第四章 水龍ちゃんのハンターデビュー

1.水龍ちゃん、必殺パンチを放つ

第85話 どちら様ですか?

「トラ丸、今日が、毒持ち魔物討伐依頼の最終日。つまり、このミッションを終えれば、ウキウキワクワクのお休みが待っているのよ!」

「なー!」


 早朝、水龍ちゃんとトラ丸が、ふんすと気合を入れました。ハンターギルド向けの毒消しアイテムは、今日が最後の納品なのです。


 水龍ちゃんは、毒消しアイテムを積み込んだリヤカーを引いてハンターギルドへと出発しました。トラ丸は、水龍ちゃんの肩に乗って、上機嫌に尻尾をゆらゆら揺らしています。


 夜が明けたばかりの街は、人通りがほとんどなくて静まり返っており、ひんやりした空気が気持ちいいです。


「あら? こんな朝早くから、人が集まっているわ。市場の人達でもないようだし、遠足にでも行くのかしら?」

「なぅなー……」


 前方に数人、こちらへ向かって歩いて来る男達を見つけ、水龍ちゃんが、とぼけた感想を述べると、トラ丸は、遠足は無いわー、とでも言いたげに、呆れた声を上げました。


 その男達は、なぜか1人だけタキシードをビシッと着こなしていて、ほかのハンターみたいな恰好の男達からは、明らかに浮いていました。


 男達はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら近付いて来たかと思うと、水龍ちゃんの前に通せんぼするように立ちはだかりました。


「にひひひひ、おはよう、お嬢さん。そして、おめでとう。お嬢さんは、これから私どもが、パ~ラダイスへご案内いたします。もちろん、お嬢さんに拒否権などございませんのであしからず。よろしいですね?」


 タキシードを着た中年の男は、下卑た笑みを浮かべながら鷹揚に身振り手振りを交えて一息に言い切ると、ニヤリと口角を上げて、水龍ちゃんを蔑むように見下ろしました。


「えっと、どちら様ですか?」

「なぅ?」


「「「「……。げひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」」」」


 水龍ちゃんとトラ丸が、小首を傾げて尋ねましたが、男達は、水龍ちゃんの態度が予想外だったのか、呆けた顔で一拍おいてから、汚らしい笑い声を上げました。


「にひひひひひひひ、これは失礼。私は、ブラックパール商会の役員でして、お嬢さんがハンターギルドと結託して毒消しアイテムなるものを販売したおかげで、アカレギョウンの売買で大損失を被ってしまったのですよ。ええ、分かっておりますとも。お嬢様がハンターギルドに騙されて、毒消しアイテムを安値で買い叩かれていたということも。そう、我々は共に被害者なのです!」


 タキシードおじさんは、大げさな身振り手振りで、あることないこと一方的に話し続けて、どういう訳か水龍ちゃん共々被害者なのだと言い出しました。さらに男は話を続けます。


「そこで、我々は考えたのです。今後、お嬢さんには、我々の為に働いてもらおうとね。お嬢さんが作った毒消しアイテムを我々が販売すれば、これまでの損害もすぐに取り戻せますし、何よりもにっくきハンターギルドに一泡吹かせてやることが出来るのです!」


 何というか、タキシードおじさんが、自分の言葉に酔いしれるかのように話し続けていて、水龍ちゃんとトラ丸はもちろんの事、お仲間の男達もうんざり顔です。しかし、彼の話はまだまだ続くようです。


「さぁ、お嬢さん、我々と共に参りましょう。先ほど申し上げたとおり、お嬢さんに拒否権はございません! 抵抗しても無駄ですよ。もとより、お嬢さんを誘拐するためにマフィアギルドから、屈強な男達を雇ってきたのですから!」


 とうとう、タキシードおじさんの本音が出てきました。最初から、水龍ちゃんを誘拐するつもりだったのです。だがしかし、彼の話はまだ続くようです……。


「ええ、ええ、分かっておりますとも、お嬢さんには、特別待遇をご用意いたしますとも。何と、堅牢な石壁の部屋は地下3階にあり、外部からの侵入を完全シャットアウト! 加えて、昼夜を問わず屈強な男達がお嬢様を監視、いえ、警護しておりますのでご安心いただけます。もちろん、質素ながらも食事もご用意させていただきますので、お嬢さんは、毎日、気を失うまで毒消しポーションや毒消しサンドを作り続けていただくだけで良いのですよ。ええ、もう、一生涯、死ぬまで我々の為に生産し続けて頂くのです! にひひひひ」


 何とも長い話ぶりでしたが、タキシードおじさんは、言いたいことを言って満足したのか、下卑た笑いで締めくくりました。


「えっと、要するに、あなた達は、私を誘拐して毒消しアイテム作りをさせようということなのね?」

「そう言うことですよ、お嬢さん。にひひひひ」


 水龍ちゃんが、冷静にタキシードおじさんの言ってることを要約して、確認を取るように問いかけると、彼は下卑た笑みを浮かべたまま肯定しました。


「だけど、こんな広い通りで誘拐なんて、誰かに見られてると思わないの?」

「にひひひひ。こんな朝早くでは、人々はまだ夢の中です。目撃者などいないでしょう。仮に、目撃者がいたとしても、有能なマフィアギルドの皆さまが処理してくれるでしょうとも!」


 水龍ちゃんの質問に、タキシードおじさんが、余裕綽々の表情で自信満々に下卑た笑みで答えると、彼の隣に腕を組んで立っていた筋肉モリモリでスキンヘッドの男が当然だと言わんばかりに頷きました。


「処理って? 目撃者はどうするんですか?」

「もちろん、ぶち殺すに決まってますよ。死人に口なし。死体も残さない。それがマフィアギルドのやり方です!」


 さらに質問を重ねた水龍ちゃんに、タキシードおじさんが悪い笑みを浮かべて答えると、筋肉モリモリスキンヘッド男が、先ほどと同じようにうんうんと頷きました。


 そこへ、タキシードおじさんとマフィアギルドの連中の背後から、低いドスの効いた声が聞こえてきました。


「ほう、マフィアギルドの連中か。ならば遠慮する必要はなさそうだな」


 そこには、双眸を怪しく光らせ、首と拳をコキコキと鳴らすハンターギルドのギルドマスターの姿がありました。

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