2.水龍ちゃんの初特許
第64話 例の特許ポーション
水龍ちゃんが、いつものように薬師ギルドへやってきて、ポーションの買取をしてもらっていると、薬師ギルドマスターとおばばさまがやって来ました。
「おはようございまーす!」
「なー!」
「おはよう。今日は、例の特許ポーションを作ってもらうが、準備はいいか?」
「もちろんです!」
元気に挨拶を交わし、ギルマスから準備のほどを訊かれて、水龍ちゃんは、やる気に満ちたようすで元気よく返事を返しました。
今日は、苦くないポーションの特許登録の一環として、水龍ちゃんが、ポーション作りの実演を行うことになっています。
ギルマスに案内されてギルド内の1室へ入ると、そこには大きなテーブルが4つあり、薬師ギルドの職員らしき人達が数名集まっていました。
「待たせたな。この子が水龍、今日の主役だ」
ギルマスからの紹介で、水龍ちゃんは、ぺこりと軽く礼をしました。
「みなに集まって貰ったのは、詳細を未公開で特許申請していた治癒ポーションの審査が開始されることになったためだ。今日は、その詳細の公開と共に、審査の一環として開発者によるポーション作りを披露する」
ギルマスが、主催者代表の挨拶という感じで、今日のポーション作りの実演について話し始めると、部屋に集まっていた薬師ギルド職員達は静かに耳を傾けます。
「知っての通り、今回の特許申請は、審査の開始まで詳細を未公開にするという前例にない手順で手続きを行っている。これは、——」
そして、ギルマスは、今回の特許申請手続きが通常と異なるということを強調し、そのあたりの背景について、ざっと説明を始めました。
ギルマスの話によると、近年、特許申請書類の不正盗用や改ざんが疑われる事案が相次いだこともあり、それらを防止するためとして、今回、特例として薬師ギルドの上層部に特許審査開始まで詳細を非公開にすることを認めさせたというのです。
当初、薬師ギルドの上層部は、特例にすることに難色を示していたそうですが、前代未聞の1級ポーションが錬成できると強調し、実物を送り付けて粘り強く交渉したところ、渋々了承したそうです。
なるほど、ギルマスが手続きに時間を掛けていた理由がわかりました。
ちなみに薬やポーション関係の特許申請および審査は、近年、薬師ギルドを通して行うことが通例となっています。
「さて、ポーション作りの実演を行う前に1つ確認しておきたい。治癒ポーションに関する特許申請案件は、こちらの書面に記載されている3件以外に無いのだな?」
「ええ、薬師ギルド本部を通じて諸外国の案件も調べましたが、本件を除けば提出書面にある3件のみです。詳細は添付のとおりですよ」
ギルマスが、鋭い目で確認の言葉を投げつけると、口ひげを生やした中年の男性が淡々と答えました。
「うむ、特許審査部トップが言うのなら間違いないのだろう。つまり、私が代理で申請した今回の特許が審査に通ったとして、先に申請していたなどとほざく輩はいないということで良いのだな」
「記載の3件以外は、ありえませんな」
ギルマスは、口ひげの中年男性を特許審査部トップと呼んで、ややしつこいくらいに念を押すように確認を取ると、口ひげ男はやれやれといった表情で肩を竦めながら肯定しました。
「よかろう。では、今回、特許審査に入った治癒ポーションの錬成を実演してもらおうと思う、――」
「その前に、1ついいかな?」
ギルマスが、ようやくポーション作りの実演を進めようとしたところで、特許審査部トップの男性が問いかけました。
「何かな?」
「我々は、まだ、特許について詳細を知らされていない。ポーション錬成の実演をするにあたって、レシピくらいは開示して頂きたいものだな」
ギルマスが片眉を上げて促すと、特許審査部トップの男性が、当然とばかりにレシピ開示を要求しました。
「ああ、詳細レシピについては実演後に配布する。その後はレシピに従って、各自ポーションを錬成してもらい、この特許の有効性を確かめてもらいたい」
「……先に教えては頂けないのかね?」
「その方が楽しめるだろう? そうそう、実演中は、静かにしていてくれよ。質問等は後で時間を取るから、その時にしてもらおう」
「……分かった」
ギルマスの答えに、特許審査部トップの男性は、訝し気に眉を顰めましたが、小さく溜め息を吐いて呆れた顔へと変わりました。どうやら、不満ながらもギルマスの指示に従うようです。
「それでは、ポーション錬成を実演してもらおう。水龍、頼めるか」
「はい。こっちのテーブルの器材を使えばいいですか?」
ギルマスの名指しを受けて、水龍ちゃんは、ここで良いかと目の前のテーブルを示して確認します。テーブルの上には、ポーション作りの器材が綺麗に並べられていました。
「うむ。器材は一通り準備してあるはずだが、ほかに何か必要なものがあれば言ってくれ。すぐに用意する」
「ん~と……、踏み台もあるし、大丈夫だと思います」
水龍ちゃんは、テーブルの上の器材をざっと確認し、背丈の低い水龍ちゃんのために用意された踏み台に乗って、問題ないと答えました
「そうか。では、新たに開発したポーション作り、よろしく頼む」
「はい!」
「なー!」
改めて、ギルマスから頼むと言われ、水龍ちゃんと、その肩に乗ったトラ丸が、元気に返事をするのでした。
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