3.水龍ちゃんは、休暇をご所望です
第71話 気付いてしまったの
新型治癒ポーションの販売を開始してから、その売れ行きは順調です。評判も上々ということで、さっそく生産を増やしました。
この日も水龍ちゃんは、いつものようにハンターギルドへ毒消しアイテムの納品を終えて帰宅し、朝食を済ませてハーブティーで一息つきました。
いつもならば、このあと、おばばさまが薬師ギルドへ働きに出るのを見送るのですが、今日は、おばばさまはいつにも増してのんびり寛いでいます。
「ばばさま? そろそろ出ないと遅刻しちゃうわよ?」
「今日は、久方ぶりに休みじゃからな、ゆっくりさせてもらうぞい」
「ふ~ん、お休みなのね……。はっ!? そういえば、私ってお休みが無いわ!」
おばばさまが休暇だと聞いて、水龍ちゃんは、はっと目を見開いて驚きの声を上げました。テーブルの上で寛いでいたトラ丸は、そんな水龍ちゃんを見上げ、目をパチクリさせて、そうなの? と小さく首を傾げました。
「ふはははは、お前さんは、誰に雇われておるわけでもないのじゃから、休暇は自分で作るもんじゃよ」
「う~ん、そうだろうけど、毎日納品を頼まれてるのよね……」
おばばさまにもっともなことを言われましたが、水龍ちゃんは、少し悩まし気に現状を吐露します。
「そこは、交渉することじゃな。なぁに、最悪、我がまま言って何も作らなければいいだけじゃよ」
「えーっ、それは、なんかダメじゃない?」
「ふはははは、まぁ、相手との交渉次第じゃよ」
「そうよねぇ……」
どうやら、水龍ちゃんは、自分で休暇を作らなければならないようです。
水龍ちゃんが悩まし気な顔をしていると、おばばさまが、その豊富な経験から、いろいろアドバイスをしてくれました。
長い事、薬屋を経営してきたおばばさまが言うには、質のいい薬やポーションは、作れば作っただけ売れるのだから、商人たちの求めに応じて作っていては、休暇どころか、かなりブラックな労働になってしまうというのです。
なので、作るものや量は、自分の懐具合と相談しながら、自分で決めてしまえと言うのです。商人たちは、言葉巧みにより多くのものを作らせようとしてくるのは間違いないので、嫌なら今後は取引しないと突っぱねることも時には必要とのことです。
要するに、もの作りの世界では、腕が良いなら仕事は選べということです。水龍ちゃんは、間違いなく良い腕をしており、仕事を選べる立場なのだと、おばばさまは、高笑いをしながら言ってくれました。
「なるほど、つまり、10日分のポーションを1日で作ってしまえば、9日間の休みが取れるということね」
「ふはははは、お前さんは、言うことが極端じゃのう」
水龍ちゃんが、自身の休暇を取るために頑張ろうと意気込みましたが、おばばさまはその極端な発想に大笑いしました。
「ん? そういうことじゃないの?」
「まぁ、悪いとは言わんが、1日に作れるポーションの数は、限界があるじゃろ」
「なるほど、どれくらい作れるのか考えないとならないわね」
「それに、ポーション類は、ええとして、お前さんの作る毒消しサンドは10日も日持ちがせんじゃろう」
「むむぅ~、確かに。10日も経った卵サンドは、カビが生えてるかもしれないわ」
「ふはははは、その辺も考えんとのう」
おばばさまに次々と指摘され、水龍ちゃんは、休暇を取るためには いろいろ考えないとならないのだと理解したようです。そもそも、水龍ちゃんが、1日働いて9日休暇を取ろうなどと本気で考えていたのか? と突っ込みたくなるところです。
水龍ちゃんは、トラ丸を連れて調合室へ入ると、テーブルの上にぴょいっと飛び乗ったトラ丸へ話しかけました。
「トラ丸、私、今のままではダメだと気付いたの」
「なー?」
突然話しかけられて、トラ丸は、どうしたの? と小首を傾げてみせました。
「新型治癒ポーションを売りだしてから、図書館で本を読む時間が少なくなったわ」
「なー」
「それに、売れ行きが好調だからと生産を増やしたばかりだけど、さらに増やしてくれって言われる気がするのよね」
「なー」
真剣な顔で話す水龍ちゃんに、トラ丸は、そうだねー、と相槌を打つように鳴き声を上げます。
「そうすると、図書館で本を読む時間がどんどん削られていくのは、火を見るよりも明らかだわ」
「なー」
「気が付けば、一日中、ここでポーションを作り続けることになるのよ」
「なぅぅ……」
どこか遠い目をしてネガティブな未来を寂しそうに語る水龍ちゃんの姿に、トラ丸は心配そうな顔で、何とも言えない鳴き声を上げました。
「だけど、そんなブラックな未来は、ごめんだわ! 明るい未来のためにも、頑張って休暇を勝ち取って見せるわ!」
なんだか、行き過ぎた想像をしていたようですが、水龍ちゃんは、小さな拳をきゅっと握り締めて、自ら未来を切り開くことを決意したのでした。その横で、ほっと息を吐くトラ丸の姿がありました。
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