第96話 すっぽん売りの少女

「すっぽんでーす。すっぽんはいりませんかー」

「なー」


 夕刻、そこそこ人が行き交う商業ギルドの出入口の真ん前で、水龍ちゃんは、生け捕りにしたカミツキスッポンを横に置き、売り子のごとく声を掛けていました。カミツキスッポンは甲羅を下にして置かれ、おとなしく頭や手足を引っ込めています。


 すると、商業ギルドから出て来たプリンちゃんが、大笑いしながら水龍ちゃんへ声を掛けて来ました。


「ぶわっはっはっはー! すっぽん売りの少女がいるというから来てみれば、水龍ちゃんじゃないかー! 相変わらず楽しいことをしてるなー!」


「あ、プリンちゃん。すっぽんいらない?」

「な~♪」


 プリンちゃんに気付いた水龍ちゃんが、さっそく売り文句を述べる中、トラ丸は、プリンちゃんの下へと嬉しそうにタタッと駆けて行きました。


「魔獣のスッポン丸ごと1体かー! こいつ、まだ生きてるみたいだなー!」

「生きてるわよ。下手に近寄ると噛みつかれるから気を付けてね」


 プリンちゃんが、トラ丸を抱き上げてモフモフしながら、カミツキスッポンを見た感想を素直に述べると、水龍ちゃんが、あっけらかんと注意を促します。


 ちょうど水龍ちゃんが注意したタイミングで、カミツキスッポンが頭をにゅうっと出したものですから、辺りを歩いていた人達が、焦ったようすでささっと距離を取りました。ざわざわと騒めき立つ声が聞こえてきます。


「ぶわっはっはっはー! ほんとに生きてるとは驚きだなー! どうして、すっぽん売りの少女なんかやってるんだー?」

「それがねー、——」


 水龍ちゃんは、ダンジョンで生け捕りにしたカミツキスッポンを売ろうとして、ハンターギルドに買い叩かれた時のことを詳しく話して聞かせました。


「それでね、商業ギルドなら商人たちがいっぱい集まっているでしょう。だから、誰か買ってくれるんじゃないかなって声を掛けてたの」

「なるほどなー! よーし! あたしが、いいところを紹介しよー!」


「ほんと! プリンちゃんありがとう!」

「ふはははははー! 水龍ちゃんは、友達だからなー!」


 水龍ちゃんが話し終えると、プリンちゃんが、カミツキスッポンの売却先を紹介してくれることになりました。


 水龍ちゃんは、カミツキスッポンを頭の上に持ち上げて、トラ丸を抱いたプリンちゃんと一緒にトコトコと街の中を歩いて行きます。通りがかる人達が、目を見開いてカミツキスッポンをガン見していますが、水龍ちゃんたちは全く気にしていないようです。


「そうだ。プリンちゃんに聞きたいことがあるの」

「なんだー?」


「ダンジョンで討伐した魔物の素材は、ハンターギルドの出張所で売らなきゃならないって決まりがあるの?」

「んー? そんな決まりはないぞー!」


「そうなのね。良かった。でもダンジョンの辺りでは、みんなそんな雰囲気だったのよね。どうしてかしら?」

「ふははははー! それはなー! ——」


 街中を歩きながら、プリンちゃんは、水龍ちゃんの疑問に答えるように、いろいろ話を聞かせてくれました。


 プリンちゃんが言うには、ハンター達がハンターギルドへ素材を売るのは、適正価格が分からないから悪徳商人に騙されないようにするためと、税金の取り扱いが面倒くさいからだそうです。


 ハンターギルドに売れば、相場価格で買い取ってくれるし、税金もギルド側が処理してくれるため、楽でいいのだといいます。


 そして、商人たちが直接ハンターから買い付けをしないのは、信用できる相手かどうか判断がつかないため、ハンターギルドを通して買い付けする方がリスクが無くて良いのだということです。


 もちろん信頼のおけるハンターと取引をする商人もいるし、ハンター達もクランと呼ばれる組織を立ち上げて、大手商会と取引をしている例もあるそうです。


「なるほど、そういうことなのね。プリンちゃんは、詳しいのね」

「ふははははははー! 商業ギルドのギルドマスターだからなー!」


 話を聞いて納得した水龍ちゃんに、プリンちゃんも嬉しそうに笑うのでした。


 そんなふうに話をしている間に、日が沈み始めて薄暗くなったころ、街の郊外へとやって来ました。


 そこには、通りに面して長屋が建っており、プリンちゃんが、そのうちの1軒の扉をバーンと開け放ちました。


「たのもー! あたしは商業ギルドのギルドマスター、プリンだー!」


 プリンちゃんが、腰に手を当て胸を張って元気に叫ぶと、長屋の中にいた紫のスーツを着たお爺さんが、お茶を手にしたまま、ぎょっとした目をプリンちゃんに向けました。


「ビックリさせるな! 心臓が止まるかと思ったわ!」

「ふははははははー! ゲン爺、まだまだ元気そうだなー!」


 紫スーツのお爺さんは、クワッと目を見開いてプリンちゃんを叱りつけましたが、プリンちゃんは、何食わぬ顔で笑い飛ばすと元気に声を張り上げました。


「で? 用があるのは、後ろの娘っ子か?」


 ゲン爺と呼ばれたお爺さんは、すぐに切り替えて、プリンちゃんの後ろに控える水龍ちゃんへと目を向けました。水龍ちゃんは、既にカミツキスッポンを地面に下ろしていて、トラ丸がスッポンの上にちょこんとお座りしています。


「あたしの友達の水龍ちゃんだー!」

「初めまして、水龍です。生きのいいすっぽんはいりませんか?」


 プリンちゃんに元気よく紹介された水龍ちゃんは、軽く挨拶をすると、にっこり笑顔ですっぽんを売り込むのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る