第103話 魔獣ステーキ

「うわぁ、おいしそう!」

「なー!」


 水龍ちゃんとトラ丸は、目の前に置かれた分厚いステーキを見て簡単の声を漏らしました。


 鉄板の上でジュウジュウと音をたてる分厚い魔獣肉は、焼き色も良く、食欲をそそる香ばしい匂いと相まって、思わずよだれを垂らしてしまいそうです。


「さぁ、熱いうちに食べようじゃないか」

「「いただきまーす!」」

「なー!」


 ハンターギルドのギルドマスターの声で、水龍ちゃんとアーニャさんは、揃っていただきますをして魔獣ステーキを食べ始めました。


 今日は、この後、ギルマスと警察署へ行って、先日捕らえたマフィアギルドの報奨金を受け取る予定です。


 その前に、ギルマスのおごりで、お昼ご飯を食べに行こうということになり、魔獣ステーキが美味しいというレストランへやって来ているのです。


「お肉がやわらか~い♪」

「な~♪」


 水龍ちゃんとトラ丸が、美味しそうにお肉を食べるようすを見て、ギルマスもアーニャさんもニコニコ顔です。


「このソースがまた美味しいのよねぇ」

「食べ応えがあって最高だな」


 アーニャさんとギルマスも魔獣ステーキを味わい、幸せそうに言葉を漏らします。


 店員さんによると、ダンジョン産の上質な魔獣肉を使ったステーキで、独自の技術で熟成させて最大限に旨味を引き出しているそうです。加えて、秘伝のソースを絡めることで、よりいっそう深みのある味わいを楽しめると謳っています。



 みんな魔獣ステーキを食べ終え、食後に頼んだ紅茶を飲んで一息ついていると、アーニャさんが、ちょっと言い難そうに話し出しました。


「最近ね、ハンター達の間で、毒消しサンドを是非とも復活させて欲しいって要望が多いのよ」

「そうなんですか? でも作るのが面倒くさいし、お休みが取れなくなるから作りませんよ」


 アーニャさんの話に、水龍ちゃんは淡々と釘を刺しました。毒消しサンドは、作るのに時間が掛かるのに加えて、日持ちがしないために作り置きが出来ず、水龍ちゃんのウキウキワクワク休暇計画に支障をきたすのです。


「まぁ、そうよねぇ……」

「別に特許を取った訳でもないし、誰かほかの人が作ればいいんじゃないですか?」


 苦笑いしつつ納得するアーニャさんに、水龍ちゃんは、誰でも思いつきそうな解決策を投げかけました。


 実際、ハンターギルドで販売する際、毒消し効果のある薬草を混ぜ込んでいるとハンター達には伝えていたので、真似することは十分可能と思われます。


「それがね、——」


 アーニャさんが、ハンター達から聞いた話を教えてくれました。


 実際、ダンジョン村の屋台で毒消しを謳う卵サンドを出しているところが何件かあるそうですが、苦みや辛みが酷くて、とても食べられたものではないのだそうです。


 何とか食べられそうな味の物もあるのだそうですが、それらは毒消し効果がほとんどなくて、ただの美味しくない卵サンドだといいます。


 水龍ちゃんの毒消しサンドを食べていたハンター達は、そんな惨状に我慢できずにハンターギルドに対して、毒消しサンドの復活を訴えてきているというのです。


「それはまた、困ったものですね」

「ちなみに、苦みと辛みが酷い卵サンドを我慢して食べても、水龍ちゃんの毒消しサンドほどの効果は得られないって嘆いていたわ」


 水龍ちゃんが、何とも言えない顔で呟くと、アーニャさんが、さらに悲しい惨状を教えてくれました。聞いていたギルマスもちょっと渋い顔をしています。トラ丸だけはどこ吹く風とのんきに欠伸をしてました。


「わたしは作らないですよ?」

「まぁ、そうね。本人に作る気が無いなら仕方がないわ。毒消しサンドの復活は無いって伝えておくわね」


 再度、水龍ちゃんが念を押すと、アーニャさんは、何かが吹っ切れたような、さっぱりとした笑顔で話を締め括りました。


「そうそう、ダンジョン出張所にいた ちょび髭なんだけどね、——」


 そして、アーニャさんは、にっこり笑顔で素早く話題を変えました。


 先日、水龍ちゃんに酷いことをしたダンジョン出張所のちょび髭所長の話で、彼を筆頭に数名の職員が若葉マークの新人ハンター相手に不適切な買取価格を強制していたそうです。


 ここまでは、アーニャさんの取り調べ?により、彼らもブルブル震えながら概ね罪を認めたため、しばらく謹慎処分にしたそうです。


 しかし、さらに出張所の事務所を詳しく調べていくと、一部の商会と不正な取引をしていたことが疑われる書類が見つかったそうです。


 ちょび髭所長の主導で不正取引が行われていたと見て、一度、警察へ行って、対応を相談するそうです。


「まぁ、水龍ちゃんとマフィアギルドの報奨金を受け取るついでに、警察とは軽く相談してくるつもりだよ」

「ギルマス、褒賞金の受け取りの方がついでですよね?」


 ギルマスが、肩を竦めて言うと、アーニャさんが、冷ややかな笑顔で突っ込みを入れてきました。事の重大さを考えてくださいと暗に語っているようです。


「ソウデシタ……」


 アーニャさんの冷ややか笑顔に何かを感じたのでしょうか、ギルマスは、背筋をピンと伸ばしてぎこちない声で答えるのでした。




 その後、アーニャさんも一緒に警察署へと向かい、水龍ちゃんとトラ丸は、ギルマスと共にマフィアギルドの褒賞金を受け取りました。


 ギルマスとアーニャさんは、引き続き不正取引の相談をするため警察に残るというので、水龍ちゃんはトラ丸を連れて帰路につきました。


「トラ丸が倒したマフィアギルドの褒賞金よ。トラ丸が稼いだお金だから何か欲しい物があったら買うといいわ」

「なー」


 水龍ちゃんの言葉に、トラ丸は、わかったー、と答えていたようですが、トラ丸は、いったい何を買うつもりなのでしょうか。

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