第75話 トラ丸専用椅子?

 物置部屋を水龍ちゃん専用のポーション錬成部屋として使って良いと言われた日の夜、晩ご飯を食べ、お風呂に入った後に、水龍ちゃんは、その部屋の中を腕を組んで見回していました。


 部屋の中にあった物は別の部屋へと運び出したので、特大錬金釜と使えそうな戸棚以外は何もなく、すっきりとしていました。


「う~ん、作業用のテーブルとかどうしようかしら?」

「なー?」


 水龍ちゃんとトラ丸はそろって首を傾げて悩んでいます。実は、おばばさまが、作業用のテーブルは水龍ちゃんの身長に合わせて新しく作った方がいいからと、知り合いの職人さんを呼んでくれることになったのです。


「せっかく新しく作るんだから、作業性を考えた方がいいわよね。踏み台なしで、背伸びもしないでポーション作りが出来たら嬉しいわ」

「なー、なー」


「ん? トラ丸は、専用の椅子が欲しいの?」

「なー、なー」


「テーブルの上に置いて、錬金釜の中が見れるように? ふふっ、トラ丸もポーション錬成が見たいのね。いいわ、テーブルと一緒に頼んでみましょ」

「な~♪」


 水龍ちゃん専用の作業テーブルと一緒に、トラ丸の専用椅子?も作ってもらおうということで、トラ丸は、とても上機嫌です。


 しばらく、テーブルの大きさとか、トラ丸専用椅子?の形とか、あーだこーだと言いながら考えていると、おばばさまが部屋に入って来ました。


「何をやっておるのじゃ?」

「作業用のテーブルとか、職人さんに作ってもらうものを考えていたの」


「それは結構なことじゃが、そろそろ寝ないと起きれなくなるぞい」

「はっ!? もうこんな時間なの!? 早く寝なくちゃ!!」


 おばばさまが、手にした置時計を見せると、水龍ちゃんは、トラ丸を引き連れてバタバタと慌てて寝る支度をするのでした。


 この元物置部屋には、まだ時計は置いていないので、おばばさまは持ってきた置時計を蓋をした錬金釜の上にそっと置いといてくれました。





 翌朝、水龍ちゃんとトラ丸が、いつものようにハンターギルドへ毒消しアイテムの納品を終え、アーニャさんとの雑談タイムに入りました。


「水龍ちゃん、毒持ち魔物の討伐依頼の打ち切りが決まったわよ」

「ほんとですか?」


「ええ、この日が最後になるわ。だから、毒消しアイテムの買取りもこの日までよ。材料の手配だとか、業者の方に連絡しておいてね」

「わかりました」


 アーニャさんから、毒持ち魔物討伐依頼の最終日が書かれたメモを受け取り、水龍ちゃんは、にっこり笑顔を浮かべました。


「ふふっ、嬉しそうね」

「えへへ、お休みを取るために一歩前進した感じです」


「休みが取れたら、また一緒に買い物に行きましょうね」

「はい! がんばります!」

「なー!」


 アーニャさんから買い物に誘われて、水龍ちゃんとトラ丸は、ウキウキワクワク休暇計画へのモチベーションが上がったようです。



 その日の午前中、水龍ちゃんとトラ丸は、いつものように薬師ギルドで新型治癒ポーションを買い取ってもらった後で、エメラルド商会へ向かいました。


 あいにくトーマスさんは不在でしたが、ポーションを入れる特大瓶を2ケース購入して、今日の配達で一緒に届けてもらうように頼んで帰宅しました。



 そして午後、水龍ちゃんとトラ丸が、昼食を食べ終えてハーブティーで一息ついていると、おばばさまが、家具職人の女性を連れて帰ってきました。


 サラと名乗った背の高い家具職人は、若草色の作業着を着た快活な女性で、挨拶もそこそこに、どんな家具を作りたいのか、水龍ちゃんに尋ねてきました。


 水龍ちゃんが、ポーション作りのための部屋を整備するので、作業用テーブルを作りたいと言うと、サラさんの双眸がキラリと鋭く光り、もっと詳しく知りたいと詰め寄って来ました。


 それから、水龍ちゃんは、サラさんをポーション部屋へと案内し、この辺にこんなテーブルを置きたいのだと、昨日から考えていたことを説明しました。


 サラさんは、水龍ちゃんの希望をふむふむと聞きながらメモを取り、ときおり質問や意見を重ねながら、テーブルの寸法などを決めてゆきました。


「あと、トラ丸の椅子も作って欲しいんですけど、お願いできますか?」

「椅子? どんな感じの?」


「えーっと、テーブルの上に置いて、トラ丸が錬金釜の中を見られるようにって思ってるんです」

「ふむふむ、面白いね。希望とあれば作らせてもらうよ」


 最後に、水龍ちゃんがトラ丸の椅子?を頼むと、初めは首を傾げてみせたサラさんでしたが、その意図を話すと、にっこり笑顔で請け負ってくれました。


 トラ丸の椅子?については、その大きさや形状についてあーだこーだと話し合いながら詳細を決めてゆきました。その話し合いは、作業用のテーブルなどよりもずっと時間が掛かりましたが、水龍ちゃんもサラさんもとても楽しそうでした。





 サラさんが帰った後、水龍ちゃんは、いつもよりもかなり遅れて毒消しポーション作りを始めました。休憩時間を削って、もくもくと作業を進めたことで、随分と挽回しましたが、やはりいつもよりも少し遅くなってしまいました。


 おばばさまも水龍ちゃんの作業が終わるのを待っていてくれて、少し遅くなった晩ご飯を一緒に食べました。ご飯を食べながら、水龍ちゃんは、毒消し魔物討伐依頼の打ち切りの話や、サラさんとの打ち合わせの話を楽しそうに話すのでした。


 そして、お風呂に入り、さっぱりとした水龍ちゃんは、ポーション錬成部屋で腰に手を当て、不敵な笑みを浮かべました。


「ふふふっ、寝る前に、この特大錬金釜でポーション作りをしてみるわよ」

「なー?」


 水龍ちゃんが、規格外という特大錬金釜を前にポーション作りを宣言すると、トラ丸は、今からぁ? とでも言いたげに目をパチクリさせて、水龍ちゃんを見上げるのでした。

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