第90話 ハンター登録試験

 水龍ちゃんが、ウキウキワクワク休暇計画を実行に移し、図書館へ行ったり、アーニャさんや薬師ギルドのお姉さんたちと食事に行ったりと楽しく過ごしていると、いよいよハンター試験の日がやってきました。


 水龍ちゃんとトラ丸は、受付を済ませて試験会場であるハンターギルドの訓練場へと来ています。今のところ、試験を受けるちびっ子受験者は、水龍ちゃんを除けば、男の子が2人のようです。


「うふふ、ハンター試験ってどんなことをするのかしら、楽しみね」

「なー」


 水龍ちゃんとトラ丸が、わくわくしながら待っていると、年配のハンターらしき男達が近寄ってきました。


「ぐはははは、ハンターを舐めてるチビどもめ、お前らがハンターとしての実力があるかどうか、俺様達が試してやるぜ」


 革鎧を着た小太りの男が、品のない笑い声を上げて宣いました。ちびっ子受験生の2人は不安そうに身を竦めています。そして、小太り男の大きな声に、なんだなんだと、何人かの野次馬が集まって来ました。


「いよいよ試験が始まるのね。いったいどんな試験をするのかしら?」

「ぐはははは、簡単な話だ。俺様達と模擬戦をして、勝てばハンターとして認めてやるぜ」


 わくわく顔の水龍ちゃんの呟きを拾って、小太り男が模擬戦だと告げ、木剣を放り投げてきました。小太り男も木剣を肩に担いでいます。


「これを使えということかしら」

「ぐはははは、そういうことだぜ。とっととかかって来いチビ助。ボッコボコにしてやるからよ」


 水龍ちゃんが木剣を拾うと、小太り男が木剣をブンブン振り回して上機嫌に宣いました。


「じゃぁ、行くわよ!」


 水龍ちゃんは左手に木剣を持ち、戦闘開始を宣言しました。


 ビュン!! 

「ぐは!」

「「「「ええええぇぇぇぇ!!!!」」」」


 勝負は一瞬でした。あっと言う間に宙に舞った小太り男に、見ていた人達はみな驚きの声を上げました。


 ドサッ!

「しょー、りゅー、ぱーんち!!」


 すちゃっと華麗に着地した水龍ちゃんは、地面へ叩きつけられた小太り男へ向けて小さな拳をぽふっと突き出し、必殺技の名前を間延びした声で叫びました。


 仰向けに転がる小太り男は、軽く意識を失っているようでピクリとも動きません。仲間の2人がすぐに駆け寄って行きました。


 ちなみに、水龍ちゃんはビュンっと一瞬にして小太り男の懐に飛び込むと、左手に持った木剣は使わず、右手で小太り男に回転アッパーカット?みたいなパンチを放っていました。おそらく水龍ちゃん版の昇龍パンチなのでしょう。


「勝ったわ。これで、ハンター登録ができるわね」

「なー」


 にっこり笑顔で喜ぶ水龍ちゃんに、トラ丸が、ごくろうさまー、という感じで鳴きながら飛び込むと、水龍ちゃんは、トラ丸を抱きとめてなでなでしました。なんとも緊張感のない絵柄です。


「ぐぬぬ、このクソガキがぁ! ぶっ殺してやる!!」

「「ひぃっ!」」


 気絶から目を覚ました小太り男は、完全にブチ切れてしまい、仲間の剣を鞘ごとひったくって勢いよく剣を抜き放ったものですから、仲間の2人は小さく悲鳴を上げました。


「あら? 目が覚めたみたいね」

「なぅ?」


 小太り男に気付いた水龍ちゃんは、トラ丸を抱えたまま、のんきなことを呟いていましたが、トラ丸は、なんかへん? とばかりに小首を傾げました。


「死ねやクソガキぃ!!!」


 小太り男は、目を血走らせて、叫びながら襲い掛かってきます。


「ん? 試験の続き?」

「なー……」


 水龍ちゃんの呟きに、トラ丸は、なにをのんきな……、と呆れたような鳴き声を上げます。


「うらぁ! おらぁ! てりゃ! とりゃ!」

「はっ!? もしかして、魔物の殺気に新人ハンターがビビらないようにってことなのかしら。つまり、これは迫真の演技!」

「なぅなー……」


 小太り男が、必死に剣を振り回す中、水龍ちゃんは、ひょいひょいっと避けながら何か気付いてしまった的に呟くと、トラ丸が、ちがうとおもうなー……、という感じで鳴きました。


「クソガキがぁ! 死ねぇ! おらぁ!」

「これに勝ってこそ試験に合格ということね。いくわよ!」


 剣が当たらず、さらに激高する小太り男に、水龍ちゃんは、なんか燃えて来たとばかりに瞳を輝かせました。


 水龍ちゃんは、ブンブン振り回される剣の合間をするりと滑り込むようにして小太り男の懐に入ると、片手でトラ丸を胸に抱えたまま、水龍ちゃん版の昇龍パンチを小太り男の顎に叩き込みました。


「ぐほぉっっっっ!!!!」


 小太り男は、先ほどよりも大きく宙を舞い、周りであたふたしていた人達もまるで時が止まったかのように呆然と宙を舞う小太り男の姿を目で追うのでした。


「しょー、りゅー、ぱーんち!!」

 ドサッ!!


 すちゃっと華麗に着地した水龍ちゃんは、落ちて来る小太り男へ向けて小さな拳をぽふっと突き出し、必殺技の名前を間延びした声で叫ぶと、その直後に小太り男は地面に叩きつけられました。


「試験終了。これでテストは合格ね」

「なー……」


 にっこり笑顔の水龍ちゃんに、トラ丸は、だいじょうぶかなぁ、と呟くように小さく鳴きました。


 そこへ、ギルマスを筆頭に、アーニャさんを含めたギルド職員達が駆け付けてきました。ギルマスが、何があった? と見ていたハンター達に聞き込みを行っている間に、職員達が小太り男を担架で運び出して行きました。


「水龍ちゃんもトラ丸も大丈夫?」

「もちろんですよ、アーニャさん。試験終了、合格は確実です!」


 アーニャさんが、心配そうに尋ねてきましたが、水龍ちゃんは、元気よく胸を張って答えました。


「えっ? 試験はまだ始まっていないわよ?」

「えっ?」


 アーニャさんが頭にハテナを浮かべて告げた言葉に、水龍ちゃんも首を傾げて頭にハテナを浮かべるのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る