3.水龍ちゃん、魔獣を販売する

第94話 カメ売ります

 水龍ちゃんは、ダンジョンを出てハンターギルド出張所の前の広場へ到着すると、カミツキスッポンを甲羅を下にしたまま地面へ下ろしました。カミツキスッポンは運搬途中で意識を取り戻したらしく、今は手足や頭を甲羅の中に引っ込めています。


「獰猛なカミツキスッポンじゃないか」

「解体せずに1体丸ごと運んできたのか……」

「状態が凄くいいぞ」

「よし、金貨5枚出そう!」

「うちは金貨6枚出すぞ!!」

「う~ん、金貨7枚だ!!」


 あっという間に商人たちが水龍ちゃんの周りに集まり出して、カミツキスッポンの品定めをして、勝手に競売を始めてしまいました。ここでは、これが普通の事なのでしょう、商人たちは勝手に盛り上がってゆきます。


「えっと、掲示板にカミツキスッポンの心臓を金貨10枚で買い取るってありましたけど?」

「「「「ああー……」」」」


 水龍ちゃんが、掲示板の話を出すと、商人たちは思い出したかのように声を揃えました。


「ふっふっふ、その掲示物は、うちのものですね」

「ブルーダイヤ商会か……」


 茶色の髪を撫でつけた眼鏡をかけた男が、人混みを掻き分けて意気揚々と出て来ると、誰かがブルーダイヤ商会と呟く声が聞こえました。


「あなたのところが、心臓を金貨10枚で買い取るって張り紙をした商会ですか?」

「ええ、そうですとも、我がブルーダイヤ商会が出したもので間違いありませんよ」


 水龍ちゃんが確認すると、男は眼鏡をクイっと持ち上げ、笑顔で肯定しました。


「新鮮な物をと書いてあったので、とりあえず生け捕りにしてきたんですけど、いいですか?」

「「「「ええっ!?」」」」


 水龍ちゃんが、カミツキスッポンがまだ生きていることを伝えると、眼鏡の男を含めて周りの商人たちが驚きの声を上げると同時に、一斉に後ずさって距離を取りました。


「ほ、ほ、ほ、本当に生きているのですか? ひえぇ!!」


 ブルーダイヤ商会の眼鏡男が恐る恐るカミツキスッポンの引っ込めた頭を覗き込むと、カミツキスッポンと目が合ってしまい、眼鏡男は驚きのあまり尻餅をついてしまいました。


 何を思ったのか、カミツキスッポンが、ゆっくりと頭を出して再び引っ込めるという謎の行動をとると、集まった商人たちが騒めき立ちました。


「本当に生きてるぞ!」

「危なくないか?」

「ここまで運んでくるのに、怪我人は出てないんだろ?」

「なら、大丈夫か……」


「それより、新鮮な生き血が取れるんじゃないか?」

「肉や内臓も美味いからな。新鮮だから高く売れるぞ」

「心臓以外は、俺達が競り落としても良くないか?」

「うちは甲羅が欲しい!」


 とりあえず大丈夫そうだと感じたのでしょうか、商魂たくましい商人たちは、新鮮な素材を手に入れたいと欲望丸出しです。


「ま、まずは、心臓の買取り掲示を出していた、このブルーダイヤ商会が交渉しようじゃありませんか」


 尻餅をついていた眼鏡の男が、よろよろと立ち上がり、眼鏡の位置を直しながら大声で言いました。交渉の優先権は、我が商会にあると誇示したのです。暗黙のルールでもあるのでしょうか、他の商人たちは固唾を飲んで見守るようです。


「交渉?」

「そうですね……、う~む、心臓はもちろん金貨10出すとして、それも含めてこのカミツキスッポン1体丸ごと、金貨25、いや、30枚で買い取らせていただきましょう!」


 水龍ちゃんは、交渉と言う言葉にピンとこないようで、小首を傾げて頭にハテナを浮かべましたが、ブルーダイヤ商会の眼鏡男は、真剣にカミツキスッポンを吟味しながら買取査定金額を絞り出すと、自信満々に提示してきました。


 周りの商人からは、さすがに金貨30枚は……、とか、素材の一部ならなぁ……、とかいろいろな呟きが聞こえてきます。


「えっと、あなたの商会が、このカメを金貨30枚で買い取ってくれるというのね」

「そう言うことです。悪くない値付けだと思いますが、どうですか? 売ってくださいますか?」


 水龍ちゃんが、カミツキスッポンを指さして売買内容を確認すると、ブルーダイヤ商会の眼鏡男は、眼鏡のフレームに手を掛け位置を直しながら張り付けた笑顔で肯定し、その価格で売ってくれるのかと問いかけてきました。


「金貨30枚でOKよ。ここで売るのは初めてなんだけど、何か特別な手続きとかあるのかしら」

「はいはーい、売買交渉、成立したみたいですね。それでは手続きをしますね。ハンターカードを出してください」


 水龍ちゃんが、金貨30枚での買い取りを承諾し、手続きとかについて尋ねると、どこに居たのか、ハンターギルド職員の制服を着た若い男が、元気に手を上げて出て来て、水龍ちゃんにハンターカードの提示を求めてきました。


 ハンター登録したばかりの水龍ちゃんは、まだ汚れもついていない新品のハンターカードを取り出して提示しました。


「うん? 若葉マーク付きじゃないか」

「何ですと!?」


 ギルド職員の男が、水龍ちゃんのハンターカードを見て呟くと、ブルーダイヤ商会の眼鏡男が素っ頓狂な声を上げました。周りの商人たちも驚いているようです。


「若葉マークにこんな危険な魔物素材の取引をさせるわけにはいきませんね。こいつはハンターギルドの方で銅貨3枚で買い取らせてもらいます」

「ええっ!? なんでぇー!?」


 ギルド職員から告げられた言葉に、水龍ちゃんの絶叫が響き渡るのでした。

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