第95話 若葉だから?
ダンジョン入口付近にあるハンターギルド出張所で、水龍ちゃんが生け捕りにしたカミツキスッポンを金貨30枚で売ることになり、その手続きのため、ハンターギルド職員に新品のギルドカードを見せたところ……。
「若葉マークにこんな危険な魔物素材の取引をさせるわけにはいきませんね。こいつはハンターギルドの方で銅貨3枚で買い取らせてもらいます」
「ええっ!? なんでぇー!?」
ギルド職員から告げられた言葉に、水龍ちゃんの絶叫が響き渡りました。そして、周りにいた商人たちも騒然となりました。
「いいですか? ハンターギルドは若葉マークの新人ハンターに対して、高価な素材狙いで強力な魔物に殺されないようにと、常日頃から注意を促していますよね?」
ギルド職員は、やれやれと言った様子で、聞き分けの無い子供へ言い聞かせるように新人ハンターへの注意事項について確認して来ました。
「それは知っているわよ。ハンターカードを貰った時に、自分の力を過信しないようにって言われたもの。ハンターの心得にも書いてあるわ」
水龍ちゃんの答えに、ギルド職員は1つ頷き、説明を続けます。
「その一環として、若葉マークの新人ハンターが持ち込んだ素材や採集品の買取は、銅貨3枚を超えない額でハンターギルドが買い取ることとしているのです」
「そんなこと、ハンター規約に書いていないわよ」
ギルド職員の説明に、水龍ちゃんは、ぷーっと頬を膨らませました。
「ここではそういうルールになっているのです。さぁ、分かったら、さっさと銅貨3枚を受け取って帰りなさい。そして、もう危険な魔物に近付かないようにしなさい」
「そんなの、納得いかないわ!」
「なー!!」
ギルド職員が、ルールなのだと強気に出て銅貨3枚を渡そうとしてきましたが、水龍ちゃんは受け取らず、トラ丸と共に抗議しました。
「そう言う決まりなんですから従ってください。はい、銅貨3枚」
ギルド職員は、丁寧な言葉遣いですが、明らかに面倒くさそうな態度で銅貨を水龍ちゃんへ差し出してきます。
「そんな金額じゃ売れないわ」
「えっ?」
水龍ちゃんが銅貨を受け取らず、売れないと言ってプイっとそっぽを向くと、今度はギルド職員の方が驚いていました。
「ほかで売るからいいです」
「いや、でも決まりだから」
「そんな決まり知りません。ハンター規約にも書いてありませんし、従うつもりはありません」
「いや、それは……」
水龍ちゃんがカミツキスッポンの売却を断固拒否すると、ギルド職員は、すっかり困り果ててしまいました。
そこへハンターギルドの制服を着たちょび髭の男が割って入ってきました。その後ろでは、ブルーダイヤ商会の眼鏡男が揉み手でちょび髭男の顔色を伺うようにへらへらした顔をしています。どうやら、彼がちょび髭男を呼んできたようです。
「どうした? 何か揉めているようだが?」
「あ、所長。実は――」
ちょび髭男に声を掛けられると、若いギルド職員は、ちょび髭男を所長と呼んで、一連のやりとりを説明しました。
「おい、新人、ここではダンジョン出張所所長の俺がルールだ。この先、ダンジョンで稼ぎたいなら、そいつを銅貨1枚で置いて行け」
ちょび髭所長はニヤリと口角を上げると、偉そうな態度で、先ほどよりも安い金額にてカミツキスッポンを売り渡すように、水龍ちゃんへ言いました。
「お断りです。そんな安値でなんか売れません。ほかで売ることにします」
「やれやれ、分かってないなぁ。ここでは若葉マークの新人ハンター相手にダンジョン素材を買い取る商人なんか誰一人いないんだぜ。それが、このダンジョンでの取引ルールだからな」
水龍ちゃんが、きっぱりと断ると、ちょび髭所長がニヤニヤ顔で言いました。周りを見ると、商人たちは困り顔で水龍ちゃんから目を逸らします。どうやら、ほかの商人たちも水龍ちゃんから買い取ってくれることは無さそうです。
「もういいです。ここの商人たちがダメならほかを探します」
水龍ちゃんは、ぷんすかしながらカミツキスッポンを持ち上げて歩き出しました。しかし、立ち去ろうとする水龍ちゃんの前に、ちょび髭男が立ちふさがります。
「待たんか! ダンジョンで討伐した魔物素材は、ここで売買する決まりになってんだ! とっととそいつを置いて行け!」
「そんな決まりは知らないです。ハンター規約に書いてありません。それに、この魔物はまだ討伐してませんから関係ないです」
ちょび髭男が、決まりだと言って怒鳴りつけてきましたが、水龍ちゃんは、全く怯む様子もなく、関係ないと言い切りました。
「このガキが――うひいっ!!」
ガキン!!!
ちょび髭男が、こめかみに青筋を立てて水龍ちゃんに1歩近づいたところで、カミツキスッポンの必殺噛みつきが飛び出しました。ちょび髭男は、顔面すれすれで攻撃が空振ったことにビックリして腰を抜かしてしまいました。
「だから、討伐していないって言ったでしょ。近づくと危ないわよ」
水龍ちゃんが、カミツキスッポンを持ち上げたまま、ちょび髭男に注意をすると、周りの人達は、ザザッと一斉に距離を取りました。
「トラ丸、行きましょ」
「なー」
水龍ちゃんが、カミツキスッポンを持ち上げたまま歩き出すと、進行方向にいた人たちがザザザッと海が割れたかのように道を開けてゆきました。
水龍ちゃんとトラ丸が、開いた道をトテトテと歩き去って行く後ろの方で、ちょび髭男がすぐに討伐しろとか騒いでいたようですが、誰も追って来ることはありませんでした。
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