第三章 水龍ちゃんのお仕事改善

1.水龍ちゃんのとある1日

第60話 真夜中からのマヨたまづくり

 水龍ちゃんは、真夜中に起き出すと、大きなあくびをしながら洗面所で顔を洗って歯磨きをすませ、キッチンへと向かいます。もちろんトラ丸も水龍ちゃんの後をついてきています。


「さぁ、今日も張り切って、毒消しサンドを作るわよ」

「なー」


 おばばさまを起こさないように、小さな声で気合を入れました。


 まずは、大きな鍋でゆで卵を作ります。コンロの上に置いた大鍋に魔法を使ってお湯を張り、卵をポイポイポイっと軽く放って次々と投げ入れてゆきます。


 大鍋の中の水をうまく操っているので、卵同士がぶつかって割れることも無く、卵は大鍋の中に整然と並んで積み上げられてゆきます。


 コンロで加熱しながら水龍ちゃんは、大鍋の中の水を操つり循環させるとともに、魔法を使って温度を上げてゆきます。水龍ちゃんは、お湯を出すのはもちろんのこと水温を上げたり下げたりすることも出来るのです。


 大鍋の水が沸騰したのを確認し、水龍ちゃんは、コンロの熱量を調節してから、もう1つ大鍋を用意すると魔法で水を張りました。こちらの水は冷たい冷水で、ゆで卵を冷やすためのものです。


 次に水龍ちゃんは、たくさんのバゲットが入った大きな籠を持ってきて、バゲットの切り分けを行います。


 包丁を片手にバゲットの両端をスパスパッと切り落としたあと、縦に真っ直ぐ切り込みを入れてから4等分に切り分けます。スパスパ、スパスパ、次々と切り分けられてゆくバゲットは木箱の上に積み上げられてゆきました。


「なーなー!」

「ふふっ、卵がゆで上がったのね。教えてくれてありがとう、トラ丸」


 キッチンに置かれた置時計の前に陣取っていたトラ丸が、時間だよーゆで卵ー、とでもいうように呼んでくれたので、水龍ちゃんは、バゲットと包丁を置くと、嬉しそうにお礼を言ってトラ丸をなでなでしました。


「それじゃぁ、ゆで卵を冷水に浸けちゃいましょ」

「なー」


 水龍ちゃんが人差し指をピッと立て、くるくるっと指先を回すと、お湯の中から卵が1つぴょいっと飛び出して宙を舞い、放物線を描いて冷水を張った大鍋へぽちゃりと飛び込みました。なんと、水龍ちゃんがお湯を操作して、卵をお湯の流れの勢いで飛ばしたのです。


 ぴょいっ、ぽちゃっ、ぴょいっ、ぽちゃっ、ぴょいっ、ぽちゃっ……


 次々とお湯から飛び出しては冷水へと飛び込む卵たちを、トラ丸が首を揺らして目で追います。


 冷水に飛び込んだゆで卵たちは水の流れに乗ってゆっくりと回りながら沈んでゆきます。その途中で、ゆで卵の真ん中らへんにくるりと一周ピシリとひびが入ります。

実は、水龍ちゃんが、卵の殻を剥きやすいようにと、水圧を掛けてひびを入れているのです。


 全てのゆで卵が冷水に浸されると、水龍ちゃんは、ふうっと一息つきました。


「トラ丸、卵を冷やすの頼めるかしら?」

「なー!」


 水龍ちゃんの頼みに、トラ丸は、任せてー、と嬉しそうにぴょいっと大鍋の取っ手の部分へ器用に飛び乗ると、前足をゆらゆらと大鍋の冷水へ向かって揺らします。


 すると、水面がゆらゆらと揺れてゆで卵も右へ左へとゆらゆら揺れ出しました。トラ丸が魔法で水をかき混ぜているのです。同時にキンキンに冷えた状態を保ちます。


 トラ丸は、水龍ちゃんの魔力を吸収して生まれた精霊なので、水の操作はお手の物といったところでしょう。


 トラ丸にゆで卵を冷やすのを任せて、水龍ちゃんは、バゲットの切り分けをサクサクと終わらせてしまいました。


 水龍ちゃんは、置時計を見て十分な時間ゆで卵を冷やしたことを確認すると、大きめのボウルを3つ出して、その1つに水を張りました。


「さぁ、卵の殻むきよ」

「なー!」


 トラ丸の応援を受けて、水龍ちゃんは、フンスとやる気を漲らせ、人差し指を立ててくるくるっと回して大鍋の冷水を操ります。


 水龍ちゃんは、ぴょいっと大鍋から飛び出したひび入りゆで卵をキャッチすると、水の張ったボウルに浸して両手で卵の殻クリっと捻ります。すると、あら不思議、真ん中のひびから卵の殻が上下に綺麗にはずれてしまいました。


 なんと、水龍ちゃんは器用に水を操つり、ゆで卵と殻の間に水を流し込んで、つるりと殻をはずしたのです。


 あとはゆで卵と卵の殻を2つのボウルへ分けるだけです。僅か数秒で卵の殻を剥いてしまう技量は素晴らしいものです。


 次から次へと、ものすごい勢いで卵の殻を剥いてゆく水龍ちゃんの前では、ちょこんとお座りしたトラ丸が、ゆで卵の行方を目で追いかけながら尻尾をゆらゆら揺らしていました。


 ゆで卵の殻むきが終わると、水龍ちゃんは、卵の殻を捨て、ボウルに積み上がったゆで卵を再び冷水の大鍋の中へ戻すと、使っていたボウル3つを綺麗に洗って水気を落として並べました。


「ナイフ二刀流、ゆで卵の乱れ切り、いくわよ!」

「なー!」


 両手にナイフを握りしめて構えた水龍ちゃんは、トラ丸の声援を浴びながら、またも水流操作でゆで卵をぴょいぴょいぴょいっと冷水鍋から3つのボウルへ向けて飛ばすと、落下するゆで卵をスパパパパっと、空中で切り刻みます。


 次々とゆで卵が宙を舞い、みじん切りとなって3つのボウルへと落ちてゆき、どんどん積み上がってゆきました。


「うん、こんなものね」

「な~♪」


 あっという間に大量のゆで卵を切り刻んだ水龍ちゃんは、息を乱す様子もなく、ゆで卵のみじん切りの出来栄えを見て満足顔です。


「さぁ、あとは昨日作っておいた赤毒消し入り特製マヨネーズを混ぜれば、赤毒マヨたまの出来上がりね」

「なー」


 水龍ちゃんは、昨日のうちに作っておいた赤毒消しマヨネーズの入ったボウルを持ってきて、お玉を使って刻んだゆで卵の入った3つのボウルへ分け入れます。最後はちゃんとゴムべらでボウルとお玉のマヨネーズを綺麗に取り切りました。


 3つのボウルに分け入れられた刻んだゆで卵とマヨネーズを水龍ちゃんが木べらを使って順にまぜまぜすれば、赤毒消しマヨたまの完成です。


 水龍ちゃんは、高度な水流操作を使うことで、短時間で大量のマヨたまを作ることが出来ました。これは販売数が増えるたびに少しずつ工夫してきた成果です。


 先日、大鍋からポンポンゆで卵が飛び出してるのを見たおばばさまが、ポカンと口を開けたまま固まってしまったくらいには、水龍ちゃんの水流操作は尋常じゃないようです。

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