第93話 確保ー!!

 水龍ちゃんとトラ丸は、ダンジョン5階層のとある場所で、珍しいスパイスを探し始めました。


「んー、コショウの実があったけど、普通のコショウみたいね」


 水龍ちゃんが、木に這うように伸びるつるに生るコショウの実を手に取り、ちょっと残念そうに呟きました。


 残念ながら何の変哲もない普通のコショウのようですが、水龍ちゃんは、ちゃっかり見える範囲を採集すると、小分け袋に入れてバックパックへしまいました。


「なー?」

「ん? なにか見つけたの?」


 トラ丸が、何やら草むらにある何かに興味を示し、すんすんと匂いを嗅いだりして小首を傾げているところへと、水龍ちゃんが近付いて行きました。


「まぁ! 金色のスパイスベリーだわ!」

「なぅ?」


 驚く水龍ちゃんを見上げて、トラ丸は、ん? という感じで小首を傾げます。

 水龍ちゃんの視線の先には、赤い野苺のような形をした実の中に1つだけ生る金色の実がありました。もちろん、トラ丸が興味を示していた実です。


「この金色のスパイスベリーは、幸運のスパイスベリーと呼ばれていて、幸せを運んでくるって言われているの。とっても珍しくってね、幻の実とか言われているのよ」

「な~♪」


 水龍ちゃんの説明に、トラ丸は、とても嬉しそうにゆらゆらと尻尾を揺らしていました。


 ちなみに、スパイスベリーとは、野苺のような実をつける草花ですが、その実は硬くて砕くとほの甘くスパイシーな香りがするスパイスです。ダンジョンでしか生育しないため、高級スパイスとして扱われています。


 水龍ちゃんは、金色のスパイスベリーを採取すると、周囲に見つけた普通のスパイスベリーも採集してから、トラ丸と共にスパイス探しを続けました。ついでに見つけた薬草類も採集してゆきました。


「結構いろいろ取れたわね。トラ丸、そろそろ行きましょうか」

「なぅ?」


 水龍ちゃんが、バックパックを覗いて満足そうな顔でトラ丸に声を掛けると、トラ丸が、もう? みたいな顔で小首を傾げました。


「最後に寄って行きたいところがあるの」

「なー!」


 水龍ちゃんの言葉に、トラ丸は、嬉しそうに元気よく鳴きました。まだ、遊べると思った子供のようです。


 水龍ちゃんとトラ丸は、駆け足で目的地である池へと向かいました。途中、魔物を見かけますが、相変わらずのスピードで置き去りにして行きました。


 目的の池の畔に着くと、水龍ちゃんは、きょろきょろと辺りを見回しました。


「あ、あそこにいたわ。カミツキスッポン。お目当ての魔獣よ」

「なー」


 水龍ちゃんは、大きな岩の陰にチラリと見えるカメを指さしました。トラ丸は、すぐに水龍ちゃんの肩にぴょいぴょいっと登り、水龍ちゃんの指さす先を見て、あれだねー、といわんばかりに鳴きました。


 水龍ちゃんとトラ丸は、池の周囲をぐるりと回って大きな岩の上へとぴょいっと飛び乗りました。


 その先には、水龍ちゃんの倍くらいはありそうな大きなカメがのんびり草を食んでいました。


「図鑑で見たカミツキスッポンで間違いないわ。ギルドの掲示板に、『カミツキスッポンの心臓を高価買取します!』って載ってたのよ」

「なー?」


 水龍ちゃんがカミツキスッポンのようすを見ながら呟くと、トラ丸が、狩るの? とでもいうように水龍ちゃんを見上げて鳴きました。


「う~ん、新鮮なものって書いてあったから、生け捕りにして持ち帰ろうか」

「なー」


 水龍ちゃんの言葉に、トラ丸は、そっかー、という感じで鳴きました。


 そして、水龍ちゃんは、トラ丸を引き連れてタタッとカミツキスッポンへと近寄ると、気付いたカミツキスッポンは警戒態勢を取りました。


 真正面から不用意に近づく水龍ちゃんに、カミツキスッポンは、ここぞというタイミングで、鋭く首を伸ばして必殺の噛みつきを繰り出しました。


 カミツキスッポンの必殺噛みつきは、単純に勢いよく首を伸ばして噛みついてくるのですが、そのスピードが尋常ではなく、ハンター達から恐れられているそうです。


 しかし、水龍ちゃんは、ひょいっと必殺噛みつきを躱し、その首が伸びきったところをグーで上から殴りつけました。


 ガコッ!!!


 哀れなカミツキスッポンは、頭を地面に半分埋めて、ピクピクと体を痙攣させてしまいました。


「よし、高価買取案件、一件確保ー!!」

「なー!!」


 倒したカミツキスッポンを前に、水龍ちゃんは、小さな拳を振り上げて、勝ち鬨を上げました。トラ丸もカミツキスッポンの甲羅の上にぴょいっと飛び乗って、嬉しそうに鳴きました。


「手加減したし、まだ死んでないと思うけど……。うん、生きてるみたい。それじゃぁ、帰ろっか」

「なー」


 水龍ちゃんは、カミツキスッポンをコロンとひっくり返して、甲羅を下に軽々と持ち上げると、トトトと駆け出しました。


 小さな体の水龍ちゃんが、頭の上に大きなカミツキスッポンを掲げるように持って走る姿は、なんともいえず……。魔物達も驚いたのか警戒したのか分かりませんが近寄って来ませんでした。


 水龍ちゃんは、カメを持つのにも慣れたのでしょう、途中からスピードを上げて、トラ丸と一緒にダンジョンの出口までノンストップで駆け抜けるのでした。

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