第98話 お怒りです

 今日は、アーニャさんとお買い物の約束をしています。水龍ちゃんとトラ丸は、待ち合わせ場所の噴水公園へとやって来ました。この公園は、中央に大きな噴水があって街の人達の憩いの場所となっています。


「やっぱり、水はいいわねぇ」

「な~♪」


 噴水を前にして、水龍ちゃんとトラ丸は上機嫌です。中央の水瓶みたいな石の彫刻から勢いよく真上に吹き出す噴水は、おそらく魔道具を使っているのでしょう、なかなかに見ごたえがあります。


「おはよう、水龍ちゃん。お待たせしたかしら?」

「おはようございます、アーニャさん。私達も、今来たところですよ」

「なー!」


 アーニャさんがやって来て軽く挨拶をすると、水龍ちゃんたちは、目当てのお店屋さんへ向かって歩き出しました。


「昨日は、ダンジョンへ行ったのよね。どうだった?」


 公園の中を歩きながら、アーニャさんが、にっこり笑顔でダンジョンの話を聞いて来ました。


 水龍ちゃんは、ハンターギルドの若葉マークの扱いについて、アーニャさんにいろいろ聞こうと思っていたので、ちょうどいいとばかりに話し始めます。


「それがね、カミツキスッポンを捕まえて持ち帰ったら、まずブルーダイヤ商会が金貨30枚で買い取ってくれるって話になったんです」

「初日から金貨30枚を稼ぐなんて、さすが水龍ちゃんね」


「だけど、ハンターギルドの人がね、私のハンターカードが若葉マークだから銅貨3枚だって言ってきたんですよ」

「えっ? 何それ。何でそんなことになるの?」


 さすがは水龍ちゃんと、感心するように聞いていたアーニャさんですが、金貨30枚が銅貨3枚となったところで、驚いてしまいました。


「なんか、若葉マークの新人ハンターが高価な素材狙いで強力な魔物に殺されないようにするためにって言ってたわ。それで、若葉マークのハンターが持ち込んだ素材や採集品の買取は、銅貨3枚を超えない額でハンターギルドが買い取るルールになってるんだって言うのよ」


「何それ、そんなルールなんて無いわよ。確かに、新人ハンターが実力に沿わない魔物素材を持ってきた場合、気を付けるように注意することにしているけれど、素材の買取価格を不当に下げるなんて話、ありえないわ」


 水龍ちゃんが、ハンターギルド職員から聞いた理由を話すと、アーニャさんは、眉根を寄せて、憤りをあらわにしました。


「それで? 水龍ちゃんは、銅貨3枚しか貰えなかったの?」

「ううん、そんなことハンター規約に書いてないからって言って、売らないことにしたわ」


「さすが、水龍ちゃんね。それで正解よ」

「えへへ」


 お怒りだったアーニャさんですが、水龍ちゃんの対応を聞いて、少し怒りが和らいだようです。水龍ちゃんも、対応が正解と言われて嬉しそうです。


「だけどね、その後、ちょび髭の所長さんが現れて、『ここではハンターギルド所長の俺がルールだ。この先、ダンジョンで稼ぎたいなら、こいつを銅貨1枚で置いて行け』って言ってきたの」


「ほほう、ちょび髭がねぇ……」


 さらに水龍ちゃんが、ちょび髭所長の話をすると、アーニャさんのこめかみにピキッと青筋が立ちました。なんだか周りの温度が低くなったような気がします。


 そんなアーニャさんに、トラ丸は異変を感じたのでしょう、そうっと音もなく水龍ちゃんの方へ移動して、ひっそりと気配を消していました。


「水龍ちゃん、ちょび髭は、ほかにも何かおかしなことを言ってたかしら?」


 アーニャさんは、こめかみに青筋を浮かべたまま、笑顔を顔に張り付けて、さらにちょび髭所長の言動について尋ねてきました。


「えっと、たしか『ダンジョンで討伐した魔物素材は、ここで売買する決まりになってんだ』って言ってたかな。でも、あとでプリンちゃんに聞いたら、そんな決まりなんて無いって言ってたわ」


「そんなことを……。それは、プリンちゃんが正しいわね。ダンジョンで得た魔物素材は、どこで売っても問題ないわ」


 水龍ちゃんの話を聞いて、アーニャさんは青筋付きの笑顔を顔に張り付けて淡々と答えていましたが、さらに周囲の温度が下がった気がします。トラ丸は、水龍ちゃんの足元でガタガタと震え出してしまいました。


「ほかにも水龍ちゃんが、おかしいなぁって思ったところがあったら教えてちょうだい」

「う~ん、ほかには思いつかないわ」


「そう、いろいろ教えてくれて、ありがとう」

「ん? どういたしまして?」


 アーニャさんが、話し終えた水龍ちゃんにお礼を言うと、水龍ちゃんは、なんでお礼を言われるのだろうと、頭にハテナを浮かべていました。


「それでね、水龍ちゃん。ほんっとに申し訳ないんだけど、私、急用を思い出しちゃったの。お買い物は、また今度でいいかしら?」

「急用ですか?」


「ええ、ギルマスを連れてダンジョン出張所へ行く予定だったのを思い出したわ。ついでに、ちょび髭と、じーっくりと、お話し合いをしてくるわね」

「そうですか。残念だけど、お仕事なら仕方ないわね」


 仕事と言われれば、仕方がありません。水龍ちゃんとトラ丸は、アーニャさんがハンターギルドへ向かうのを見送りました。


 アーニャさんの後姿に、ゆらゆらと燃え上がるような何かが見えたのは気のせいでしょうか。トラ丸は、水龍ちゃんの足元にすり寄って、ブルブルガタガタと震えています。


「あら? トラ丸、どうしたの?」

「なぅ……」


 水龍ちゃんは、涙目で震えるトラ丸を抱き上げました。


「アーニャさんが怖かったの? 大丈夫よ。ちょっと怒ってたみたいだけど、トラ丸を取って食べたりはしないわ」

「……」


 よしよしとトラ丸を優しく撫でてなだめる水龍ちゃんの腕の中で、トラ丸は、しばしの間ふるふると涙目で震えていたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る