第97話 魔物ショップ

「ほほう、これは凄いのう。傷らしい傷がない」


 ゲン爺さんは、甲羅を下にして置かれたカミツキスッポンを前に、唸るように言いました。それからぐるりとカミツキスッポンの周りを回りながら魔物の状態を観察していました。


「うむ、是非とも買い取りたいところだがのう……」


 ゲン爺さんは、顎髭を撫でつけながら呟くと、チラリとプリンちゃんを見ました。


「水龍ちゃんはすごいのだぞー! 凄腕ハンターだし、それでいて、我が商業ギルドの会員でもあるのだー! そして、あたしの友達なのだー!!」


 プリンちゃんは、ゲン爺さんの視線に気付くと、自慢げに言い放ちました。


「なるほど、商業ギルド会員であれば問題なかろう。よし、このカミツキスッポンを金貨200、いや、250枚で買い取ろう!」

「ええっ!? ダンジョンの商会では、金貨30枚だったのに!」


 ゲン爺さんが示した買取金額を聞いて、水龍ちゃんは、すごく驚いていました。ダンジョンの商会というのは、ブルーダイヤ商会のことですが、そこが提示してきた金額とは1桁違っていたのですから驚きもするでしょう。


「ふむ、金貨30枚だと、死んだ魔物の素材を買い取る価格だろうかの。わしら魔物ショップでは、魔物は生きててなんぼ。生け捕りにすることを考えればこれくらいの金額出しても当然ってなもんよ」


 ゲン爺さんは、驚く水龍ちゃんの疑問に答えるように、魔物ショップならば当たり前の価格だと言いました。


「魔物ショップ?」

「おや? 嬢ちゃん、知らずに来たのか?」


 小首を傾げる水龍ちゃんを見て、ゲン爺さんは、眉根を寄せて疑問を投げると、プリンちゃんへと視線を向けました。


「ふははははははー、言わなかったかー?」


 プリンちゃんの言葉に、水龍ちゃんがふるふると首を振ると、ゲン爺さんは、やれやれと溜め息を吐きました。


「改めて自己紹介といこう。わしは、ニッケル魔物ショップの店長、ゲンマと申す。凄腕ハンターは大歓迎だ。よろしく頼むぞ」

「新米ハンターの水龍です。この子は、相棒のトラ丸です。よろしくお願いします」

「なー」


 ゲン爺さんは、水龍ちゃんが新米と聞いて驚いていました。冗談かという話になって、水龍ちゃんが若葉マーク入りのハンターカードを見せると、信じられんな、と唸っていました。


「ゲン爺ー! こいつを檻へ入れなくて大丈夫かー?」

「おっと、そうであったな。水龍の嬢ちゃん、すまぬが、こいつを檻まで運んでもらえるか?」

「もちろんよ」


 プリンちゃんの言葉で、放置していたカミツキスッポンのことを思い出したゲン爺さんは、水龍ちゃんに運搬を頼むと、長屋の裏側へとみんなを連れて行きました。


 長屋の裏手には、サーカスでも出来そうなほどの大きなテントがありました。ゲン爺さんに案内されるままテントの中へ入ると、檻に入れられた魔獣がたくさん並べられていました。ただ、どの魔獣も怪我をしているようです。


「水龍の嬢ちゃんや、そのカミツキスッポンをこの檻の中へ入れてくれるかの」


 ゲン爺さんが、とても頑丈そうな檻の前でそう言うと、水龍ちゃんは、運んできたカミツキスッポンをポイっと檻の中へと放り込みました。今回はちゃんと甲羅が上になるようにしていました。


 ゲン爺さんが、どこで拾ったのか、長めの木の枝を檻の中へ差し込み、カミツキスッポンの頭の辺りをつつこうとすると、鋭く首を伸ばしたカミツキスッポンが、ガブリと木の枝を嚙み切ってしまいました。


「むふふ、元気がええのう。これなら金貨250枚を払う価値があるわい」


 カミツキスッポンの噛みつき攻撃をみて、ゲン爺さんは、ご機嫌です。


「コロシアムあたりに高値で売れそうだなー!」

「うむ、この生きの良さならば、かなりの金額が期待できるわい。むふふふふ」


 プリンちゃんの声に、ゲン爺さんは自信満々に答えてほくそ笑みます。コロシアムは魔物ショップの取引相手の1つなのでしょう。


「水龍の嬢ちゃんや、支払いは銀行口座に振り込みとしたいのだが、大丈夫かの?」

「ええ、先日、口座を開設したので、大丈夫ですよ」


「それは良かった。では、口座番号を教えてくれるかの」

「はい」


 長屋へ戻ると、水龍ちゃんは、売却金を振り込んでもらうため、所定の用紙に青龍銀行の口座番号を書き込み、ゲン爺さんが用意した取引伝票を受け取りました。手続きの間、プリンちゃんとトラ丸は、どこで見つけてきたのか、ボール遊びをしていました。


「ところで、水龍の嬢ちゃんや、今後も魔獣の捕獲を頼みたいのだが、どうかの?」

「う~ん、ダンジョンを散策するついでに捕まえてくるくらいならいいですよ」


「うむ、それで構わん。魔獣の種類は何でも良いが、強い魔獣ほど高値で買い取らせてもらうぞい。魔獣の傷が酷ければ、その分安くなってしまうがの」

「なるほど、参考にするわね」


 水龍ちゃんは、魔物の販売先を得ることが出来ました。生け捕りにした魔獣限定ですが、かなり高値で買い取ってくれるので嬉しい限りです。


「それと、魔物でも捕まえてくれば買い取るぞ。コロシアムに高値で売れるからな」

「ゴブリンとかですか?」


「ゴブリンは安いな。オークとかオーガなら、良い値がつくぞ」

「なるほど、覚えておくわね」


 魔物ショップと言うだけあって、ちゃんと魔物も買い取るようです。魔物と魔獣の違いは、ざっくり言うと、魔物は倒すと魔石を落として消えてしまいますが、魔獣は倒すと死体が残るというものです。どちらもまとめて魔物と呼ぶハンターも多いですが商人などは区別する人が多いようです。




 すっかり暗くなった道を、水龍ちゃんたちは、てくてくと歩いて帰ります。カミツキスッポンを売ることが出来て、水龍ちゃんはほくほく顔です。


「すっかり暗くなっちゃったわね」

「カメが売れて良かったなー!」

「なー!」


「ふふふ、プリンちゃんのおかげだわ。ありがとう」

「ふははははははー! 友達だからなー!」

「なー!」


「そうだ。今度、一緒にご飯を食べにいきましょ」

「おー! いいなー! 絶対行くぞー!」

「なー!」


 みんなで仲良く話しながら、今度一緒に食事に行く約束をするのでした。

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