方法はあるというのです。


 そして、エメラルド商会が懇意にしているパン工房で製造販売を行うという具体的な提案をしてきたのです。


 水龍ちゃんには、レシピの詳細をパン工房へ教え、作業員への指導をしてもらえばよいという話で、利益の一部をレシピ使用料として分配してくれるそうです。


「う~ん……、パン屋さんなら、卵サンドじゃなくても、もっと美味しい毒消しパンを作れそうよねぇ……」

「えーと……」


 ひと通り話を聞いた後、腕を組んで考えだした水龍ちゃんに、トーマスさんは、どうしたものかと言葉を探しているようです。


「そうだ! マヨネーズ! 私が毒消し成分入りのマヨネーズを作って売るの。それでね、そのマヨネーズを使って、パン屋さんが、いろんな美味しいパンを作ればいいと思うわ」


 水龍ちゃんが、パンッと手を叩いて、いいこと思いついたとばかりに閃きを語りました。


「ほほう、なるほど、毒消しサンドだけではなく、いろいろな毒消しパンが作れるということですか」

「ふむ、毒消しマヨネーズという調味料であれば、パンだけではなく、いろいろな料理に応用できると仰るのですね」


 トーマスさんとシュリさんが、水龍ちゃんの閃きを聞いて、それぞれ感心しきりに思うところを述べました。


「うふふっ、何だか美味しい毒消し料理が出来る予感がするわ」

「猫の手印の毒消しマヨネーズの誕生ですね」

「さっそく、詳細について話しましょう」

「なー!」


 水龍ちゃんに続いて、シュリさん、トーマスさん、トラ丸が、みんな楽しそうに声を上げると、和気あいあいの雰囲気の中、毒消しマヨネーズの製造販売について検討が続けられるのでした。

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