第83話 銀行口座開設

「水龍様、銀行口座は、お持ちでしょうか?」

「えっ? 持ってないですよ?」


 商業ギルドの応接室で、毒消しポーションの競売の話がまとまったところで、シュリさんから真面目な顔で尋ねられ、水龍ちゃんは、なんでまた?とでもいうように首を傾げながらも即答しました。


「そうですか。新型治癒ポーションの競売利益の件ですが、今後、かなりの金額が見込まれますので、銀行口座への振り込みとしたいと思っております」

「そうですなぁ、我が商会との取引も今後増えていくでしょうから、そのうち銀行口座での決済に移行したいですね」


 シュリさんが銀行口座を利用したい理由を述べると、続けざまにトーマスさんもエメラルド商会との取引を銀行決済にしたいと言い出しました。


 通常、水龍ちゃんのような個人経営の職人相手には、各商会は直接現金で売買を行うのが普通で、商業ギルドも同様に対応しています。


 しかし、取引金額が大きくなると、扱う金銭が多くなり過ぎて困るため、個人経営の職人たちであっても銀行口座を開設してもらい、銀行を介して決済をするようにしているのです。


 つまり、それだけ水龍ちゃんの新型治癒ポーションの競売利益が大きくなると見込まれているのです。


 と、いうことで、打ち合わせが終わると、水龍ちゃんは、シュリさんに連れられて銀行へと向かいました。もちろん銀行口座を開設するためです。


「プリンちゃんも銀行に行くの?」

「おー! 水龍ちゃんとトラ丸は、あたしの友達だーって紹介しなくちゃなー!」


「えっ? 仕事はいいの?」

「おー! ついでに仕事を1つ片付けるのもいいなー!」


 そんな感じで、プリンちゃんも一緒に商業ギルドのすぐ近くにある青龍銀行へとやって来ました。ほかに玄武銀行、朱雀銀行、白虎銀行などの銀行もあります、水龍ちゃんは迷わず青龍銀行を選びました。



 青龍銀行へ入ると、すぐに慌てた様子で支店長さんが出て来て、プリンちゃんを前に丁寧に応対してくれました。


「水龍ちゃんとトラ丸は、あたしの友達だー!」

「左様でございますか……」


「ちっさいからって、舐めた真似しやがったら許さんぞー!」

「か、畏まりました」


 応接室へと案内されて、マイペースなプリンちゃんが、有言実行とばかりに友達宣言してくれました。白髪交じりで眼鏡を掛けた支店長さんは、額に汗を掻きながら丁寧に丁寧に相手をしてくれました。


「じゃー! あとはよろしくなー!」

「お任せください」


 プリンちゃんは、支店長さん相手にほぼ一方的に言いたい事だけいうと、あとはシュリさんに任せて応接室を出て行きました。支店長さんは、なぜか疲れた顔をしてプリンちゃんの後を追って行きました。


 水龍ちゃんの銀行口座開設については、そのまま銀行員のお兄さんが、あたふたしながら対応してくれて、無事に手続きを済ませることが出来ました。


 そして、水龍ちゃんは、シュリさんから商業ギルドや商会などで取引する場合の伝票の受け渡しや、銀行口座の取引状況確認、そして帳簿を付ける際に気を付けることなどを教えてもらいました。




 帰宅した水龍ちゃんとトラ丸は、馴染のパン屋さんで買ってきたコロッケパン、野菜とひき肉たっぷりのボリューム惣菜パンを食べると、いつものように毒消しポーション作りを行いました。もちろん、毒消しマヨづくりにも余念がありません。


 そして、いつものように途中で、ピンポ~ン♪と玄関のチャイムが鳴りました。エメラルド商会が納品に訪れたようです。


「こんちはー! エメラルド商会でーす!」

「ソレイユ工房でーす!」


 玄関ドアを開けると、いつもの陽気な配達のお兄さんと共にサラさんが元気よく挨拶をしてくれました。


「あら? サラさんも一緒なの?」

「あはは、驚かせちゃったかな? テーブルと魔導コンロを届けに来たわ。エメラルド商会に運んでもらったの」


 驚く水龍ちゃんに、サラさんは悪戯に成功した子供のような笑顔を見せると、そう言って、毛布に包まれたテーブルの部品をパンパンと叩いて見せました。


 水龍ちゃんは、サラさんに少し待っていてもらい、ちゃちゃっと配達品の確認と新型治癒ポーションの受け渡しを終え、それぞれお金のやり取り済ませました。


 いつもならば、配達を終えたお兄さんは、元気に挨拶をして帰って行くところですが、今日はサラさんを手伝って、荷物をポーション錬成部屋へと運ぶのを手伝ってくれました。


「いつもありがとうございまーす。では、また明日ー」

「さよならー」

「なー」


 水龍ちゃんとトラ丸が、配達のお兄さんを見送った後、ポーション錬成部屋へと戻ると、サラさんはテーブルの組み立てを終えていて、最後の調整をしていました。


「うん、これでよしっと! 出来栄えを確認してくれるかい?」


 ささっと調整を終えたサラさんは、腰に手を当て、ポーション部屋に置かれたテーブルと、その隣の特大錬金釜を見つめて満足顔で声を掛けてきました。


「テーブルも錬金釜も丁度いい高さです!」

「なー!」


 水龍ちゃんとトラ丸は、その出来の良さに歓喜の声を上げました。

 特大錬金釜の下には大き目の魔導コンロ、さらにその下に高さを調整するための低い台が置かれています。どちらもサラさんが持ってきてくれたものです。


 サラさん曰く、テーブルと魔導コンロ(台込み)だけでも早く納品した方が良いだろうと、急いで作ってくれたそうで、水龍ちゃんも早過ぎて驚いたほどです。


 トラ丸の椅子など、ほかに頼んでいた物は、また後日ということで、お代もその時にと言って、サラさんは上機嫌で帰って行きました。


「うふふっ、特大錬金釜も使いやすくなったし、ウキウキワクワク休暇計画は、順調に進んでいるわね」

「な~♪」


 いろいろ改善してきたことが見える形になってきて、水龍ちゃんとトラ丸は、とてもいい笑顔で微笑むのでした。

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